名前も知らないあの子との、二人だけの秘密の関係

エテンジオール

第1話

 新作です(╹◡╹)


 たぶん曇らせなしのハッピーエンドかメリバになります(╹◡╹)


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 なにか特別なものになりたかった。小さい頃からそう思っていて、その事がおかしいと思ったこともなかった。人間というものはみんな、特別な何かになることを夢見て生きていて、夢破れて普通に落ち着いているものだと信じて疑わなかった。


 そう思っていたのは、きっと父の影響があったのだろう。特別に、他の人とは違うものになるためにはどうすればいいかと試行錯誤しながら奇行を繰り返す僕の姿を見て、父は自分にも昔はそんな時期があったと遠い目をしていた 。つまり、父もかつては僕のように特別になろうとして、その結果何にもなれなかったということである。


 きっと、自分では叶えることのできなかった夢を僕に託してくれているのだろう。実際のところがどうかなんて全くわからないし、結果を言うと多分それはひどい勘違いであったのだが、たしかに僕はそうなのだと考えて、そのように振舞っていた。控えめに言ってくそ生意気な子供だな。夢見がちかつ生意気なんて、僕が親なら外に出すのも恥ずかしい。


 そんな恥ずかしい息子だった僕だが、本来誰よりも止めてくれるはずの親が放任主義そんな調子だったこともあり、長らく奇行を繰り返していた。


 カンカン照りの真夏日に意味もなくレインコートを着て徘徊してみたり、三歩歩く事に後ろをふりかえってみたり、公衆の面前でゲロを吐きながらのたうち回りたい衝動に駆られてみたり。


 ご近所さんから、オタクのお子さん頭沸いてんじゃないの?と心優しいメッセージがしょっちゅう届くくらいにはファンキーな振る舞いが板に付いていて、たった一人の妹からは外で兄妹面しないで。恥ずかしい。と冷たい目で見られるくらいには変わった子供だった。ちょっと一部、厨二病のような行動が混ざりはしたものの、僕は間違いなく悪い意味とはいえ特別な存在だったのだ。ちょっと規模が小さいそれが嫌いではなかったし、その事に満足もしていた。


 さて、そんなふうに素敵な少年として生きていた僕ではあったが、あるタイミングでひとつ転機が訪れたのだ。あれはそう、世の中のエネルギー問題を憂いていた時だった。


 シロアリの体内に棲む細菌のセルラーゼに着目して、廃木材や紙ゴミからブドウ糖、そこから更にバイオエタノールを作れるのではないかと考えた僕は、シロアリをプチプチして菌の抽出、更にはそれを使ってブドウ糖を生成、それらの混合溶液からセロハンを使って単離し、イーストの力で発酵させた。中途半端な知識と思いつきのおかげで、最終的にはエタノールの蒸留までして、ようやくできた十数ミリの液体を自慢げに報告したのだ。


 そしてその結果、最後まで話を聞いていた父に思いっきり殴られた。僕の果てない可能性と成果に嫉妬した父が狂った……なんてことはない。単純に法に触れる行為だったのである。一定以上の濃度のエタノールの生成及び蒸留は、酒造法に抵触する行為だった。お酒を嗜む大人なら誰でも知っている常識らしいが、僕は知らないことだった。そんなまさかと考えて調べてみたら本当に違法だったし、ついでにシロアリバイオエタノールは、僕の思い付きなどよりも数段格上な先行研究があった。


 この件を境に、僕は奇行を辞めた。自分が何も気にせずやっている行為、やろうとしていた行為が法に触れる可能性を理解して、さらに自分程度の思いつきは既に誰かが試している現実を理解したのである。そうして自分の限界を知ったことで、僕の特別への憧れはポッキリ折れた。ついでにこれまで斜に構えてまともに向き合ってこなかった“普通”と向き合って、あるかもわからない特別を求め続けるよりも有意義だと理解したのである。


 父は間違っていなかった。きっといつか、僕も父のように遠い目をすることになるのだろう。……あのころの僕のようなクソ生意気なガキを相手に、手を挙げることのなかった父は偉大だった。僕なら殴る自信がある。



 そんなことがあって、心機一転真面目で普通な少年になるべく、僕は学業に打ち込み始めたのである。幸い、奇行のわりには学力も低くなかったので、少し家から離れた進学校に入れば、過去の僕を知っている人は一人もいなかった。紛うことなき高校デビューである。自己紹介の、中学時代に打ち込んだことにはとても悩まされたが何とか乗り切り、無難なスタートを切れたと思う。ちょっと自信はないけれど、多分切れた。


 だって、これまでできても3日で距離を取られていた友人が、1週間経っても変わることなく話しかけてくれるのだ。これはもう、僕もまともな少年になったと言っていいだろう。……まだ言い切るのは少し早いか?半年、いや、1ヶ月くらいは様子を見るべきか?どちらでもいいか。


 ルールと世間体は守るもの。そんな思考が染み付いて、ようやく僕はまともになった。そしてそんなまともな僕は今日も真面目に授業を受けて、ついでに図書室で自習なんてことまでして、家に帰ったのだ。


