タクシーの運転手さんの体験!

崔 梨遙(再)

1話完結:1000字

 知人の知人の話。知人の知人という時点で、とても胡散臭いですが…。



 或るタクシードライバーのお兄さんがいました。その日も、いつも通り、お客さんを乗せては目的地に送り届けていました。駅のターミナルでお客さんを待ったり、流しているときに停められたり。


 そのお兄さんは、最近、ご機嫌でした。彼女が出来たのです。会社の若い事務員でした。お兄さんには家庭がありましたが、(バレなければいい)と思っていました。


 夜になり、彼女とのデートの時間が近づいてきました。そこで、手を上げている女性を見つけてしまいました。仕事も大切なので、お兄さんは女性を車に乗せました。その女性は、白い服を着ていて、長い綺麗な黒髪が印象的でした。


「お客さん、どちらまで?」


 女性は、小さな声で目的地を告げました。お兄さんは喜びました。結構遠いので運賃は高いはず。運賃は、お兄さんの収入に関わる大事なことでした。


「お客さん、生まれはどちらですか?」


 お兄さんは、その白い女性を気に入ったので、何度か会話をしようと試みました。ですが、そのお姉さんは、黙り込んだままでしたので、車内の空気は重くなりました。非常に気まずい中、黙々と運転して、早く降りてほしいとおもうようになりました。そして、ようやく目的地に着きました。


「お客さん、着きましたけど。この喫茶店の前でいいんでしよね?」

「ここから、もう少し前なんです。喫茶店は、目印です」

「あ、そうなんですか」


 田舎道を前へ前へと走る。


「まだ、先ですか?」


時々、確認したら、


「はい」


と言われるだけでした。


「降りる場所になったら、言ってください」


 お兄さんは、ただ前へ前へ急ぎました。急ぐのは、早く彼女とデートがしたいからでした。


 お兄さんは、車を停めました。真正面には池しか無くなったからです。


「お客さん、右ですか?左ですか?」

「前へ」

「前は池しかありませんよ」

「だから、前へ」

「冗談じゃないですよ」

「もっと、前へ」


 そこで、急に車の調子が悪くなりました。車は徐行で前へ、前へ。ブレーキは効きません。


「前へ、前へ、もっと前へ」


 徐々に池に近づく車。どうすることも出来ないピンチ。お兄さんは恐怖で汗まみれでした。


 その時、携帯電話が鳴りました。お兄さんは、携帯をポケットから取り出しました。奥さんからの電話でした。お兄さんは、非現実な現状から、正常な状態に戻れる“きっかけ”になるかと、奥さんからの電話に飛びつきました。電話口から、奥さんの声が聞こえてきました。奥さんは、繰り返し、こう言っていました。


「あなた、もっと、前へ」







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タクシーの運転手さんの体験! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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