第19話 誰にも傷つけられない世界に
「うるさい貴羽! 少しは自分の心配もしてよ。なんで? 昨日、私は貴羽に酷いこと言ったじゃん。どうして、私のためにここまでするの? こんなことになるなら、貴羽と友達になんてーー」
貴羽はその場でゴロンと横になる。
「そんな悲しいことを言わないでください。アオちゃんは、あの時から、ずっと私のヒーローですから。私なんかのせいで傷ついちゃダメなんです」
私は、もうなんだか言葉にできない感情が溢れてきた。
そんなに立派な人間じゃない、とか。こんな貴羽に私は何て酷いことを言ってしまったんだろう、とか。早く保健室に行こうよ、とか。
自分でも意味がわからないくらい、色々な感情が巡り巡って、思考がよぎっては消えていく。出てきた言葉は情けないほどシンプルで、恥ずかしいほど普通の言葉だった。
「私のためにこんなに身体を張らなくてもいいよぉ。貴羽――」
こう言う時、貴羽は謝罪よりも喜ぶ言葉を、悲しいが私はよく知っている。私にはその言葉を言うくらいしか、貴羽に返せるものがない。
「ありがとう、貴羽」
そうしたら、貴羽はいつも嬉しそうに笑って。
「アオちゃんの役に立ててよかったです」
そう言うのだ。
そのいつもの笑顔を見ると、涙が込み上げる。さっき伝った涙とは違う、暖かい涙だ。
「ばか、ばかばか! なんで、そんなに幸せそうに笑うの? こんな傷だらけで痛いのに、我慢しないで。私の前では無理しないでよ」
貴羽の横に座り込んだまま大泣きする。私の涙は貴羽の頬に落ちた。まるで貴羽が泣いているみたいだ。貴羽の泣いているところなんて、見たことがないけれど。
「無理なんか、していないですよ。アオちゃんが殴られる前に駆けつけられてよかったです。でも、アオちゃんなんで泣いたんですか? すみません。私がもっと早くきていたら、アオちゃんが泣く前に駆けつけていたら」
今回も、少し額に汗を浮かべながら、弱々しく微笑む。
「貴羽は遅くないよ。私は悔しくて、少し情けなかっただけ」
そういうと、貴羽はほっと息を吐き出した。
「アオちゃんは今のままで良いんですよ。そのままのアオちゃんが。変わっても。変わらなくても、アオちゃんがアオちゃんでいてくれたら、それで良いんです」
私の気持ちを見透かしたように貴羽はいう。こんな時も自分より、私を気遣う。また悔しくて涙が出そうだ。でも私がまた泣くと、貴羽はもっと痛いのを我慢して私のために優しい言葉を惜しまずに言うだろう。せめて私がいなかったら、もう少し貴羽も痛みを堪えて笑うこともなかっただろう。それがわかっていても、怪我をしている貴羽を一人にはしておけない。
「ごめんね、ごめんね貴羽。もう良いよ。無理しないで。こんな世界いらない」
貴羽は不思議そうに目を丸めた。
「貴羽がこんなに傷つく世界、もういらないよ。違う世界に行こう? 私と貴羽が二人で、誰も知らない世界で、誰にも傷つけられない世界に行こう?」
ずっと思ってきたこと。
どうせ、私も貴羽も、お互い以外に信じる者も大切な者もいない。なら、全く違う別の世界で、二人で一から生活をする。そんなおとぎ話みたいな、私の夢だ。
私を縛る親も。貴羽のことを愛さない親も。誰にも縛られないで、傷つけられない。優しくて楽しい世界で、幸せに暮らす。そんな夢。
「貴羽は、まだこの世界にいたい?」
私が真剣な顔で言うからだろう。貴羽も少し間を置いて真剣に答えてくれた。
「アオちゃんがいるなら、どんな世界でも良いですよ。私とアオちゃんがいれば、それだけで最強ですから」
貴羽の返事に安堵する。
「そうだよね。じゃあ次に貴羽が目を覚ましたら、きっと素敵な世界が待ってるよ」
貴羽はゆっくり目を閉じる。顔がほんの少し歪んだ。痛みに耐えることがきっと限界なのだ。
「そうだと、良いですね」
なんとか絞り出したような声で貴羽は呟く。そんな貴羽の額の汗を軽く拭う。
私も、なんだか眠くなってきた。貴羽の横で眠るのはいつぶりだろう。
――目が覚めたら、素敵な世界になっていますように。
そう心の中で呟いて、目を閉じた。
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