最強勇者だった俺は女神様に土下座して2度目の異世界生活へ ~最弱勇者は姫様の管理下に置かれる~

柿の種

序章

第1話 第一部完。

 カタカタカタと暗い部屋の中にタイピング音が聞こえる。

 部屋で光を発しているのはパソコンとBGM代わりに点けているテレビのみ。

 


「ふー、こんなもんか」


 パソコン画面の右下に表示されている時刻をみて腕を伸ばした。

 深夜の2時、今日も10時間書き続けてしまった。

 達成感を感じながらチラリとテレビを見る。

 夜中特有の海外ドラマが流れているが、途中から見たところで内容は入って来ない。


「また警察が主役のドラマか」


 別に警察が嫌いとかそういうわけじゃない。

 何をされたとかでもないのに、ネットになんとなく毒されたから良い印象がないだけ。


「おっと、昨日上げた小説の評価は」


 俺はネット小説を書いている。

 今日10時間も書き続けたのもネットに上げるための小説だった。 

 

『他に好きな人ができたから』


 そう言われてフラれたのは半年前。

 しかもかなり前から浮気をしていたらしく、天秤に掛けられた結果フラれた。

 何年も付き合っていたし、浮気を聞いてもその時は好きだったから、とにかく泣いた。

 仕事にも行かず、何日も気持ち悪いくらいに泣き続け、その後怒り狂った。


「なにが浮気だ!バカにしやがって!俺の5年がえじでよぉ・・・」


 そして泣いた。

 好きなアニメも映画も散歩も何もかも元カノがフラッシュバックしてしまう。

 夜は眠れず寝ても悪夢で目覚める。

 ついでに動悸もすさまじい。


 有休も使い切りそうな頃、会社に言われて精神科へ行った。

 診断結果は『適応障害』、俺は精神を病んでいた。

 

 精神病は気の迷いなんて根性論者じゃなかったから、傷病手当生活へ移行。

 最初は虚無感も酷かったが、恋愛アニメを観て泣いているうちに徐々に回復。

 そして数か月後、普段通りアニメを観て生活をしていた俺に天啓が走った。


「愛されるキャラクターを作ろう」


 俺は夢見るオタクだった。

 恋愛アニメも好きだし、悲恋も好きだ。

 そこに負けヒロインが出てくるのは仕方ない。

 

 しかし自分の理想はハーレムで、誰も泣かずにしかもみんな可愛い。

 現実でも二次元でも寝取られも浮気も余計に入ってくる男もクソ。

そんなものは許されない。

 

 だったらそんな物語を書けばいいじゃないかと、軽い気持ちで始めたネット小説。

 今ではすっかり嵌っていた。

 しかし、


「・・・今日も評価無しか」


 自称、小説家。

 もしかしたら書籍化されて、アニメまで作られちゃうかも。

 そんな淡い期待を抱いた時期もありました。

 

 そもそも書き始めたのは数週間前。

 設定もキャラも練られていないし、会話も淡々と話しているだけ。

 

 そんなものが評価されるほど、世の中甘くない。

 

 とは言え気持ちが多少は落ち込む。

 勢いで書いてお世辞にも良い文章じゃない。

 でも悪い評価でも欲しいものは欲しい。

 そんな初心者が陥りがちかもしれない感情。


「よーし!コンビニ行くか」


 俺は最早主食に近いタバコが切れていたことを思い出し、コンビニへ直行。

 コンビニは大体外国人のバイトで占められていて、近所のも例外じゃない。

 しかし気さくに「肉まんドウ?」なんて聞かれるとつい買ってしまう。

 話しかけられるの好きだし。

 

 「いつもの」なんて通じないが、タバコと適当に飲み物を買って、外に出る。


 繁華街に近いとはいえ深夜2時。

 周りに人の気配はなく、口から出る息は白い。

 すっかり昼夜逆転生活で、働かなくても金が貰えると知ってしまってからは堕落していく一方だ。

 

 精神科の先生は「無理はしないで」などと言ってくれるが、俺はもう元気だ。

 それでも「まだちょっと」などといって会社を休み続けている。

 

