第50話 キュクノス騎士団(第二章最終話)
結局その日エステルは一度も戻ってこなかった。
サーシャは自室へ行き、久しぶりに俺は一人になっている。
なんだか脱城を思い出すような夜だ。
「・・・リヴィアさん」
「なぁに」
「やっぱり、現実なんですね」
俺が意識を失う前の最後の記憶。
それを確かめようと女神様を呼ぶと、あっけなく顕現した。
「現実世界に来られるなんて初めて知りましたよ」
「聞かれなかったし」
「いや、まぁそうなんですけど」
銀髪ストレート、胸もストレート。
「おい今何考えた」
「・・・え?銀髪が綺麗だなぁって」
「女神に胸なんていらないの」
「ははっ、そうですね」
やっかいな事に女神様は読心術を習得していた。
脳内通信ができるのだから不可能では無いのか。
俺は「笑い事じゃない」と食い下がっている彼女を見ながら、あの時の事を思い出していた。
鐘の音が鳴り、女神様が次々と敵を殺戮し、最後には翼が黒く。
「・・・すいません。色々と」
「なんで謝るの?胸の件なら許さないけど」
「違いますよ!あの時、リヴィアさんはやってはいけない事をしたんですよね。翼が黒く染まったのもそのせいなんでしょう」
天使としか言いようが無い姿で降臨した女神様。
その圧倒的な力の代償なのかは分からないが、片翼が堕天使のように変わる瞬間を目撃した。
「見ちゃった?」
「はい」
「そっか。聞きたいの?」
「できれば、全て聞きたいです」
彼女は何度か世界にあまり干渉できないと話していた。
だとすると今回のアレは明らかにやりすぎだったと思う。
そのお陰で助かったが、彼女の事とはまた別の問題だ。
「はぁ、分かりました」
女神様は微笑を崩さないまま、しかし憂いを帯びたため息をついた。
「どこから話したらいいかな。最近の私は少し変だったの」
「変、ですか?」
「そう。私はカケルが生まれるずっと前から、女神として無数の命の誕生と死を見守って来たの。これから先もずっと、そのはずだった」
どこか不穏な話だが、彼女の真面目な声音に横やりを入れる気にはならない。
「転移だって何もカケルが初めてな訳じゃなかったし、これまで何人もの人生を見送って、そこに疑問を感じる事も一度も無かったわ。勇者として世界を救った人もいれば、多くの罪を犯した人もいた。中には悲惨な末路を送る人だって沢山いたの。でも、私からすれば次の命がどんなモノになるかだけの話。死んだら記憶だって無くなるからね」
たまたま選ばれた転移者の手助けはしても、それ以上の事はご自由に。
それは俺に対しても変わらないスタンスだった。
「ある誰かさんは、せっかく多くの徳を積んだのに、やり直しを要求したわ」
「・・・俺ですか」
「その誰かさんは女神に対してあれこれ注文するし、正直うんざりしてたの」
開幕からゲーム性を要求したり、ガチャを頼んだり。
きっと誰でも似たような感情を抱くだろう。
「お菓子を教えたり、この世界に来たら良いのにと誘ってきたり、強い勇者からとっても弱い勇者になったのに諦めなかったり。いつからか、もしかしたら最初からなのか、私は興味を持ってしまったの」
女神様はそこまで話すと、どこからかお茶を出現させ一口飲んだ。
それと同時になぜか俺の身体に若干の疲れが生まれる。
「カケルの生活をずっと見ていたら、天界の神から『干渉しすぎだ』と怒られた」
いつか紙をぐしゃぐしゃに丸めていた時だろう。
あの時の女神様は相当ストレスを溜めていた。
「でも、もう遅かった。その時の私は既に女神として壊れていたの」
「どうしてですか?」
「神に対しての怒りも、ストレスなんてものも、暇という感情も、本来女神には無いものだから。全部誰かさんの影響なんだけどね」
誰かさん、つまり俺のことだ。
しかし彼女は責めるでなく、自虐的に笑った。
「で、カケルが死にそうになった時に、もっとこの人の生活を見ていたいなとか、死んで欲しくないな、なんて思っちゃった!あーあ」
話の結末が何となく見えてきて、俺の心はざわついてしまう。
一方の女神様は微笑の表情を一切崩さない。
「世界に直接干渉した私は、天界を追放されちゃった」
「そんなことって・・・俺のせいで」
「私が勝手にしたことだから!全部自分のせいにしないで!」
「・・・っ。すいません」
彼女は声を大きく言葉を荒げた。
それは明確な怒りの感情で、俺は一瞬たじろぐ。
「私が言うのはおかしいけど、後悔させないで」
「それって」
「追放されてまで助けた私の選択を、カケルのものにしないで」
「わかり、ました。リヴィアさん、助けてくれてありがとう」
