第113話 魔導機械
「母さん。父さん。また離れちゃってごめん」
父さんが俺の肩に、母さんが俺の手を取る。
「ベリルくんならどこに行ってもやっていけるわ。私の自慢の息子だもの」
「ああ。それに以前にも増して楽になってなってるからな。みんなとのんびり待ってるぞ」
「うん。みんなをよろしくね。何かあったらトールに何でも相談してくれていいからね? 遠慮なんてしなくてもお金には余裕があるし、使わないと貯まるばかりだからね?」
そんな俺に二人は目を丸くした。
「わかった。何かある度にトールくんに相談するよ」
「ソフィア。ルアン。二人とも楽しいからって無茶したりしたらダメだからな?」
父さん母さんの隣に立つ弟妹にそう話しかけると、二人とも何故かジト目で俺を見つめる。
「お兄ちゃん」
「う、うん?」
「それはこっちのセリフだよ? クロエお姉ちゃんが一緒に行くから心配はないけど、お兄ちゃんは放っておくとすぐ狩りばかりするから……ちゃんとお姉ちゃん達のことも大切にしてね?」
「うっ……う、うん……」
そんな俺と妹のやり取りに周りが笑い声に包まれた。
最後にアルとグランと拳を合わせてから、俺達はクロイサ街を後にした。
ポンタの上にリサとお嬢様とリンが並び、俺はディアナをお姫様抱っこして飛んでいく。
リンは俺達の世話係のメイドとして連れていくことにした。彼女なら俺達が授業を受けている間に一人になっても自分の身は守れる強さがあるから。
もちろんそれだけじゃない。俺達が学園に縛られている間、彼女の高い潜入能力を使い情報を集めてもらう予定だ。
ちなみにここにいる全員がレベルカンストになっているので、このままでも国を代表する戦力くらいには強い。お嬢様を除いて。
まあ、お嬢様だって最近は槍術が上手くなって、レベルで上げたステータスと装備の暴力でそこら辺の兵士より強いんだけどね。
「悪いな。ディアナ」
「うん?」
「せっかく孤児院を設立したのに、しばらく離れることになって」
「う~ん。大丈夫。消えるわけじゃないし、今のクロイサ街なら信頼できる人がたくさんいるし、ベリルくんの理念をちゃんと理解した人達が多いから。それよりも気を付けたいのはオルレアン教ね」
「そういやメインストーリーについて教えてもらえるか? 覚えている範囲でいい」
「わかった」
それから俺達は数時間かけて、王国最北端にある帝国との境界線にあるホルスマ街に着いた。その間、ずっとディアナからメインストーリーについて聞けたので充実した時間となった。
ホルスマ街に着いてすぐに馬車乗り場へ行くと、一台の見慣れない馬車が待っていてくれた。
王国を走る馬車は、いかにも馬車と言える形で、それを引くのもホースと前世の馬車の認識そのものである。それに対して俺達を待っていたそれには、引く馬が存在しない。つまり――――車そのものだ。
ゴツゴツした形の馬の無い馬車に近付くと、それを守るように立っていた兵士が俺らを止めた。
「お名前は?」
「ベリル・シャディアン子爵。こちらは自由枠で連れた三人と、こちらのメイドは俺達の世話係だ」
「はい。聞いているベリル様の背格好があっております。よくぞいらしてくださいました」
「こちらこそ、迎えに来てくれて感謝する」
「さっそくになりますが、こちらの“魔導車”で我が帝国に向かいます。しばらく北上したところにあるグランム街で“魔導飛空艇”に乗り継ぎ、帝都を目指すことになります」
「わかった」
懐かしいな……。
兵士に促されて、ゴツゴツとした形の魔導車に乗り込む。
初めて見たからかお嬢様もリンも少しアタフタしながら乗ったけど、中は普通の高級馬車のような中身で、しかもかなり広い。
「では移動します」
兵士の合図で、魔導車が動き出す。
転生して十二年。ずっとファンタジーな自然いっぱいの風景から、まさかの機械である。
「では少し説明させていただきます。こちらの魔導車は帝国の魔導機械の一種でございまして、主に貴族の方々の移動に使われます。王国で運用されている通常馬車と違い、途中休息はほとんどなく、乗り心地も部屋にいるかのように静かなものになります」
彼の言う通り、外の景色がどんどん変わっているのに、振動一つ伝わってこない。
「魔導車にも二つのタイプがございまして、一つは車輪タイプでそちらは振動があります。もう一つはこちらの浮遊式タイプで地面から少し浮いたまま走っております。製作費用も高いのですが、一番は魔石の使用量がとにかく多いので、貴賓をお迎えするときなどに使用されます」
つまるところ、俺達が乗っているこの魔導車は超高級車ってわけだ。いくらくらいするんだろうか? できればうちにも数台確保したいくらいだ。