 生活保護はちょっとなぁなんて思ってはいても、積極的に働きたくはない。

 そんな30代に差し掛かった独身男性。それが俺。


「そろそろ働かないとな」


 こう呟いても別に明日から働く気はない。

 大人として、社会人として一応体裁を保つために言ってみただけ。

 だって今の生活楽なんだもの。

 もし戻れるなら小学生からで、仮想通貨買って大金持ちに。

 こんな思考を毎日している独身男性が俺。


「明日の投稿は評価もらえるといいな」


 誰もいない暗い道で独り呟いていると、サンダルが引っかかって飛んでしまった。

 明日の天気はなんでしょう方式だ。


「かっこわる・・・」


 誰にも見られていないのに、気恥ずかしさでつい道路へ飛び出してしまった。

 悪いことは重なる。神がダイスを振った。バタフライエフェクトうんぬん。

 色々表現があると思うが、背後が光った。

 多分タクシーだ。やつら夜中でも猛スピードだからな。


 (あっくるま・・・)


 そう考えた刹那、意識が終わった。

 ジエンドオブ俺。



  

         ♦♦♦♦




「うっ、まぶし!」


 目覚めると、白い天井。

 正確に言うと光って白く見えるなにか。

 

「病院か・・・慰謝料・・・」


 初手金だった。

 それにしても、意識が一瞬で途切れたにしては身体が軽い。

 とりあえず起き上がった。

 どこか痛むかなとか思っていたが、特に異常もない。

 病院にしてはベッドは固いし、見渡しても周りは白いだけ。


 いや、よく見ると誰かがいる。


「あの、看護師さんですか?」

「・・・・・・?」


 段々と、白い光が小さくなっていく。

 それと同時に目の前の人がはっきりと見えてくる。

 そこにいたのは、長い銀髪の女性。

 日本人じゃなさそうだ。

 偉そうな椅子に座った女性は、こちらを見て首を傾げている。

 なんとも絵になるな。


「残念ながら、あなたは死んでしまったのです」


 その女性は唐突にそう言い放った。

 どうやら俺は死んだらしい。


「私はリヴィア。生と死を司る女神です」


 胸がドキドキしてきた。

 死んだとかよりもこの先の展開が気になって仕方ない。

 これはあれか、よく見るあれか。


「速見駆さん、あなたはこれか・・・」

「転生来た!!!やった!!!」

「聞いてください」

「よっしゃあああああ!バイバイ人生よろしく転生生活ううう!」

「ちょっと黙ってください」


 いやにドスが効いている。

 そうだ、とりあえず落ち着こう。転生だって色々あるんだ。

 もしかしたら地獄のような世界かも・・・それでもいいじゃん。

 夢にまで見た。もしかしたら夢か?


(・・・痛い)


 頬をつねると痛い。夢じゃない。


「もうめんどくさいから地獄行きでいいですか」

「すいませんそれは勘弁してください」

「では聞いてください」

「はい」


 今この人地獄行きって言ったぞ。

 それなら死んだほうがマシだ。

 いや死んでるんだったな。ははは。


「きもちわるいっ・・・こほん」


 にっこりとした笑みのまま可愛く悪態を吐かれた。


「あなたには選択肢があります。記憶を失って人として生まれ変わるか」

「嫌です」

「・・・地獄行きか」

「すいません、嫌です」

「3つ目は、別世界に・・・」

「やっぱり転生だあああ!!」

「いい加減にしてください」


 女神様はニッコリとした笑顔のまま額に青筋を立てている。

 仮にも神なのにどうしてこんな人間的な反応ができるんだ。

 それにしてもやっぱり転生じゃないか。女神さまも人が悪いなぁ!


「あなたさっきから転生転生ってサイコパスですか」

「え、だって転生ってよく聞くし(アニメで)」

「転生も確かにありますけど、あんな非道を嬉しそうに言うなんて。やっぱり地獄の方がいいんじゃないかしら」


 転生が、非道?