女神様が人間的な感情で初めてした選択。
禁忌を冒してまでした行為を、俺は自分のものにしようとしたのだ。
彼女に掛ける言葉は謝罪ではなく感謝が正しい。
「ううん、ごめんね」
「何も謝ること無いじゃないですか」
「・・・この先、カケルにとってはもっと辛い人生になるかも知れないから」
初めて微笑の表情が崩れ、辛そうに瞳を揺らした。
「あのね、女神の加護が失われたの。ごめんなさい。せっかく強くなれたのに」
女神の加護が失われた。
多少の驚きはあるが、それだけだった。
(あぁ、やっぱりそういうことなんだな)
何となくの予想はついていた。
俺の身体が重い理由も、それで説明がつく。
違和感を感じたのは2度目だったし、残念だが仕方ない。
それよりも重要なのは、女神様に対しての返答だ。
後悔させないでという彼女に、俺だって後悔して欲しくない。
「・・・なんだそんなことですか。また強くなればいいだけですよ」
彼女に負けないくらいのスマイルを披露したつもり。
今までだって弱かったのだ。
多少リセットされたくらいで折れるほど、勇者カケルは弱くない。
「ごめんね。ありがとう・・・」
「女神の涙なんて初めて見ましたよ。自慢できます」
「なにそれ、うざすぎ」
金色の瞳から流れる涙は、そのまま床にぽとりと落ちた。
本当にこの世界にいるんだなと感じられる出来事に、俺は目を奪われた。
「今の私は、あなたの魔力が無いとほとんど何もできないの」
「さっきのお茶もそれですか。一心同体ってやつですね」
「その通り。もう一度ならあの時の力も使えるけど」
「・・・使わないでください」
きっと強大な力を使えば、残った白い翼も黒く染まるのだろう。
その時彼女がどうなるのかは予想もしたくない。
「多分消滅する」
「だから使わないでください!」
落ち着いたからだろうか、彼女は俺が聞きたくなかった言葉をわざと口にした。
「もしかしたら、徳を積めば多少の力は付与できるかも。分からないけど」
「初体験ですからね」
「その言い方絶対わざと」
「お返しです」
どんな仕組みか分からないが、俺と彼女は一蓮托生。
もし俺が死んだら一緒になんてこともあるかも知れない。
今後は周りの命と同じくらい自分の命も大事にする必要がある。
しかし、変わったことはそれくらい。
勇者カケルの人生はある意味ここから始まるのだ。
「・・・あぁ、エステルたちになんて説明しよう」
「頑張って」
俺にとってすれば、こっちの方が大きな問題だった。
♦♦♦♦
数日後、本日は王と謁見がある。
『湧き場』を閉じた功績で表彰と褒美を与えるとのことだった。
実際の目的は、世界に向けて大々的に発表すること。
どこに潜んでいるか分からない自然教や、まだ見ぬ敵対勢力への牽制も兼ねているらしく、俺の目的の一つもここで実現する。
「今日こそ、今日こそ言うぞ」
この数日、俺は2つのことを言い出せずにいた。
弱くなった事と、リヴィアの事だ。
言い訳になってしまうが、機会が無かった。
『わたくしはカケル様と一緒の部屋で寝ます』
『流石に部屋は別々の方が良いんじゃ・・・』
『じゃあ私が一緒ね!』
『いや違うからね』
勇者邸の新たな同居人であるエステルとサーシャ。
部屋割から家具の配置まで、とにかく話が中々進まなかった。
最終的には俺の部屋を間にして左右が2人の部屋に。
警備上の理由で人員も確保できず、俺とメイド2人が主な肉体担当。
『ぜぇ、ぜぇ』
『勇者様は少し休んでいてください』
『そ、そんなわけには・・・』
『わたし、おにいちゃんの分も、はたらく』
まぁほとんどメイドたちが片付けてくれたので、俺は大して役に立たなかった。
そんなこんなあって、現在は謁見に向けてのお着替えタイム。
「なんだか久しぶりな気がする」
「そうかも知れません」
今はユズハがしてくれているが、最近はリンちゃんが担当することも多い。
理由はエステルのお世話を彼女が担当しているから。
勇者邸に近づけるのは、未だ顔も知らないメイドを入れても7人。
アンジェは別枠にしても明らかに少ない。
「今日は背中流してもらいたいなぁ、なんて」
「姫様がいらっしゃいますので」
帰宅してから、正確にはあの戦場から、ユズハはどこか素っ気ない。
心に何か引っ掛かっているような、抱え込んでいる印象を受ける。
「・・・何かあるなら、話聞くよ?」
記憶の彼方に『どしたん?話きこか?』なるワードがあったのを思い出した。
何だか女の子に対して良い意味で使える言葉だと見た覚えがある。
「何もありません」
「そ、そうですか」
