間話3 勇者とギルドと手紙と

「相変わらず、王都の城下町は盛んだな」

 

 次の日、読み書き代行者ギルドへ赴くために王都の街に来たカイは、感嘆の声を上げた。

 普段彼は騎士団の本部に下宿しているため、街に降りてくることはほとんどない。

 わざわざ街へ行かずとも生活できるからだ。

 王都の街は、やはり国で一番栄えている都市なだけある。

 辺りを見回せばさまざまな種族の人たちが行き交っているし、一日では散策しきれないほど店は沢山。

 ルラルド王国はとにかく水が綺麗だ。

 町中を綺麗な水の川が流れ、荘厳な橋がいくつも架けられている。

 建物のみならず、そういった自然との融合も施されていて、非の打ち所がない発展具合だ。


 現代日本で目が肥えているカイでさえ、思わず心の声が漏れる程だから、相当だろう。


「さて、ここがギルドか」


 世界にはさまざまなギルドが存在する。

 冒険者ギルドはその名の通りであり、他にも傭兵ギルド、流通ギルド、情報ギルド、などなど。

 数多あるうちの、読み書き代行者ギルドだ。


「すみません」


 入ると室内にはそれなりに人がいた。

 昼の時間だから混んでいるのかもしれない。

 屈強な男が半分を占めている。おそらく冒険者や傭兵。半分は一般庶民だ。

 識字率がまだまだ低い以上、このギルドは彼らにとってしばらくは重宝されるに違いない。

 

 しばらく室内で彷徨い歩き、物色していると、カイを見た冒険者たちは密かに噂をし始めた。

 なかなか人目が恥ずかしいと思ったが、そうもいっていられない。

 騎士団の制服を着ているので、冒険者も易々と絡むことができないのだろう。

 もしかすると、彼が勇者であることを見抜いているのかもしれない。


「聞きたいことがあって来たんですが、良いですか?」

「はい! なんでもお聞きください? ご利用についてですか?」


 順番が回って来た。

 出て来た職員が笑顔で出て来る。

 スラリと長い金髪で、かなり大人びた女性といった感じだ。

 スムーズで慣れた対応だ。職員の中でもかなりベテランだろう。

 もしかすると、有益な情報が聞けるかもしれないと、彼は思った。


「実は、この手紙について聞きたいことがありまして」

「ええ。これですね」

「これはここで書かれたものだと思うのですが、どう思いますか?」

「少し待ってください。ここで書かれた手紙は専用の魔力が付与された水に濡らすと、ギルドの紋章が浮かび上がってくる仕組みなんです」


 彼女はそう言うと、後ろの引き出しから何やら瓶を取り出し、それを数滴、手紙に垂らした。

 徐々に滲みが広がっていき、ちょうど紙の真ん中あたりに、赤い紋章のようなものが浮かび上がってきた。

 カイの推測通り、この手紙はここで書かれたものだった。


「おっしゃる通りですね。この手紙を書いた者を探せば宜しいですね」

「あ、ああ。その通りです。お願いできますか?」

「少しお待ちください」


 彼女は笑顔をサッと引っ込めて、途端に真面目な表情に変わった。

 やはりベテランだったらしい。

 内容を読んで、おおよそカイが言いたいことを理解したのだ。

 

 しばらく待った。

 すると、先ほどの金髪の彼女が、一人の女性を連れてくるのが見えた。

 連れられて来た彼女は茶髪で、全体的に落ち着きがない様子だ。

 

「研修中のギルド職員だったか……」


 カイは呟く。

 それならば、誘拐分を書くように依頼して来た人間を疑わなかったのも頷ける。

 思い返せば、誘拐を直接的に表現するような文章は避けられていた。

 誘拐だと疑われないようにわざとそのように依頼したのだろう。

 ベテランの職員なら、おそらく気がつけただろうと、カイは思った。

 しかし、何故そのような足がつくような方法を犯人が取ったのか、カイは理解できなかった。

 もしかすると、何か見落としていることがあるのだろうか。


「すみません、こちらがこの手紙を代筆した者です」

「ありがとうございます。早速、聞きたいことがあるんですが」

「は、はっあい!」

 

 茶髪の少女は声を裏返して返事をする。

 

「そんなに緊張しなくて大丈夫。俺は怒っていないですから」

「はぁい……」

「これを代筆した時の、依頼者の顔は覚えていますか?」

「そうですね……。フードを浅く被っていて、仮面をつけていたので顔は見えませんでした」

「なるほど」


 大変怪しい風体だが、この世界ではそうそう珍しい物じゃない。

 特に冒険者や傭兵などは、戦闘中に負った傷を隠すために仮面を着用する人が少なくないからだ。

 