 そんなこと俺は知らない。

 だって冴えない人が人生をやり直して子ども時代で既に最強ってよくあるし。


「そもそも転生って他の人の魂に横入する行為ですし、例え転生先の魂が死にかけていたとしても非道です」

「ど、どうしてですか?」


「横入された魂は、意識ごと一生その身体に封印されるか、もしくは生を全うできなかったとされ、強制的に地獄行きですから」

「なにそれ怖い」


 なんだか俺の知っている転生とは違うけど、また別のルールがあるのだろう。

 

「そんな非道を嬉しそうに言うなんて最悪ですね!」

「それあなただから」

「い、いやー猛省の極みです。心を入れ替えました!」

「・・・めんどくさっ」


 せっかく心を入れ替えたというのに、この女神様はちょいちょい悪態を吐い

てくる。

 首をカクンと横に落としながら言う姿は可愛いんだけども。


「と、とにかく3つ目を教えてください」

「話の途中で騒がないでくださいね」

「約束します!」

「3つ目は、別世界に行き魔王を」

「異世界転移きたあああああ!!!」


 転生とはちょっと自分的ランキングが下がるけど、異世界だ!

 最強勇者が「俺、またなんかやっちゃいました?」ってやつだ!

 ハーレム形成率もほぼ100%(俺調べ)。

 これはこれで素晴らしいじゃないか。


「やっぱりあなた地獄行きっ」

「すいません!勘弁してください!テンション上がっちゃったんです!」


 日本人には必殺技がある。

 古来脈々と継がれてきた由緒ある形。

 それは時として、被害者側にすら罪悪感を与えることができる。

 

 つまり、土下座。

 俺はここで地獄行きになるわけにはいかないのだ。


「・・・・・・ちらっ」


 女神様は相変わらず笑顔だ。

 何を考えているのかイマイチ分からない。

 表情が変わらなければそれはもうポーカーフェイス。


「・・・魔王を倒し、世界を救う。そうして徳を積めば次の人生がよりよいものになります」


 魔王タオス、世界スクウ。

 

