第2話 炎上から1週間

 同性愛について嘆く呟きが拡散されて1週間。そのアカウントの主が倉持海華説はほぼ確定とされていた。


 理由は単純。倉持さんが1週間も学校に来ていないからだ。


 1日2日なら風邪の可能性も拭えなかった。でも1週間も来ないとなればクラスの生徒達は「炎上して病んだ」と囃し立てるようになる。

 勿論、俺もその中の1人として佐倉と笑い合ってた。


木崎きさき!木崎凪斗、ちょっと良いか?」

「はい」


 今日も変わらず学校の授業をこなして、さて帰ろうとなった時だった。


 突然俺は担任に呼び止められる。嫌な予感がするけど担任だと逆らえない。

 「ドンマイ」と逃げるように速攻で帰り出す佐倉を見送って、俺は担任の元へ行った。


「何ですか?」

「頼み事良いか?」

「頼み事…」

「このお便りを倉持海華に届けて欲しいんだ」


 担任は顎の髭をポリポリと掻きながら申し訳なさそうにする。


 中年と言える歳の担任。俺にお便りを託すということは倉持さんにでも嫌われたのだろうか。


「そもそも何で俺になんですか?」


 お便りを届けるというのは別に珍しいことではない。でも人選がさっぱりわからなかった。

 倉持さんとは挨拶程度の関係。家が近いというわけでもない。そもそも家が何処か知らない。


 けれど担任は微妙な表情をしながらまた髭を掻く。


「倉持が休んでからは担任として会いに行っていたんだ。でもどうしても対面では会ってくれなくてな?そこでクラスの中で関わりやすい奴を聞いてみたんだ」

「それで俺の名前が上がった…と」

「ああ」


 余計にわからなくなる。適当に指名したとしか思えない。いや、不登校気味の人が適当に指名するだろうか。


 目の前の担任は無言の圧を放ちながら俺を見てくる。もしここで断ったらどうなるのだろうか。


 担任は他にも仕事は沢山あるはずだ。それに倉持さんももしかしたら俺を待っているのかもしれない。


 そう考えれば断る理由は無くなった。


「わかりました。届けます」

「ありがとう、助かる。これが倉持の家の住所だ」


 俺は担任から住所が書かれた紙とお便りが入った封筒を受け取る。倉持さんの家は俺の家の更に奥の方に位置していた。


 途中で寄るというわけではないようで少し気分が下がってしまう。自宅を通り過ぎて、また戻らなければいけないのか。


「渡すついでに適当に何か話しかけてやってくれ。それで反応が無かったら帰って構わない」

「了解です」

「すまないな。それじゃあ頼む」


 担任は最後まで髭に手を当てて教室から出て行った。横目で教室を眺めれば生徒達はほとんど居なくて話が聞かれてなかったことに安心する。


 クラスの話題になってしまっている人の所へ向かうなんて誰かに聞かれたら結構まずい。明日は木崎凪斗が標的になり質問責めにあってしまう。


 お便りを隠すようにお腹に押さえながら俺はそそくさと教室から立ち去った。


「何話せば良いんだろう」


 ポツリと呟いた言葉と共にため息が出る。受けたのは自分なのに憂鬱で仕方なかった。


 それでも頼られたというのは事実だ。倉持さんはともかく担任には頼られている。ならばそれに応えるためにこれを届ければ良い。


 俺はそう自分に鼓舞しながら学校の廊下を踏み締めた。


ーーーーーー


 倉持さんの家は良くも悪くも普通のアパートだった。倉持さんが住んでいるであろう2階の部屋へと登って行って玄関の前に立つ。


 耳を澄ましてみるが流石に中の様子は全くわからない。


「…よし」


 俺は勢いよく息を吐いて倉持と書かれた表札付近にあるチャイムを鳴らした。


「はい」

「あっ、倉持さん?同じクラスの木崎凪斗です」

「……はぁ」


 意外にもすぐに声を聞かせてくれた。結構テンションが低かったけど、多分倉持海華さんだ。


 しかしため息が聞こえた後は何も起こらない。玄関の扉さえも開けてくれなかった。


「倉持さん?」

「……」

「担任に頼まれてお便りを持ってきたんだ」

「……」

「聞いてる?」


 俺は出来るだけ優しく声をかける。本当なら早く帰りたい所だけど、ここで変に言葉を強くしたら後が怖い。

 俺のせいで余計に不登校になるのは避けたかった。


「倉持さん、せめてお便りだけは」

「ポストに入れて置いてください」

「…わかった」


 俺は預かった封筒をゆっくりポストに入れる。これで大きな任務は完了なのだが…。


「あのさ」


 担任には適当に話しかけてやれと言われている。反応が無かったら帰って良いのだけど、一応反応は貰ったので俺は続けて声をかけた。


 しかしその先の話題を考えておらず数秒沈黙が訪れる。俺の「あのさ」は絶対に聞き取れたはずだから逃げるわけにもいかなかった。


 結局、思いついた話題は


「た、担任好き?」


 自分でも意味のわからない質問だった。


「俺は好きか嫌いかって言われたら、普通よりの好き?かな…」


 自分の頬をポリポリと掻きながら倉持さんに教えてみる。なんか今の俺、髭を掻く担任みたいだ。


「倉持さんは?」


 側から見れば閉められた扉に向かって1人話をしている男子生徒。不審極まりない。

 ストーカー扱いされないよね?と時々周りを気にしながら倉持さんの返事を待った。


 そうすれば2度目のため息が聞こえてくる。


「好きでも嫌いでもありません。興味ないです」

「む、無関心ってこと?」

「はい」

「そっか…」


 ごめんなさい担任。心の中で謝罪しながら俺は小さく頷く。


 俺の姿が倉持さんに見えているかわからないけど、とりあえず意思表示はしておいた。しかしそれっきり会話は止まってしまう。


 もう帰って良いだろうか。このまま居続けても倉持さんの負担になるのなら帰る選択もアリだ。


 数秒待って倉持さんからの会話が無いと確信した俺は軽く頭を下げた。


「それじゃあ俺はこれで」


 返事は勿論無い。お礼さえも伝えられることは無かった。


 俺は玄関に背を向けてアパートの2階から降りようと階段へ向かう。すると後ろからガチャリという音が聞こえた。


 反射的に振り返れば、少し開いた倉持さんの家の玄関が勢いよく閉まる。もしかして見送ろうとしてくれたのだろうか?


「倉持さん?」


 でも返事は無い。俺は小さく深呼吸をした後、アパートの階段を降りて行ったのだった。

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