「他に特徴はありましたか? 体の大きさとか、性別とか。なんでも」

「体はそれほど大きくありませんでした。背も高くなかったような……。あ、あと、指輪をつけていらっしゃいました!」

「指輪、ですか?」

「ええ。青くてとても綺麗な指輪でした」

「そうですか」


 体は大きくなく、それでいて綺麗な指輪か。

 カイはそれを聞いてふと、ある人物を思い出したが、まさかあり得るはずがないと、頭を振る。

 情報を集めれば集めるほど、疑問が湧いてくる。

 わざわざこんな回りくどいことをする理由はなんだ。


「分かりました。時間をとらせてしまって、申し訳ありません」

「こちらこそ教育が行き届かず、申し訳ありませんでした」


 カイが一声を放つと、呼応するように、隣で控えていた金髪の彼女が深々と頭を下げた。

 おそらく、彼女は今回起きた出来事のすべて悟っているだろう。


「代筆する時は、なるべく身元確認をするように、お願いしますね」

「はっ、はい……。気をつけます……」


 カイがそう念を押すと、茶髪の彼女は少し項垂れた。

 ミスは誰にでもあるだろう。

 これほどの人数が利用していれば、どこかでほつれが生じるのも無理はない。

 これをきっかけに彼女も良い経験を積めたのだろうから、良いことだ。


「さて、どうするか……。一応、聞き込みでもするか?」


 そう考えながら、ギルドを後にしようとした時、突然屈強な男たちに囲まれた。


「もしかしてお前、あの勇者か?」


 一人の男がそう訊ねる。

 カイは動揺しながら「そうだが」と答えた。

 思わず剣を抜こうと構えてしまいそうになったが、どうやら相手はその気ではないらしい。

 早とちりだ。


「良かったら手合わせしてくれよ。なあ、頼む。この通りだ」


「い、いや、俺はこれからやることが」

「頼むよ! お願いだ! な!」


 数名の男どもから矢継ぎ早にお願いされ、結局カイは日が暮れるまで冒険者たちの相手をすることになってしまった。

 

◇◆◇


「そんなことがあってさ。もう当分の間は、街には行きたくないと思った」

「そんなことがあったの!? 私もその場に居たかったなぁ~。戦ってみたかった」

「あのなぁ、他人事みたいに言うけど、普通に危なかったんだからな!」

「でも、全員ボコボコにしてあげたんでしょ! 流石カイ君だね」


 冒険者たちに絡まれてしまったことをカイが話すと、ノゾミは羨ましげな表情をして笑った。

 あれからさらに数日、以前として王女の身に変化はなかった。

 情報収集と、護衛。

 かなり多忙な日々を送っているカイだが、流石の彼も表情には疲労が見て取れる。

 ほとんど毎日のようにソフィアと顔を合わせており、いつしか二人はかなり気が合うようになっていた。

 対してノゾミは近々出発である。

 シンがセキメタス大森林から遥々やってきた使者と邂逅したことで、事態は大きく進展したらしい。

 無事に帰ってきてくれれば良いと、カイは思った。

 とはいえ、二人なら大丈夫だろう。


「おーい、カイ! なんかお前宛の手紙届いてたぞ」


 カイは声がした方を振り向いた。

 ガタイの大きい男が、右手に手紙をひらひらさせながらこっちにやってくる。

 

「おお、アレクか」


 男の名はアレク。

 カイと同じ部屋に住んでいる、所謂ルームメイトだ。

 カイと同じで、彼はこの世界では珍しい黒髪だ。そのため、二人はすぐに打ち解けたのだった。


「ほらよ。確かに届けたからな」

「ありがとよ」

「おお。ノゾミ様……。きょ、今日は一段とその、お美しいで、ですねぇ……」


 アレクはノゾミを見つけると、途端に姿勢を正して、額に汗を浮かべ始めた。

 誰が見ても緊張していると分かるほどの挙動不審ぶりだ。

 はっきり言って気持ちが悪いが、アレクが傷つくといけないので、カイはグッと言葉を飲み込む。


「ん? ありがとうございます! カイ君と仲がよろしいのですね!」

「い、いやぁ、こいつとは腐れ縁ですよぉ」

「腐れ縁ってほど別に長くねぇだろ」


 カイは手紙の封を切りながら、思わず突っ込んだ。

 どうにもアレクはノゾミを前にすると言動がおかしくなる。

 面白いやつだ。

 アレクは好きな人を前にすると、不器用になる人間らしい。

 

「それより、なんて書いてあるんだ?」

「お、おい、二人とも見るな!」


 アレクが堂々と覗き込んでくる。ノゾミも気になるのか、こっそり後ろから顔を出してきた。

 ノゾミと至近距離になって、アレクが鼻の下を絶妙に伸ばしているのが鬱陶しい。

 二人には遠慮というものがないのか。

 そう思いながら手紙に目を通すと、そこにはこう書かれていた。


――勇者カズキ様。月が満ちる夜に、部屋でお待ちしております。お一人で来てください――


――この手紙はのことは誰にも伝えないよう、お願いします――


 差出人はソフィアだ。


「な、なんだっ!? これ」


 思わずカイが声を上げると、アレクも同じように声を上げて走り出す。


「ついにカイにモテ期が来たかぁー!!」


 そう言いながら走り去ってしまった。


「カイ君、護衛中にそんな仲に……」

「ち、違う! そういう意味じゃないだろ! おそらく今回の事件についてだろ」


 一歩引くノゾミに、慌てて弁明する。

 だが、それならわざわざ何故こんな手紙を?