「それがいいです!」


 俺は再度土下座した。

 これ以上心証を悪くすると本気で地獄に送られるかもしれない。

 地獄がどの宗派のものか分からないが、どの地獄も大抵は永遠に出られないはず。

 そういえば天国は無いのか。地獄か生まれ変わるか異世界。

 異世界一択じゃないか。


 前に座った女神様は紙をペラペラと捲っている。

 今時紙なのか。


「あぁ、そういうことですか」


 何か納得したご様子だ。


「あなたがさっきから、転生だの転移だのと騒いでいる理由が分かったのです」

「それはですね!アニ」

「分かったと言ったでしょう。うるさいなぁ」

「すいません」

「ちゃんと合わせてあげますから」


 さすが女神様だ。お優しい。

 あの紙パラパラに一体どれほどの情報が書かれていたのだろう。

 今更ながら、毎日何人も死んでいるのにどうして俺なんだ。

 もしかして、凄い力があるのか。そうに違いない。


「あの女神様」

「なんでしょう」

「俺がここに呼ばれたのって、もしかして凄い能力があるからとかですか!」

「あぁ、それはですね」


 女神様はそう言って指を動かすと、この謎空間に何か出現した。

 椅子から立ち上がり、出現した何かから少し離れた場所に立つ。


「ルーレットスタート!」


 その掛け声と共に何かが描かれた丸いボードが回転しだした。


「ふーん、ふふーん、えい!」


 何かを投げたようだ。

 ゆっくりと回転が止まる。


 『ハズレ』


「・・・ダーツじゃねえか」

「そうです。これで決めました」


 女神様はダーツを引き抜きながら「マイブームなんです」とか言っている。

 神はサイコロを振ったのではなく、ダーツを投げていた。


「ラ、ラッキー・・・」


 そうだ、ポジティブに考えよう。

 ダーツだろうがなんだろうが異世界に行けるんだから。


「まぁそういうわけですので、転移?しましょうか」

「あの!転移特典は!?」

「・・・?」


 またパラパラと紙をめくり始めた。

 そのスピードだとパラパラ漫画でも読んでいるようだ。

 しかしその目は怖いほどに上下している。


「・・・そういう設定ですか」

「設定・・・」

「まぁいいでしょう。ではこの勇者の剣とやらを作って」

「経験値倍がいいです!いや10倍!」


 俺は暇があればずっと考えていた。

 もし転生か転移をするのであれば、欲しいものは何か。

 それがこれ、経験値倍率アップだ。

 なにせこれがあればお手軽に無双状態になる、はず。

 不死身は弱いうちに実験台にでもされたらアウトだし。

 武器は強くても本人依存だ。


「経験値・・・あぁそういうシステムですか」

「システム・・・」


 相変わらずなにかを壊しにかかる女神様。

 それでも俺に合わせようとしてくれているのはさすがだ。

 

「まぁいいですよ。そういう感じにしてあげます。暇ですし」

「暇・・・」

「なにか文句でもあるんですか?」

「い、いえ!ありがとうございます!」


 再三の土下座。

 実際死ぬ前にやったことは無かったが、やってみるとしっくりくる。

 さすが日本の伝統だ。


「ステータス画面?とかはさすがに作れないので、知りたい時は私を呼んでください。頭の中にこの部屋が映りますから」

「わ、わかりました!ありがとうございます!」

「今回は勇者召喚している世界が無いので、私が決めますね」


 そういうとまたルーレットスタート。

 ダーツが刺さったのは、『???』読めない。何語だろう。

 

 あ、そういえば。


「あの!身体はこのままなんでしょうか!」


 すっかりたるみ切った腹を見る。

 いくら強くなってもこれでは、モテない。


「もうなんかめんどくさい」


 そう言いながら女神様は指を動かした。

 ゴキゴキッバキッ。

 不穏な音とともに、俺の身体が変形し始める。

 グロイ。


「え!なにこれ怖い怖い!」

「うるさっ・・・はいもう送りまーす」

「待って!女神様!怖い!」


 耳をふさいで「あー、あー」と言っている。

 段々と、変形中の身体が薄くなってきた。


「え!?なにこれ死ぬの!?身体がまだ・・・」


 そうして、俺の姿は消滅した。




         ♦♦♦♦




「うっ、まぶし!」


 目を開くとそこは、草原。

 身体の変形は収まっている。

 そして何と言っても、


「腹筋がある・・・」


 たるみ切った中年のそれではなく、しっかりとした筋肉。

 女神様、ありがとう。


「しかし、ここはどこだ・・・あっ!女神様!」


 そう言うと、頭の中にさっきまでいたはずの部屋が映し出される。

 

「なにこれ気持ちわる」


 頭で想像した絵がなんとなく目の中に映っているような感覚は経験がある。

 しかし、今は目の前の景色と頭の映像が逆転している。

 モヤが掛かっているのは目の前、はっきり見えるのは頭の中。


「呼んで早々気持ち悪いですか。最悪ですね」

「いや!違うんです!そういうことじゃなくて!」

「・・・それで、なんですか」

「これからどこに行けばいいのかと・・・」


 こんな広々した草原にポトリと落とされて、はいスタートなんて言われても無理だ。

 ステータス画面も地図も、ましてスマホがあるわけでもなし。


「適当にやればいいじゃないですか」

「いやぁ、でもぉ・・・お願いします!」


 草原で一人土下座。

 いや俺がはっきり見えているのはあの部屋だから。

 俺はちゃんと女神様に土下座しているのだ。


「はぁ・・・じゃああっち」

「なんてアバウトな・・・」

「じゃあ今から地獄に」

「はい!頑張らせていただきます!それじゃあ!」


 映像が途切れた。

 割と簡単に切れるんだな。

 俺はとりあえず女神様が「じゃああっち」と言った方向に歩き出した。

 随分と身体が軽い。これも女神パワーか。

 持ち物も無い。場所も分からない。それでも異世界だ。


 このまま孤独死だろうなとか、働きたくないなとか、生きているか死んでい

るのか分からなかった現実世界とはおさらばだ。


「待ってろ!俺のハーレム!」


 こうして勇者カケルの物語は幕を開けたのだった・・・・・・・・。





 そして2年後!!!




