第7話 帰還条件

しぶしぶ栄養キューブを食べ終えたノヴァは、ベッドに寝転がった。

無重力対応の薄いマットが、わずかに沈む。


「……もし地球に帰りたくなったらどうすればいいんだっけ?」


『もうホームシックですか? 冒険がしたくてここまで来たというのに。』

天井のスピーカーから、イブの声が落ち着いた調子で返ってくる。


「デススターのフィギアとマイ枕を忘れたんだよ。あとテディちゃんも」


『……。』

短い沈黙のあと、機械的な声が続いた。


『マスターはこの星系に来るために、支援者から十億クレジットの援助を受けています。

 まずは、それに見合う情報を得て返済しなければなりません。

 そして帰還のための再ワープ資金として、さらに十億クレジットが必要です。

 ――合計二十億クレジット相当の働きをする必要があります。』


ノヴァはしばらく黙ったあと。

「まぁ、この冒険のためにしては安い買い物だったか。」


彼の脳裏に、出発前の光景がよみがえる。


木星の衛星【ガニメデ】最大の都市


人工大気の街並みの中、ネオンが濡れた舗装路に反射していた。

ライダースジャケットを羽織ったノヴァが、古びたバーの一角で男と向かい合っている。


「こんなに金がかかるのか?」


スーツ姿の男は、淡い笑みを浮かべた。

髪はオールバック、指には企業連合のエンブレムリング。典型的な太陽系ビジネスマンだった。


「今回の目的地は、太陽系の遥か彼方だ。

 ワームホールを開くには莫大なエネルギーが要る。

 その調達費と手数料を含めて――十億クレジット。」


「足元見るよなぁ。」


「だが、この作戦を提案したのは君だろう?」

男は薄い笑みを保ったまま、手元のデータパッドを回す。


「それと、もう一つ条件がある。」


「……条件?」


「君のAI――《イブ》のシステム情報とメモリーへのアクセス権を、

 返済不能時の“担保”として提供することだ。」


「・・・俺が戻らなかったらどうやってデータを受け取る気だ?生きて帰れるかもわからないだろ」

ノヴァは男に鋭く視線を向けて尋ねる。


「その心配はいらいない。君の生体反応をトリガーとして、量子スピン通信を使ってこちらで再構築を行うってわけさ」

何事も想定内だというように男が答える。



「抜かりはねぇってか」


カラン。グラスの中で氷が音を立てて溶けていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

天井のランプをぼんやりと見つめ、ノヴァがつぶやく。


「それにしてもお前がたったの十億なんて、安く見られたもんだよな。」


『何を言ってるんですか。私を借金のかたに入れといて。』

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