第5話 百合漫画
「倉持さん」
「はぁ…」
チャイムを鳴らすと同時に倉持さんの声が近くで聞こえて俺は目を丸くする。
「待っていてくれたの?」
「たまたま部屋を出たからです。ちょうど君が来る時間だったから戻るよりは待っていた方が良いと思って」
「そっか」
相変わらず冷たい口調は変わらない。今日で倉持さんが学校に来なくなってから1ヶ月が経った。
そして俺が倉持家に通うようになって3週間だ。平日は欠かさずここに来るからもう日課になっている。
しかしそうすれば佐倉に付き合いが悪いと言われてしまうので友達付き合いは土日にするようにしていた。
だから最近は少し忙しい。でもその忙しさの中には別の理由も含まれていた。
「お便り入れるね」
「はい」
前までは俺の言葉に反応する回数が少なかったけど今では話せば何かしら返してくれる。
まぁほとんどが冷たい返事だけれど。
「見た?」
「……意味がわからないです」
「そのままの意味だよ」
「経緯がわかりません」
【顔を見せて】の付箋以降、俺は何も貼らないでお便りをポストに入れていた。また逆鱗に触れて玄関を叩かれてしまったらと怯えていたからだ。
けれど今日は別。ここ数日間調べていたことを倉持さんに披露したかった。
【オススメの
「百合漫画って…」
「調べたんだ。女性同士の恋愛を百合って言うんだよね?そして百合を好む人達を姫女子と呼ぶ。逆に男性同士の恋愛は薔薇らしいね。腐女子って単語は聞いたことあるけど、薔薇を好む人達を指すのは知らなかった」
「……」
「どう?合ってる?」
「合っているっていうよりも、熱心に説明する理由が理解出来ません」
「だって倉持さんがその立場なんでしょ?この話題なら俺が勉強すれば話せるかなって思ったんだ」
自分でもドヤ顔している自覚はある。きっと目の前が扉ではなく鏡だったら凄い顔していただろう。
しかしその直後に倉持さんは盛大なため息をついた。
「私のためにそんなことしなくて良いです。前にも言いましたが、早くお便り係を拒否してくれませんか?」
「俺が拒否したら俺よりもっとしつこくて、面倒臭そうに学校へ行かないか勧めてくる担任が来るよ?」
「……」
流石に嫌らしい。倉持さんは反論することなく黙ってしまった。少し担任が気の毒だが仕方ない。
倉持さん曰くの面倒臭そうに来れば、誰だって来て欲しくないと思うはずだ。
「この前言ってたじゃん。誰も心配してくれないって。でも俺は違うよ。倉持さんを心配している」
「……真面目過ぎなんじゃないですか」
「よく言われる。でも心配しているからこうやって調べてきたんだ。少しでも元気になって欲しくて」
「私が百合漫画で元気になると思ったんですか?」
「えっ違うの?」
「違うって言うか…」
「なら倉持さんは何が好き?そもそもアニメとか見る?ゲームはする?もしかしてアウトドア派?」
「勝手に話進めないでください」
「ご、ごめん」
マシンガントークのように次々に質問する俺を倉持さんは一刀両断する。冷たい声には黙らせる力が込められていた。
「あまり同性愛者だからこれが好きとか決めつけない方が良いですよ。他の人達はわかりませんが、私は固定概念が嫌いなんです。同じ性別を愛しても異なる性別を愛しても人間には変わりないんですから」
「確かに、そうだね」
倉持さんの考えに俺はハッとする。まさにその通りだったからだ。
倉持さんは性別が女性でありながら同じ女性が好きだから勝手に百合漫画を読むと結びつけていた。
でも軽率だったかもしれない。もっとちゃんと同性愛者について調べておけば良かった。
「ごめん。もう少し色々と調べて勉強してくるよ」
「……疲れないんですか?」
「何で?」
「君に利益なんて何もないです。関係のないこと調べるのは疲れます」
「そんなの気にしなくて良いよ。俺にも関係あることだし。倉持さんの家に通っているのなら1ミリくらいは関係あるでしょ?」
けれど例え倉持さんの家に行かなくなってもこの知識は無駄にならないはずだ。
今はニュースでも同性愛については沢山取り上げられている。これからもっと浸透していくであろう話題を今から身に付けることが出来るのだ。
調べることは俺の利益にもなってくれる。
「いずれ疲れますよ…」
「ん?何?」
「……」
すると突然玄関付近から倉持さんの気配が消える。奥の方では何やらガチャリという音が聞こえた。
もしかして帰れという意味なのだろうか。いつもは俺が先に帰るのだけど今日は違うのかもしれない。
「まだ居ますか?」
「どうしたの?」
俺は大人しく帰ろうと足を動かそうとした時、倉持さんが戻ってくる。
返事をすれば静かに玄関の鍵が開錠された。
「えっ」
控えめに開けられた玄関の扉。その隙間から外に出てくるのは1冊の小説と白くて細い指。
倉持さんの姿は見えない。俺は何も考えずに出てきた本を受け取った。
「漫画よりも小説派です」
倉持さんはそう言うと扉を閉めて鍵まで掛けてしまう。それは外の世界を拒絶するかのようだった。
俺は裏表紙を上に向けてあらすじを読んでみる。ファンタジー感溢れる単語が簡単な文章と共に綴られていた。
その中でも1番目を引くのが最後にある“百合ファンタジー”の文字。
「ありがとう。読んでみる」
なるほど。確かに百合作品は漫画だけに限らない。
小説もあればアニメある。探せば実写作品だって見つかるはずだ。
俺は丁寧に自分の鞄の中に小説を入れる。もう倉持さんから返事は無かった。
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