 正確には、帰ろうとした。帰り道の途中だった。日常的なもの、普通の代名詞である帰り道の途中で、出会ってしまったのだ。


 それは、制服を着ていた。僕の通っている学校の制服だった。学校指定の黒セーラー、エンジのネクタイは、自分で結ぶタイプではなく首の後ろでゴムひもをくっつけるタイプのなんちゃってネクタイのはずだったが、何故かゆるゆるだった。こういう小物なんだよと教えてくれたクラスメイトは、もしかすると僕のことを騙していたのかもしれない。


 いや、ゆるゆるのネクタイなんてどうでもいいのだ。同じくらい緩く着崩されている制服本体もどうでもいい。一番の問題は、その制服姿の少女の頭が真っピンクだったことである。ストロベリーブロンドだとか、コーラルラベンダーだとか、そういうピンクっぽいけどどこか落ち着いた色というわけでもなく、しっかりとしたピンク。少し目がチカチカするくらいちゃんとしたピンクだ。当然、我が素晴らき母校の校則に反している。


 まだ入学してから一週間しかたっていなくても僕の母校は母校であり、早くも愛校心と帰属意識に目覚めた僕は真面目な生徒の義務として校則を暗記していた。だから間違いないと言い切れるのだが、ピンクの髪は校則違反である。男女共に頭髪はその眉毛と同色であることと定められているのだ。なぜ眉毛なのかと疑問に思って担任に聞いてみたが、ほかの体毛と色が一緒なら暫定的に地毛扱いしているとの事。当初はまつ毛だったらしいが、無理に染めようとして失明しかけた生徒がいたらしい。学校の進学率と生徒の知性に相関関係はないのだと明確に示した事例だろう。


 そんな過去のことはともかく、今僕の目の前にいるピンク頭はピンクだ。眉毛までピンクなら校則的にはセーフらしいが、眉毛は普通の黒色である。なので当然のように校則違反であり、生徒指導の対象である。悪質な校則違反は最悪停学処分の可能性があり、僕の印象としてピンク髪は悪質だった。


「頭、ピンクだ……」


 あまりにも驚いたから、そんな言葉が漏れた。明らかにおかしい人間に対して、目の前でそのおかしさを指摘するのはNG行動であると理解していたはずなのに、思わず漏れてしまった。


「……今、私の頭バカにした?ピンクとか沸いてんだろ、頭の中ガーベラ畑かよって思った?」


 僕の言葉を聞いて、直前まで物憂げに横を向いていた少女がこちらを見る。少女の頭部を見ていた僕とは当然のように視線が合って、一方的に気まずい気持ちになった。ついでにヤバいやつに見つかったことで逃げたくなった。


「思ってない。そんなこと思ってないです。停学が怖くないのかなって思っただけです」


 ヤバいやつから声をかけられたら、なるべく刺激しないように気をつける。そうすると言葉は自ずと丸くなり、語尾は敬語になる。真っ当な人間になった僕は、頭がおかしい人が怖いのだ。


「そう?ならいいや。ガーベラならともかくチューリップ畑と思われたらちょっと不快だったし、バカにしてないならそれでいいよ。あと停学は全く怖くない。できるもんならやってみろ」


 怖くはないらしい。ついでにガーベラならよくて、チューリップはダメらしい。確かに、ピンクのチューリップの花言葉、“思いやり”からは少し離れた人間性であるように感じる。


 しかしそうなると、この人が受け入れるガーベラの花言葉が気になってくるものだが、不勉強な僕にはガーベラの花言葉が分からなかった。ついでにガーベラ自体がどんな花なのかも知らなかった。


 なので手元の便利な板で調べてみたところ、“常に前向き”“希望”らしい。あまり目の前の人物と一致しない言葉ではあったが、本人がいいのならそれでいいのだろう。きっとこのピンクの頭の中には希望が沢山詰まっていて、前向きにいいことばかり考えているのだ。つまり、幸せなお花畑である。思いやりは嫌なのにお花畑扱いは受け入れるこの人の感性が、僕には少しも理解できなかった。


「ちょっと君、人と話してる最中にスマホいじるなんてマナーがなってないんじゃない?そんな画面じゃなくて私の目を見なよ。文字を打つより先に私に話しかけなよ」


 これだから最近の若者は……嘆かわしい……と老害みたいなことを言いながらため息を着く少女。僕と同じ高校の制服を着ているくせに、人のことを若者扱いするらしい。留年して実は年が離れているの?と聞いてやりたくなったが、不審者の相手をすると面倒なことになるのでやめておいた。そんなことよりも、僕は早くこの場から逃げたいのだ。


「見たくないし、話しかけたくないので帰ります。ごめんなさい」


 このまま刺激しないように言葉を選んでも、きっと面倒な絡まれ方をするだけである。初めてあったこの人の何かを知っているわけではないが、そうだという確信だけはあった。そう確信するには十分な面倒くささを、この人は見せていた。


 やっぱり、おかしな人から逃げるためには、関わらないようにするのが一番なのだ。これまでおかしな人に会ったことがなかったから、自分でやるのは初めてだったが、逆の立場だった時の経験上これが一番だ。こうされるのが二番目に傷付いたし、寂しかった。


 ちなみに一番傷ついたのは、妹から二度と近付くなと唾を吐かれたことである。ほかの善良な皆さんは、僕に対しても優しかった。

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