 俺は、魔物の総本山である魔王城の玉座の間。

 つまり魔王の前にいた。


「ついにここまで来たわね」

「頑張りましょう!カケル様!」

「カケル!帰ったら私の話を・・・」

「あっ!抜け駆けはズルいよソフィー!」


 この2年とにかく頑張った。

 来る日も来る日もモンスターを倒し、ギルドに入って依頼もこなした。

 そうして強くなった俺は、名実ともに勇者になったのだ。

 社会的地位も高くなったし、城には婚約者の姫様もいる。


 (ふふ、あの時は大変だったな)


 姫様はとにかく俺にベタ惚れだったから、城から旅立つのに苦労した。

 

 旅の方はというと、別に苦労は無かった。

 だって経験値10倍だし、戦闘以外のスキルもメキメキ上がる。

 強くて、家事も完璧にこなす勇者。

 それがこの世界の俺だ。

 前世?か分からんが、死ぬ前のことはもう忘れた。


「みんな!集中しよう!」


 最高の仲間もいる。もちろん全員女だ。男は一切入れなかった。

 だって寝取られとか間男とか最悪だし。

 

「そうね!後ろは任せて!!」


 女剣士スカーレット!ツンデレ可愛いけど弱い!前に出たことない!


「回復は任せてください!カケル様!」


 女僧侶マリア!胸がデカいけど弱い!薬草しか使えない!


「ねぇ帰ったら・・・」


 女魔法使いソフィー!とにかく可愛いけど弱い!初級魔法も上手く使えない!


「もう!ソフィー!カケル、ワタシも・・・」


 女武闘家カリン!ケモミミでロリ可愛いけど弱い!一度も戦わせたことない!


「ふっ、帰ったらちゃんと聞くさ・・・」


 そして勇者カケル!強い!


 俺は世界を回ってとにかく可愛い女の子を仲間にした。

 強いとか弱いとか関係ない。

 だって俺が強いから。一人で余裕だから。

 むしろ仲間がいた方が面倒だ。守る方が大変だし。

 でもいいんだ。

 だって俺の夢はハーレムを作ること。

 男の臭いを一切感じさせないハーレム。

 

「いくぞ!!!」


 まぁ行くのは俺一人だ。

 まずは魔王の攻撃を受ける。


「ぐっ・・・さすが魔王だ・・・」


 ノーダメージ。でも演出が大事。

 こうすると女の子が心配してくれるし。

 後ろで「大丈夫!?」と言った声や「回復を!」なんて聞こえてくる。

 マリアちゃんは薬草しか使えないでしょ。この場面で使えないでしょ。


「でも・・・俺は負けない!いくぞ魔王!獄炎斬!」


 そんな技は無い。剣に炎が宿るわけでもない。本気で魔法を掛けたら剣が溶ける。

 でも技名って大事でしょ。

 

 そして俺は、獄炎斬なる普通の斬撃を魔王に叩き込んだ。

 

 魔王真っ二つ、死んだのだ。

 今回も一撃だった。強くなりすぎたのだ。


「終わった・・・か。長く苦しい戦いだった・・・!」


 わざと女性陣に聞こえるように言う。

 振り返ると、こちらに駆け寄ってくる姿が見えた。


 強くなりすぎて虚しい。なんて思わない。

 だって最強のほうがいいじゃん。

 別に強すぎて困ることもないし、戦闘狂でもない。

 しかし、これでようやく俺の旅が終わった。

 これから帰って、あとは城で悠々ハーレム人生だ。


 姫様と4人の仲間と、やっぱりギルドのお姉さんも・・・。

 ようやく俺の夢が叶う。

 


「みんな!これで世界は・・・ん?」


 様子がおかしい。

 世界が暗くなっていく。

 気付いたら、あの部屋にいた。


「あ、お疲れカケル」


 今ではすっかり仲良くなった女神リヴィア様。

 

