第二部 神約星書『創星記』第三章『原罪』

 少年は楽園にいつも一人でいました。楽園には美味しい果実が実る樹があり、綺麗で美味しい水が流れる川もあります。服も何不自由することはなく、家も住み慣れたものが湖の畔に建ってありました。衣食住は満たされていたため、少年は今の暮らしに何も疑問を持ちませんでした。生まれてこの方ずっと一人。だから名前もないし、必要ありませんでした。

 ある時、少年が森の中を散策していると、今までに見たことのない美しい花を発見しました。少年はその花を近くで見つめて観察しました。見れば見るほど少年はその花の美しさに惹かれていき、とうとう少年はその花から離れることができなくなってしまいました。

 お腹が空いても、喉が乾いても、少年はその花を見つめました。雨の日も晴れの日も、少年はその花を見守りました。しかし、あまりにもお腹が空いてしまったので、少年はむしゃむしゃゴクンとその花を食べてしまいました。

 少年は後悔して、悲しみの涙を流しました。けれど、いくら泣いてもその花はもう戻ってくることはありません。少年はその時、初めて他者の存在に気づきました。そして、自身が一人きりであることを嘆きました。

 少年は何日も泣き続けました。流れた涙はやがて池となりました。池には水草が生え、そこから一輪の花が咲きました。その花は少年が食べてしまった花と同じ花でした。  

 少年は喜び、より近くで見るために池の中へと入って行きました。少年がその花に近づき触れると、その花は池の水を勢いよく吸い始め、どんどん大きくなっていきました。

 美しい花は一度咲き誇りましたが、次第に萎れ始め、やがて枯れて、少年くらいの大きさの黄金の果実になりました。

 お腹が空いていた少年はその果実を食べ始めました。その果実は甘酸っぱくも美味しく、少年は夢中で食べていきました。少年が食べ進めていくと、果実の中からなんと一人の少女が現れました。少女は少年が食べてしまった花でできた冠を頭に付けていました。

 初めて二人目の人に出会った少年は気持ちが昂ぶるのを感じていました。少年は眠っている少女の身体に触れ、その美しい顔を近くで見つめ、自身の唇と少女の唇を重ね合わせました。

 その時、少女が目を覚ましました。少女は少年に、あなたは誰、と訊きました。ですが名前のない少年は困り果ててしまいます。暫く考えた後、少年は同じ質問を少女にしました。少女は、分からない、と答えてから少年を見つめ返します。少年は、これから私たちが何者なのか知っていこう、と語り、それを聞いた少女は頷きました。少年は少女を家へと案内し……


□講解

一 最初の人間であるアデルとヘレーネがセックスをし、快楽を知ったことで、愛という概念が生まれた。

それは罪でもあった。女には出産の苦痛が与えられ、男には女を養うための労働の義務が与えられた。原罪とはこのことを言う。

果たして、原罪は犯されなかった方が良かったのだろうか。私たちは今日、この青い星エルデで生きている。人類がここまで栄えたのは、性愛という名の罪が連綿と紡がれてきたからだろう。

恐らくこれからも人類はこの罪を犯し続ける。セックスだけではない。あらゆる罪を人は犯すだろう。だが、終末の日に、過去と未来の全ての罪を背負う者が現れるのだ。人は彼の者を神と呼ぶのだろう。

二 人類の存在意義を考えたことがあるだろうか。私たちは名前というものを当たり前のように使っているが、ヘレーネのした「あなたは誰」という質問の答えとして自身の名前を答えることは果たして正解と言えるのだろうか。

もしかしたら人間は、神が己のレゾンデートルを探すために創造したものなのかもしれない。

また、アデル一人だけではなく、ヘレーネという二人目の人間が現れ、性別が生まれたのも、神が唯一物であるからなのかもしれない。

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