「この車って買うことはできるのか?」
「いえ。魔導機械の販売は行っておりません。もし買えるとするなら、皇帝陛下からの許可が必要になりますが、今のところ他国の方に高級魔導機械が売られたケースはございません」
残念。
と言っても知っていたというか、そもそもうちの王国に魔導機械が全然なかったから想像は付いていた。魔導機械に関する技術は全て帝国が握っているからな。
「じゃあ、皇帝陛下に会えたら聞いてみるか」
ずっと黙々と説明してくれていた兵士が目を大きく見開いた。
「ごほん……。では今後ですが、このままいくつかの町を経由して北上しますが、基本的に町に止まる事はございません。当魔導車なら四名の方なら横にもなれますので、そのまま一日過ごしていただきます。食事は我が国で生産されているインスタント食品になりますので、口に合わないかもしれません。北上したのち、飛空艇に搭乗していただきます。それからは三日ほど移動して帝都に着くことになります」
インスタント食品なんて言葉、久しく聞いてなかったから何だか懐かしいな。
説明が終わった兵士は椅子を前に戻す。運転席に兵士が一人、助手席に一人、その後部座席に二人って感じだ。後部座席は回転式になっているらしい。その後ろに俺達が乗り込んでいる。
彼らとの間からウィ~ンと音を立ててガラスの壁が下から上がり、壁になってくれた。お互いの声がいっさい届かなくなった。
「へぇ……本でしか見たことがなかったけど、魔導車って面白い乗り物ね」
「地面から浮かせているから振動が一切ないのはいいですね。車輪タイプはずいぶんと揺れるって書いてましたよね。本に」
「そうね。帝都学園の招待状ってそれくらいすごいものなのね」
「校長からはそんな感じで言われましたよ。それよりインスタント食品とやらがあるみたいですし、探してみましょう」
あっちこっちの入れ物を探索して、とても見慣れたインスタント食品を見つけた。
カップ麺やカップご飯、お湯を掛けるだけで汁になるフリーズドライ、カレー、スパゲッティなど、種類も前世で見慣れたそれだ。
“ワールドオブリバティー”時代から風景からは想像だにできない食文化だったからか、こういうのを見ても自然に受け入れるお嬢様達。元々本で勉強はしていたとはいえ、不思議には思わないらしい。
紅茶のティーバッグを見かけたリンは、すぐにティーポットでお湯を汲んで紅茶を並べてくれた。
こういう小さな魔導機械は屋敷にもあったので使い方はバッチリだな。
「普通の紅茶と少し違うけど、こちらも悪くないわね」
「意外です。お嬢様なら、こんなものとても飲めないわ! って言うと思いました」
「それ、何年前の私よ。そろそろ上書きしなさいよ」
「お嬢様も大人になりましたね~姫騎士としてお嬢様の成長、とても嬉しいです」
「はいはい~そこの二人はイチャイチャしないでください~」
「「イチャイチャしてない!」」
そんなこんなで初めての高級魔導車の旅はとても快適に過ごすことができた。
ただ、待っている時間で狩りをすれば……とは思っていたけど、レベルが30に上がったばかりで次上がるのは数か月後だし、今はいいかと諦めもついた。
翌日。
俺達を乗せた魔導車は高い城壁に囲まれた街に入り、大通りに入っていく。
そこに広がっているのは――――現代な雰囲気が広がっている鉄の街だ。
高い建物があまりないのは、エレベーターを作っても動かすのに使う魔石を供給できないのと、そもそも魔導機械は高いからあまり作らないのが普通なので、大通りに並んでいる建物も、大半が四階建てのビルばかりだ。
この世界ならステータスがあるから、四階くらい子供でも簡単に登れるからな。レベル1だと厳しいだろうけど。
魔導車が通る専用通りは街の中央道と呼ばれる十字の道路だけ通ることができ、他の道は人でいっぱいだ。大通りを通り過ぎるのも、地下道が作られているので魔導車に轢かれる心配もない。
「王国とは全然違う雰囲気ね……」
「魔導機械大国ですからね。でも昨日も見た通り、田舎の町に魔導機械はほとんどないから、王国みたいな作りになってましたよね」
お嬢様が大きく頷く。
見慣れない不思議な鉄の街を眺めていると、俺達を乗せた魔導車は中央の大きな建物の前に止まり、兵士だけが降りて何かを説明して、また乗り込んで今度は街の北側を目指した。
大通りの北道に入った途端、前方に広がる広大な敷地が目に入った。
そこに佇んでいたのは――――遠くからでもわかるほどの超巨大な魔導飛空艇の姿だった。
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