「リヴィアさん・・・どうしたんですかこんな時に」


 俺はあの場面この人を呼んではいなかった。

 早く映像を切らないと、変な奴だと思われる。


「こほん・・・勇者カケル。あなたは見事に魔王を滅ぼしました」

「いやそんな場合じゃないんで、それじゃ!・・・?」


 切れない。いつもならこれで終わるのに。


「スイッチオフ!通信終了!グッバイ!サヨナラ!開けごま!・・・」


 嫌な汗が流れ始めた。おかしい。

 どうして戻れないんだ。


「なにしてるの?」

「え、だって戻らないと」

「戻れないわよ?」

「・・・は?」


 え、どうして。

 だって俺は魔王を倒して、世界を平和に導いて、これからハーレムを・・・。


「あははは、リヴィアさん冗談きついなぁ」

「冗談?」


 はて、と首を傾げる女神様。

 冗談ですよね。

 だってまだ誰とも・・・


「いや!早く戻してください!お願いします!」


 転移してから何度となく繰り返した俺の土下座。

 今では人間国宝級だ。

 これに折れなかった女神様はかつていない。


「だからー、無理なの。だってあなた魔王倒したし」

「なのでこれからハーレム生活を」

「私最初に言ったわよ。『魔王を倒し、世界を救う。そうして徳を積めば次の

人生がよりよいものになります』って」


 女神様の言葉を頭の中で繰り返す。


「徳を積めば人生が」

「次の人生ね」

「言ってません!」

「ざんねんっ、いいましたっ」


 女神スマイルは相変わらず可愛らしい。今は悪魔に見えるが。


「証拠は!?証拠がない!」


 まるで犯人かのように喚いた。もう藁にも縋る思いなのだ。


「はぁ、めんどくさっ」


 笑顔のまま女神様は指を動かすと、テレビが出現した。

 毎度のことながら、なんとも俗世的である。

 リモコンまで取り出した女神様は「はいこれー」と言いながら過去映像を流した。


「うわ醜い!誰これ」

「あなたでしょ」


 混乱中の俺は謎の突っ込みを入れてしまった。

 その姿は今とは似ても似つかないが、自分の姿を映像で見るのは写真よりもきついものがある。


「ね、捏造だ!」

「はぁ、私あなたのために色々してあげたのになぁ。もう地獄行こうかっ」

「ひっ、すいません」


 俺の土下座に匹敵する地獄行き発言。

 笑顔なのに異様に圧力のある声音は、本当に地獄に落とされかねない。

 とにかく落ち着こう。

 俺は魔王を倒したと思ったらこの場所にいて、もう戻れないという。

 え、なぜ?

 次の人生って何の話?


「あ、あの帰りたいんですけど」

「それは無理なのです。魔王を倒して徳を積みました。よって次の人生に進む時が来たのです」

「そんな!少しだけです!お願いです!」

「はぁ、じゃあ見せるだけね」


 テレビの映像が切り替わった。チャンネルかよ。

 

 そこに映ったのは、先ほどの場面。俺の仲間たちが泣いている。

 当たり前だ。なにせ俺が急に消えたんだから。

 泣いてくれるってことは、やっぱり本気だったんだな。これは良いものを見た。

 ザザッと映像が乱れ、次に映し出されたのは王城。

 姫様が泣き崩れている。当たり前以下略。

 その前に座っているのは、俺の仲間たち。


「・・・あれ?」


 場面が切り替わり、王都。

 なにやら銅像が建てられている。

 俺じゃん。勇者カケルじゃん。


「あ、あの女神様?」

「どうしたのですか?」

「この映像は・・・」

「だから見せてあげているのです。勇者が救った世界を」


 営業女神だ。

 あ、この人ちょっとイラついてるな。

 だって笑顔なのにイラッて顔してるもの。


 また場面が切り替わった。

 大きくなった姫様が幸せそうにしている。

 その横には子どもと男。子どもは姫様によく似ている。

 