 

「ふーん。ま、そういうことにしとく。それより、手紙の通り一人で行くの?」


「うーん。迷っている。報告連絡は大事だから、団長には伝えておく……か?」


 事件に関することならば、やはり団長には最低限伝えておくべきだろうか。

 月が満ちる時は、ちょうどカイが非番の日だ。

 その日は確か別の騎士が護衛をすることになっていたはず。

 カイじゃないといけない理由ができたのだろうか。

 分からないことだらけだ。

 そうこうしながら、歩みを進めていると、暗闇に小さな影が見えた。


「おーい! シンくーん!」


 いち早くそれが何者であるかを理解したノゾミは、大きな声を上げて手を振る。

 暗闇から現れたのは犬の姿のシンだった。


『お。ノゾミ。あとカイも!』


 頭の中に、シンの声が響いてくる。

 彼の魔術、念術だ。

 相変わらず、日本にいた時を彷彿とさせる可愛らしい見た目だが、それとは裏腹に、やはり彼の強さが滲み出ている。


「ようシン。元気にしてたか?」


 カイは訊ねた。久しぶりに会えて、少し嬉しい気がした。


『ああ。そっちは?』

「俺はもうクタクタだよ」

「シン君は今日の任務は終わりかい~?」

『今から寮に戻るとこ。ノゾミとカイは?』

「私はセレーヌ副団長に呼ばれてる」

「俺はこれから一仕事だな」


 そう言うと、シンは目を丸々と開けて驚いていた。

 リアクションが大きいやつだ。

 これくらいの仕事、シンはいつもやっているだろうに。


「聞いたよシン君。迷宮攻略だってね」

『まだパーティは決まってないらしいが、俺は行くことになってる』

「早く魔物倒したいね! 私、あのスイーツお気に入りだし!」


 ノゾミはシンに会えて興奮しているようだ。

 カイは少しばかり羨ましかった。

 自分だけ取り残されているような気がしたが、王女の護衛も大事な任務だ。


「俺も一刻も早く助けに行きたいが……、多分俺は行けそうにないな」

『そうなのか?』

「カイ君は今大変なんだよ~」


 大雑把だったが、ノゾミが状況を説明する。

 それを聞いたシンは「そうか」と言って、真剣な顔つきに変わる。


「今回は二人に任せるよ。死ぬなよ、二人とも」


 カイがそう言うと、シンは自身ありげに頷いた。


『もちろんだ。カイもな』

「ああ。それはそうと……。シンに聞きたいことがあったんだ」


 カイは手紙の事について、シンに助言をもらう事にした。

 彼なら何か良いアドバイスをくれるかもしれない。

 もしかすると、シンに背中を押してもらいたいのかもしれない。


『なんだ?』


 先ほどの手紙を取り出すと、不思議そうにシンは首を傾げた。


「カイ君。王女様からラブレター貰ったんだよぉー!」

「ちげーよ!」

『へぇー』


 シンはまじまじと手紙を熟読した後、目を丸くさせ、次にニヤニヤと頬を緩ませて、カイを見た。


「おい、俺は何もしてないぞ!」


 居た堪れなくなってそう叫ぶ。

 なんだか誤解を生みそうな言葉を言ってしまった気がした。

 果たして、シンならどうするだろうか。

 アレクやノゾミが言う通り、これが事件に関係ない手紙だったら、どうしたら良いのだろう。


「どうしたらいい。シン」

『俺に聞かれても』

「頼む」

『まあ、言われた通り行ってきたらどう? 何か理由があるかもしれないし』

「分かった。シンが言うなら、そうしてみよう」


 シンが言うなら、信じてみるか、そう思った。

 それだけだったが、少し、心が軽くなった気がする。

 気がつけば走り出していた。

 久しぶりにシンに会えて舞い上がってしまったのかもしれない。

 やるべき指針が立てられた。

 覚悟を決めた。次にソフィアに会うのは、手紙の通り月が満ちる日だ。

 そこで事実確認をしてみようとカイは思った。

 予告状が届いた日、彼女がどこで何をしていたのかを。

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