第4話 フォーミングプロジェクト

「この星をテラフォーミングするのは――骨が折れそうだな。」


船内に投影された惑星のホログラムを見上げながら、ノヴァは肩を回すように呟いた。


淡い光粒が集まり、極冠、山脈、赤い盆地が立体的に描かれている。

まだ断片的なデータを元にした暫定の地形図だが、それでも“荒れた星”であることだけはよく分かった。


『この星は火星に近い環境です。したがって、テラフォーミングには複数の課題が想定されます。』


いつも通り落ち着いたイブの声。


ノヴァはホログラムの温度マップを指でなぞる。


「まずは気温、だな。」


『はい。現在は夜間であり、地表温度はマイナス八十度。

 平均気温もマイナス四十~六十度と予測されます。生物が屋外で生存することは不可能です。』


「原因は大気の薄さ?」


『その通りです。恒星からの入射エネルギーは十分ですが、熱を保持する温室効果ガスが不足しています。』


ノヴァは腕を組み、極地の表示をじっと見た。


恒星が近くても、熱を“溜め込む器”――大気――が無ければ、惑星は冷えたままだ。

地球が生命のゆりかごになれたのは、その絶妙なバランスがあったからこそだ。


「温室効果ガスを増やすには、どうすればいい?」


『最も手早い方法は、極地の二酸化炭素氷を融解させることです。

 観測データによれば、北極と南極にはCO₂氷が大量に存在します。

 これを昇華させられれば、大気圧を数倍にできます。』


「溶かすったって、どうやって?」


『恒星光を集光する軌道ミラー、地表反射装置の併用が現実的です。』


ノヴァは吹き出す。


「今の俺たちじゃ夢のまた夢だな。」


『ですが、もし氷のサンプルを持ち帰れれば、太陽系でのテラフォーミング研究に大きく貢献できます。

 当然、報酬も――増額が期待できます。』


「さすがイブちゃん。」


スポンサーはデータの価値に応じて支払いを変える。

“未知の星の環境因子”は、研究者垂涎の金脈だ。


だが、イブは続けた。


『加えて、この星には惑星磁場が存在しません。

 恒星風と銀河宇宙線が地表へ直接降り注いでいます。生命にとっては致命的な環境です。』


ホログラムが切り替わり、惑星を貫く無数の放射線シミュレーションが浮かび上がる。


ノヴァは頭をかいた。


「惑星の磁場か……それはまたスケールがでかい。」


『赤道に沿って磁場発生装置を環状に並べれば、理論上は人工磁場が構築可能です。』


「それやるには、惑星ごとに政府つくって、国際協力レベルでやらないと無理だな。」


『かつての火星計画も、数世紀単位で進められました。』


「ははっ……桁が違う。」


イブはそこで、いつもの調子で淡々と告げる。


『ですが、結局のところ――テラフォーミングの成否は調査段階のデータ精度にかかっています。

 つまり、今の私たちの仕事こそが最重要なのです。

 太陽系の未来は、この私の双肩にかかっています。』



「大げさだなぁ。……あと、『わたし達』の間違いだよね?」

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