SPACE ROMANCER(スペースロマンサー)

@machina_sf

第1話 ロマンの始まり

 宇宙。

 それは想像を絶するほどに深遠で、広大な世界。


 人類は宣う。

「宇宙の謎はほとんど解き明かした。未知など、すぐに消え去るだろう」と。


 されど、それは驕りに過ぎない。

 人類は宇宙のほんの一部に触れたに過ぎず、いまだ“ゆりかご”の中にある。


 宇宙の始まりを知らず。

 宇宙の存在理由を知らず。

 生命の存在意義を知らず。

 知性の意味を知らず。


 この宇宙には、まだ見ぬ知識がある。

 まだ見ぬ原理がある。

 まだ見ぬ神秘がある。

 まだ見ぬ世界がある。


 人類よ、立ち止まることなかれ。

 世界には無限の冒険が待つ。


 ――人類に、“ロマン”あれ。


 天の川銀河内の太陽系から、はるか遠くに位置する恒星系。

 その宇宙空間の一部が、突如として歪み始めた。


 歪みはしだいに明確な輪郭を形作り、やがて直径一〇〇メートルほどの円となる。

 円の内部は、周囲とは異質な輝きを放っていた。


 ワープ航行の航路たる――ワームホールの出口である。


 数瞬ののち、一隻の宇宙船がワームホールを抜け、静かに姿を現した。


 太陽系の人類は、宇宙を遠くまで探索するための手段として、多少の不安定さを抱えながらも“ワープ航行技術”を実現させていた。

 物理学の原則では、本来、光速を超えることはできない。

 そのため、恒星系間を移動するには、光の速度ですら何十年、あるいは何百年もかかる。


 その壁を踏み越えるのが、アルクビエレ・ドライブによる“ワープ航行”である。

 時空そのものをゆがめて移動することで、光速でも長大すぎる旅路を、大幅に短縮することが可能になったのだ。


 現れた宇宙船は、戦闘機を彷彿とさせるフォルムを基に、宇宙航行に適した設計へと組み替えられていた。


 流れるような流線型のシルエット。

 船体のサイズは長期の宇宙探査を念頭に置いており、コクピット、居住区域、研究施設、格納庫など、複数の機能区画を備えるだけの余裕を持っている。

 船体に沿って後方へ角度をつけて伸びる翼と一体化した大型核融合エンジンは、強力な推力を生み出し、機動性とスピードを象徴していた。


 全体はダークな色合いを基調としており、それは製作者の美意識によるデザインだと推測される。

 太陽系文明の中規模探査部隊が用いる量産型機体をベースに、よりシャープなフォルムとなるよう独自のカスタマイズが施されていた。


 その名を――スターレイという。


 宇宙船は、数秒間、宇宙空間を漂ったあと、ボウッと音を立ててロケットを噴射し、目的の惑星に向かって推進を開始した。


 一方、宇宙船の内部には人の姿はなく、静寂が支配していた。


 船内はいくつかの区画に分かれており、その中の一室では、内部が二層になっている円筒状のマシンが、横たわるようにフロアを占拠していた。

 フロア内は、シンプルすぎると言えるほど簡素で、白色で凹凸のない滑らかな壁が四方を囲んでいる。


 円筒状のマシン――それは、“コールドスリープマシン”である。


 この装置は、改良された液体窒素と特殊な化学薬品を含んだ薬液を用いて、使用者を“冷凍”することで長期間、身体活動を抑制する。

 使用者はその間、細胞分裂などの生命活動が停止するため、老化しない。

 また、本人は意識を失っているため、体感時間としては時間の経過を感じることがない。


 理論上、遥か未来まで一瞬で行くことができる。

 ただし、戻ることはできないが――。


 そのコールドスリープマシンの内側の層には、ゼリー状の液体が充満しており、中には一人の人間が眠っていた。


「目標の恒星系に到着しました。コールドスリープを解除します」


 室内のスピーカーから、コンピュータ音声と思しき無機質な声が響く。


 コールドスリープマシンの起床プロトコルが実行され、装置中を満たしていた液体が静かに排出されていく。

 液体が完全になくなると、装置上部のガラスがゆっくりとスライドし――


 ひとりの青年が、身を起こした。

 この宇宙船の唯一の乗組員、ノヴァである。


「いやぁ、よく寝たぁ」


「コールドスリープ開始から五年五か月十二日が経過しました。

 目標惑星には七日後に到着予定です」


 コンピュータの音声が淡々と告げる。


 ノヴァは、スリープ明け特有の、夢と現実のはざまにいるようなけだるさを引きずりながら、どうにか身体を奮い立たせてコクピットに移動した。


 コクピット席の周囲には、さまざまな機器やメーターが並び、機体の状態や周囲の状況を絶えず表示している。


 ノヴァは、小さな冷蔵庫から瓶状の容器に入った白色のドリンクを取り出すと、腰に片手を当てて、ぐびぐびと一気に飲み干した。


「ぷはっ。スリープ明けはこれだよ、これ!」


 再び容器を口に当てた、その瞬間――


ズドンッ!!


「――ぶふぉっ!?」


 唐突な衝撃。

 

ノヴァは体勢を崩し、大事に持っていた瓶を床に取り落とした。ガシャーンと音が響き、ガラス片が散らばる。


ビーッ! ビーッ!


けたたましい警報音が鳴り響き、視界が深紅の警告灯に染まる。


「ああっ!? 俺のヴィンテージ・ボトルが!」


 宇宙船はぐらりと傾き、その進路は一直線に、近くの惑星へと向かって落ちていく。


 赤茶けた砂の大地が、瞬く間に視界を覆い――


 スターレイは、流星のようにその星へ吸い込まれていった。

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