第4話 捻くれた少女
「なぁ最近何してんの?凪斗、放課後誘っても全然乗らないんだけど」
「まぁ色々とね」
「なんか厄介ごとに首突っ込んでんのか?」
「厄介ごとと言うか……頼まれごとだよ」
「ふーん」
不満そうにしていた佐倉を思い出しながらまた倉持家のチャイムを鳴らす。
「木崎凪斗です」
「…はぁ」
いつもの時間、いつもの挨拶。そして毎度のため息。
「しつこいって言いましたよね?」
「言われた。でも頼まれているから」
「拒否すればいいって言いましたよね?」
「言われた。でも頼まれたから」
「意味がわからない」
呆れたような態度の会話も少しは慣れた。それでもちょっとイラつくし時々傷つくけど。
「ポストで」
「わかった」
俺は担任から毎日預かる封筒をポストに入れる。しかし今日の封筒はいつものと違った。
「は?」
玄関の扉越しに気の抜けたような倉持さんの声が聞こえる。意外と入れればすぐ見てくれるのか。
俺は倉持さんの反応を待ちながらアパートの周りを見渡す。良くも悪くも普通のアパートはどちらかと言えば古い方だ。
ここ一帯は新しい住宅が建ち並ぶので余計に古く見えてしまう。そういえば倉持さんは家族とここに住んでいるのだろうか。
いつもこの時間には倉持さんしか出てこないから探るにも探れない。まぁ聞かせてくれることはないのだろうな。
「これどういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ」
「断ります。なんで玄関から出なきゃならないんですか」
返事が聞こえたと思えば少し怒っているような口調だ。今日俺は、預かった封筒に1枚の付箋を貼った。
【顔見せて】
たったそれだけ。でも1番わかりやすいと思う。だって一瞬でも顔を見せれば良いのだから。
「ちょっとで良いんだ。チラッと玄関開けて」
「嫌です。何を見る気ですか」
「顔だって」
「顔を見てどうするんですか?」
「今の倉持さんはどんな感じなのかを観察する」
「観察する理由がわかりません」
「担任が気になっているんだって。俺が来る前も顔見せなかったらしいじゃないか」
倉持さんの顔が見たい理由は担任からのお願いだ。
放課後お便りを受け取る時は必ず「昨日の倉持の様子は?」と聞いてくる。
けれども俺は顔を見て喋ってないので何とも言えなかった。だから今日こそ顔を見てどんな感じかを確認する。
げっそりしているのか、ピンピンしているのかさえわかれば担任も安心するはずだ。
「結局担任じゃないですか」
「ん?」
「君は担任に良いように使われているだけです。顔見せろくらい自分で言えるでしょう?」
「倉持さんには通じないって思ったんじゃないの?担任は俺が出席番号で指名されたなんて知らないんだし、仲良いって思っているから」
「そもそもなんで拒否しないんですか。私はしつこいって君を拒否したんですから逃げる言い訳は出来たのに」
「だってそれは」
「頼まれたから?」
「そうだよ」
今日はお互いに喋れているなと頭の片隅で思う。しかし何だか雲行きが怪しいのを感じ取っていた。
「頼まれたからと言ってもそこまで真面目にやる必要は無いと思います」
「頼まれたからこそ真面目にやらなきゃダメでしょ。倉持さんの件に関しては色んな人が関わっているんだから」
「色んなって、そんなに人は関わっていません」
「関わっているよ。みんな心配しているんだ」
「は?」
「は?って何?」
急に倉持さんの声が低くなって俺は後退りしそうになる。
しかしそれをグッと堪えて倉持さんの返事を待っていたら勢いよく玄関が叩かれた。
「君が1番わかるんじゃないんですか?みんなが心配している?それは私の心配じゃなくて自分の心配でしょう」
「ちょっ、落ち着いてよ。玄関壊れる」
「これくらいじゃ壊れません。そもそも君が変なこと言うから」
「だって本当のことだろ。クラスのみんなも……」
心配している。そう言おうと思ったけど途中で止めてしまった。
俺は倉持さんの呟きが炎上した翌日からクラスの様子を知っている。
現状、クラスメイトは誰1人倉持さんのことを心配していなかった。むしろ、馬鹿にしているようだ。
「わかりました?担任だって心から私を心配しているわけじゃないんです。いつも来るたびに面倒臭そうにしている。仕方なく来られても嬉しくないんですよ」
「……でも倉持さんの様子を知りたがっていたのは本当だよ」
「そうですか」
これ以上何かを言うのは無駄なのかもしれない。捻くれた考えなのに何となく俺も共感してしまった。
俺は持っている鞄を強く握りしめる。
「ちなみになんだけど」
「…まだ何か」
「倉持さんは同性愛者なの?」
俺の質問はストレート過ぎて失礼極まりないと思う。でも倉持さんは回りくどい話し方よりもこう言った話し方が良いような気がした。
けれどまた玄関を叩かれるかも。妙な緊張をしながらただ返事を待ち続ける。
数分後、先ほどとは違う小さな声で呟いた返事を俺は聞き逃さなかった。
「了解」
それだけ言った俺は踵を返してアパート2階の廊下を歩く。
突然終わった会話に倉持さんは驚いているだろうか。そう思いながら俺はアパートから見える空を眺めた。
「虹だ…」
遠くの方では雨が降ったらしい。目を凝らして空を見れば薄っすらと虹が浮かんでいるのがわかった。
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