第6話


 「はぁっ…はぁ…後ろは…!もう追ってきてないようです。」


俺たちは全速力で後退したため肩で息をしていた。

俺が速度を落とし、ゆったりと歩きだすと道の奥に光が見えた。


赤い水晶の光だ。

どうやら俺たちは迷宮「ギルドクライン」の入り口安全地帯セーフティーポイントまで走ってきたらしい。


「何はともあれ無事生還だな。」



俺たちは光の方へ歩いていき安全地帯セーフティーポイントへ入る。



水晶の周りには何人もの冒険者が居たが、俺たちに気づくと各々ギョッとした表情を浮かべた。


まぁ無理もない。 糞と汗まみれの男と女が死体背負って出てきたら誰だって関わりたくは無いだろう。


「おい、あんたら大丈夫かい。」


ヒゲを生やした斧を背負ってる中年の男性が心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫だ。ありがとう。でも今は急いでるんだ。」


このおっさんのように親切な人もいるが今は時間がない。

ここまで体張って蘇生失敗しましたじゃ話にならないからだ。



「ナタリア…いくぞ。」

「はっはい!」


腕と足の入った死体袋を大事そうに抱えてるナタリアを引き寄せ俺はダンジョンの出口へ出た。



時刻は夕刻。俺がダンジョンに入ってから数時間が経過しているようだった。


西に沈む夕陽が街を照らす。微風が頬を撫で草木の匂いが鼻を包み込んだ。


「その…本当に地上っていい匂いですね。」


地下とウンコの陰鬱とした匂いにやられたナタリアはひどく感動しているようだ。



蘇生を行う神殿まで歩いて数分、日が沈み切る前には行けるな。


俺たちは神殿に向けて歩き出した。



向かいの山に日が半分ほど沈んだ頃、俺たちは神殿についた。


神殿は淡い紫色のレンガでできた台形の層が4層組み合わさった形をしており、ピラミッドのように上へ行くにつれて狭くなっている。屋上には金色の鐘が吊るしておりあり、メヴィアの守護神を祀っているとされている。


神殿の入り口には金の彫刻で

「聖メヴィア神殿迷宮支部」と刻んである。


除霊や蘇生など祈祷と呼ばれる行為を行う聖なる神殿。

さらに地下には地下墳墓があり、墓としての役目も担っている。



俺達は神殿の大きな門をくぐる。門は基本開けっぱなしなので中の様子が見える。奥には聖堂があり修道服を着た人や街の人がちらほらとお祈りをしているのが見える。

入り口付近に修道服を着た女性が居たので話しかけることにした。



「すいません」


「はい、どうかされましたか?」


「蘇生の依頼をしたいんですけど、ルナって居ますか?」


「ルナさんですか?今は二層目に居ると思いますけど…

それと蘇生のご依頼ですね。承りました。ご遺体を持って二層目までお上がりください。」


俺は言われるように神殿の二層目に向かおうとするとナタリアが話しかけてきた。


「その…ルナさんって誰なんですか??」


「ルナは俺の知り合いのシスターで俺が知る中では一番蘇生に長けている人物だ。」


「なるほど、じゃあその人に見て貰えばペンタクールは助かるんですね!」


「…死体の状況とかかった時間から見て大丈夫だとは思うが…」



聖堂右側の階段を上がり、二層に入ると空気がガラッと変わった。人は多いのにひんやりとした、静かで厳かな場所。霊安室だ。



「なんか…暗い場所ですね。」


ナタリアが小さい声で呟く。


「まぁ…ここの死体は蘇生待ちの死体だからな。蘇生不可ならそのまま墓地に入るし、蘇生可なら三層の祭壇へ上げられる。ここにいる人たちは気が気じゃないんだ。」


俺達は奥の方へツカツカと歩いて行く。たまに鼻を刺すような腐った匂いも漂ってきた。


「…あそこまで腐敗が進むと蘇生は難しいかもな。」


ナタリアが異臭の元へ目をやり少し俯いた。


「私、運が良かったですね…ローランさんに出会えて」


「それは蘇生成功してから言ってくれ。」


ナタリアの表情が少し和らいだ気がした。


「…はい、それでルナさんはどこに?」


「居ればすぐわかるんだが… あ、あそこ」


俺が手で示した方向には紺の修道服をきた金髪の女が居た。彼女の周りにはこれでもかとフラスコや瓶が散乱している。


「ルナ・ミスト。数多くの祈祷術に長けた聖職者の中でも一際蘇生が上手いシスターだ。肉体の再生も得意で優秀な人なんだが……」


「?」


「仕事柄、魔力や体力を浪費するようで、その回復をポーションに頼り切っていたらいつの間にかポーション中毒になった人でもある」


ポーション中毒。ポーションもある種の薬物だとしたら広義でルナはヤク中になってしまうのだろうか。


まぁいまはそんな事はどうでも良いか。


ルナは作業を終えて立ち上がったので声をかける。


俺は少し遠くにいるルナに聞こえるぐらいの声でよびかける。


「おーい、ルナ。頼みたいことがあるんだが」


いきなり名前を呼ばれてビクッと体を震わせたルナはこちらを振り向いた。


青い瞳にカールのかかった金髪のロングヘア。凛々しい顔立ちをしているのだが労働のせいか目にクマができている。

「わ、びっくりし…ってローラン!?珍しいですね。どうしてここに?」


「迷宮に潜ってたら冒険者を拾って…ついでに死体も。蘇生できるか見てくれるか?」


「え、あぁうん。コホンッ。良いですよ。」


驚き顔から一転、仕事ということで慈愛に満ちたシスターの顔を作るルナ。

プロ意識とはこういう事なのだろうか。



暗い紫色の床にルナは白い布を広げ、そこで死体袋を開ける。

あの時洞窟で解体した時とそのままのものが出てきた。

ルナは手袋をはめ、死体を取り出して仰向けに並べる。腕と胴の切断面を合わせ、何かを唱える。祈祷術の一種「再生」だ。詠唱は古代言語を用いるそうで俺には聞き取れなかった。


瞬間、切断面の血が湧き立ち気泡になって弾けた。

腕と胴は綺麗さっぱりくっついたようだ。


その後全ての切断面を接合し終えたルナはペンタクールのお腹に手を当てる。


これもまた古代語による詠唱。言語自体はわからなかったがこの場面はよく見てきた。

唱えている呪文は「保存」。防腐の祈祷だ。


「防腐の術ってことは…」


俺はルナの方を見る。


「はい。そうです。」


この呪文を唱える意味は一つ。


ルナは言葉を続ける。


「蘇生は可能です。」

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