「め、女神様・・・あのこれ・・・」

「・・・・・・」


 場面が切り替わる。

 仲間たちだ。

 みんな幸せそうにしている。

 そして全員、子どもと男が。


「おい!もうやめろ!」

「うるさいですね」


 ザザザッと映像が乱れると、早送りのように時がどんどん進んでいく。

 春夏秋冬と季節がグルグル回る。

 倒される銅像。

 孫ができて、死んでいく姫や仲間たち。


「やめでぐれよぉ・・・こんなのうぞだぁ・・・」


 映像を見ていられなかった。

 というより視界がぼやけて前も良く見えていない。


「てれれれれー。あなたは世界を救ったのです」


 悪魔だ。どこが女神なんだ。

 俺はこんなものを見るために2年も頑張ったわけじゃない。


「嘘と言ってください・・・だって俺がここに来たのついさっきですし」

「この部屋と別の世界では時間の流れが違いますし」

「これまでリヴィアさんを呼んだらすぐ対応してくれたじゃないですか・・・」

「それはあの世界とこの部屋の時間を同期していただけです」

「そんな・・・」


 足に力が入らず、その場にへたり込んでしまった。

 女神様は、「その必要はもうないですし」と言って煎餅を食べ始めた。

 最近のマイブームらしい。

 バリバリ零しながら食べてる女神って、イメージ壊れるなぁ。

 そしてゴクンと喉を鳴らして飲み込んだ。


「私色々勉強したのよ。これってエンドロールって言うんだよね。勇者が救った後のちょっとその後の物語。人気なんだよね?」


「・・・はい?」

「勇者が救った世界はそのあと平和な時代を過ごしました。ぱちぱちぱち」


 なにを言ってるんだこの女神は。


「バッドエンドじゃねぇか!俺だけいない世界!仲間も姫様もみんな寝取られ!最悪のバッドエンドだよ!!!」


 こいつには人の心は無いのか。いや女神だった。女神心は無いのか。

 確かにあるよ、エンドロール中に流れるやつ。

 

 村に帰ったり、新しい人生をスタートさせたりさ。

 世界平和になってるし、みんな幸せそうだけどさ。

 でもこれは無いだろ・・・解釈違いだよ。

 