ユズハには全然使えなかった。
俺の記憶はいつも大した役に立たない。
強いて言えば天秤くらい。
「勇者様。そろそろ向かいましょう」
いつの間にか着替えは完了しており、ユズハは扉の前に立っている。
やはり一歩引かれているなと思いながら、彼女の後に続いた。
♦♦♦♦
今回の謁見で貰う褒美は既に決まっている。
それは、騎士団の設立。
事前に家族会議で決まったことで、エステルとアンジェの援護射撃もあり、通すのは簡単だった。
あの家族の中で陛下の発言権など無いに等しい。
『い、一緒に暮らすなど認められんぞ!』
『もう決めましたの』
『カケル殿!エステルを説得してくれ!まだ早いだろう!』
『・・・できると思いますか』
『・・・』
同棲の件も簡単に片が付いた。
陛下と俺はいわゆる心の友で、同じく発言権が無い。
2人して悲しい顔をしているのを女性陣が楽しそうに見ていたのを忘れない。
『わたしも一緒に住む!』
『アンジェにはまだ早いですよ』
『はぁい』
陛下の言う事は全然聞かないアンジェは、母親の言葉には従順だった。
「勇者カケル様がご入場されます!」
その言葉を受けて、俺は大広間へと入った。
既に多くの人がいて、中にはアンバーや見知った顔もいる。
羨望の眼差しや、称える声を聞きながら歩き、御前へ。
この世界に来て唯一失敗したことのない挨拶は今日も見事に成功した。
「今回は見事であった!モンスターを退け、世界で初めて湧き場を閉じたカケル殿は、まさに救国の英雄と呼ぶにふさわしい!」
「あり難き幸せ。しかし、私の力だけでは成し遂げられなかったでしょう」
湧き場での戦いにおいて、全員が命を懸けて戦った。
今生きているのはたまたまに過ぎないのだ。
「あの場の全員が命を賭して戦ったからこそ、勝利することができたのです」
「・・・その通りだ。ガレリアを救ったのはカケル殿と、戦った皆の功績だ」
「それに、私の命を救った者もこの場におります」
「おぉ!名は何と言う?」
台本通りだ。
家族会議においてある程度の筋道は作り上げていた。
予想通りざわつく場内。
「サーシャ・ハーレンです」
その名前に大広間はさらに揺れる。
「アンジェリカ様の名に傷付けたと聞いたが」
「私は自然教の回し者だと」
やはりというか、サーシャの噂は広まっていた。
この汚名は消し去らなければならない。
「サーシャ・ハーレン!前に出るのだ!」
「は、はい!」
話を通していなかった彼女が緊張と不安の面持ちで俺の隣に跪いた。
リンに引き摺ってでも連れて来てくれと頼んでいたが、ちゃんと来たらしい。
「さ、サーシャ・ハーレンです」
「此度は見事な働きであった!」
「ありがとう、ございます」
カタカタと震えながらも、彼女は何とか返答をした。
「彼女は私を救ったにも関わらず、自然教などと汚名を着せられております」
「カケル殿の恩人にそのような言い分は、断じて許さぬ!」
陛下はこの場にいる全員を見渡しながら、語気を強めてそう言った。
「貴公は確か白薔薇騎士団の副団長であったな」
「は、はい。ですが」
「無実にも関わらず自ら辞したと聞いておる。なんたることだ」
功績がある人間を追いつめ、騎士団を辞めさせるに至らせた。
その責任は誰にあるのだと言いたげな陛下に、周りは押し黙る。
「彼女の腕は確かです。そこで私は彼女を騎士にしたいと考えております」
「それは良い考えだ!此度の褒美としてカケル殿には男爵の爵位と、それに合わせて新たに騎士団を与える!」
色々と調整した結果、俺は貴族になった。
そして単独の騎士では無く、騎士団の設立。
「名は、『キュクノス騎士団』。サーシャ・ハーレンは褒美として団長に任命する」
「だ、団長・・・私が」
とんとん拍子に話が進み、サーシャは目を白黒させている。
副団長から団長への昇進。
組織は違えど、団長は団長だ。
これが彼女に仕掛けたサプライズプレゼントだった。
着せられた汚名を消し去ると共に、団長という新しい地位が希望になれば。
ちなみに『キュクノス騎士団』は俺が考えた。
キュクノスはギリシア神話で確か白鳥。
俺とエステルが持つ魔剣はアルタイルとベガ。
残りのデネブは『はくちょう座』。
名前の由来を詳しく説明するのは恥ずかしいのでここまでにする。
とにかく、これで今回の一見は一旦の幕を閉じた。
キュクノス騎士団設立によって完成した大きな三角形は、この先どんな運命を辿るのか。
それは元女神のリヴィアさえ分からない。
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