「大丈夫。生まれ変わったらこの記憶無くなるから」

「じゃあなんで見せたんですか」

「だって帰りたいって言うから、でも無理だし。だからサービスしたのよ」


「・・・俺の2年がえじでよぉ・・・」

「うわぁ、きたないっ」


 俺に何か恨みでもあるのこの女神。記憶無くなるなら見せなくてもいいのに。

 いやそもそも俺は生まれ変わりたいわけじゃない。


「帰りたいです」

「むりですー」

「じゃあせめて記憶はそのまま・・・」


 こんな記憶を持って、人間に?無理だ。生まれた瞬間鬱になる。

 鬱から始まる現実世界。最悪すぎる。


「いや・・・もう一回異世界行きたいです・・・」

「だから、もうその必要ないのよ。記憶だって消えるし、前よりずっと良い生活が」

「剣と魔法とハーレムが無い世界なんてクソだ!この通りです!お願いします!」

「うわぁ・・・」


 全力土下座だ。女神様はきっとゴミを見るような目をしているだろう。

 しかしそんなものは関係ない。


「もう一回!もう一回!女神様のカッコいいとこ見てみたい!」

「・・・・・・無理だって」

「女神様!俺頑張ったんです!ご褒美が欲しい!」

「だから、ね?無理なのよ。決まりなの」

「2年も一緒だったじゃないですか!俺がいないと寂しいでしょう!」


 おだてて、おねだりして、情に訴えて。

 俺はもう一度異世界にいくためならなんだって使う覚悟だ。


「確かに楽しかったけど、あなた途中から全然連絡寄こさなかったじゃない」

「つ、次は連絡しますから!」


 なんだか彼女みたいですね、なんて絶対言えない。言ったら終わりだ。

 でもなんか押し切れそうだぞ。チョロいのか女神様。


「どちらにしても・・・」

「責任取ってください!」

「せ、責任ってなんのよ」

「俺にあのバッドエンドを見せた責任です。あーこれじゃあ未練だらけだなぁ」

「だから記憶は」

「記憶消したら罪は消えるんですかー?」


 勇者カケル、グレる。

 記憶が消えれば今の会話だって忘れるんだから、罪も罰もあったもんじゃない。

 そんなことは分かっている。

 今重要なのは、異世界にまた行くことだけ。

 女神様は「ぐぬぬ」と唸っている。効果は抜群だ。


「じゃあこれで決めましょう」


 出現したのは、当時女神様のブームだったルーレット。

 でかでかと書かれた『生まれ変わり』に対して最早書かれているかも怪しい

『転移』の文字。

 割合で言うと、99:1だ。これでも良く言った方。


「人の人生をルーレットで決めるんですか!?」

「私とあなたの思い出でしょ?」

「そんなこと言ったって騙されませんよ!」

「・・・ルーレットスタート!」


 無情にも回転を始めるルーレット、楽しそうに鼻歌を歌う女神様。

 そして・・・


「ふんふーん。えい!」


 刺さったのは『生まれ変わり』である。当たり前だ。


「はい、生まれ変わりね」

「横暴だ!無効!無効!」

「はーい、生まれ変わりまーす」

「やめてぇ!」


 俺は女神様に飛び掛かった。

 別に彼女をどうこうしようと思ったわけじゃない。

 しがみついて、懇願した。


「おねがいじまずう・・・もういっがいだけぇ・・・」

「や、やめなさい!」


 しがみつく俺と、引きはがそうとする女神。

 俺は女神様の下半身を必死で掴み、白いドレスを涙で濡らした。


「わ、わかったから。ちょっと待ちなさい」

「・・・ホント?」

「上に聞いてくるから」

「やった!さすが女神様!大好き!」

「うわぁ・・・うざすぎっ」


 命が繋がった。俺は勇者カケル時代には一切使わなかった技を出し切った。

 最後は泣き落としだ。


「・・・・・・」


 女神様の髪の一部がアホ毛状態になり、ピコピコと動いている。

 それアンテナ代わりなのか。

 目が閉じられ、どこか神々しさすら感じられる。アホ毛がなければ。


「・・・はぁ」


 目を開き、ため息を吐いた。ダメだったんだろうか。


「ど、どうでした?」

「いいってさ。良かったね」

「よっしゃあああああ!!ありがとうリヴィアさん!!」

「でも、せっかく積んだあなたの徳が無かったことになるわ」

「良いんです!異世界に行けさえすれば!」


 ごねにごねれば世の中なんとかなるもんだ。

 将来子どもができたら伝授してやろう。

 速見家直伝だ。


「そろそろ勇者召喚が行われるから、そこに行くことになるわ」

「おー!前回は草原でしたからね!城スタートは有難いです」

「頑張ってね」

「はい!それで、また特典を・・・」


 あとはまた経験値10倍さえもらえれば完璧だ。

 魔王さえ倒さなければ死ぬまでそこにいられるし。


「それは無理。あなたの徳は全部これで使い切るし」

「あ、そうなんですか。まぁ仕方ないです」


 前回の特典は徳を消費していたのか。

 でも文句は何もない。女神様にはよくしてもらった。


「リヴィアさん、ありがとうございます」

「私としては、次の人生で幸せになってもらいたかったんだけどね」

「それは・・・すいません。ちゃんと連絡しますから」

「期待しないでおくわ・・・そろそろよ」


 身体がゆっくりと消えていく。

 召喚の時が来たのだ。

 前回は身体が変形しながらだったから冷静に感じられるのは初めてだ。


「行ってきます!リヴィアさん!」

「頑張りなさい。勇者カケル。あなたに幸多くあらんことを」


 そうして、俺の2回目の異世界生活が幕を開けた。


「待ってろ異世界!今度こそハーレムを!」


 第一部完。

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