第51話 褒美
翌日。
昨日はいろいろあってエヴァネス様のところに行けなかった。さらに昨日の一件で臨時休日となった。
俺は事の顛末をリンに説明してあげた。
「そんな大変なことがあったんだね……」
「なあ。リン。一つ念のため聞いておくけど、お嬢様を狙ったものだと思うか?」
目をパチパチとしたリンは首を横に振った。
「ちなみにそう思う理由は?」
「……お嬢様はクゼリア伯爵家と婚約されていて、両家の敵といえばルデラガン伯爵家くらいだと思うけど、あの家が自分の家の娘がいるのにあんな危ない賭けはしないと思うし、彼らが抱えている隠密は暗殺というより密偵能力に長けた者ばかりだから。それに……キミから聞いてる感じ……たぶん魔女の仕業じゃないかな」
「魔女……? そんなもの存在してるのか?」
「存在しているわよ。というか裏の世界ではかなり有名で暗殺を引き受けているからね」
「まじかよ……」
なるほどな。魔女って意外と知ってる人は知ってるってことか。
「ねえ? 悪いことは言わないから、魔女には関わらないでよ? 今回の相手……たぶん魔女ペインだと思うけど、魔獣を何匹も狂化させるといくらキミでもタダじゃ済まないからね?」
「おう。まあ……俺が関わりたくないと言っても向こうが関わりたいって思ったら無理だろ?」
「そうだけどさ……キミって、そういう目に遭いやすいのかもね」
「俺は平和に生きてるだけなんだけどな~」
お嬢様とリンがジト目で俺を見つめる。
そのとき、一人の教師がやってきた。
「ベリルくん。少しいいかね?」
「はい。どうぞ」
「君に面会希望者がいて、できれば今すぐ向かってもらいたいんだ」
「えっと……お嬢様は」
「すまないが、できれば君一人でお願いしたい」
「ベリル。私は構わないわ。リンもいるし、学園から出ないようにするから行ってきて」
昨日の件があって、学園中の警備はより強固なものになっている。これなら安心できるか。
「わかりました」
俺はその足で教師に連れられ、校舎の方に向かった。
部屋には一人の騎士が待っていた。
「初めまして。俺はインペリアルナイトのディグランスという」
金髪爽やかイケメンだが、部屋の外からでもわかるくらい強者の気配がする。
今まで会った人の中だと、エヴァネス様以外なら一番強いんじゃないか……? 昨日会った騎士団長も強そうだったけど……まさかあの人より強い人がこうも普通にいるとはな。
「ベリルです」
「急に呼び出してすまないね。君への褒美の件で来てもらいたいのだ。お嬢様の安全は君が戻る間まで我々インペリアルナイトが責任を持って守ろう」
「わかりました」
褒美もらうくらいで何をそこまで大袈裟に……?
そのままディグランスさんと一緒に馬車に乗り向かった先は、まさかの――――王城だった。
◆
「面を上げよ」
「はっ!」
いやいやいやいや、待て待て待て待て。
一応謁見のマナーは学んでいるけどさ。こんなに急に王様と謁見なんてあると思わないじゃん!?
周りには高価そうな調度品がいくつも並んでいて、ソファも最高級品と思われる部屋で待っていると、王様がやってきた。
そして、その隣でニヤニヤしているのは――――アルだ。
「初めましてだな。楽にしてくれたまえ。アルフォンスからよく名前は聞いている」
「あはは……」
アル……一体何を吹き込んだんだ!?
「さあ、向かいに座るといい」
「は、はい!」
すぐに王様の向かいの席に座った。
「急に呼び出してすまなかったな」
「い、いえ! 陛下に――――」
王様が優しい笑みを浮かべて手を前に出した。
「気にせず楽にしてくれていい。ここにはわしとアルフォンスと君しかいないからな」
…………まさか後から無礼だ! お前、打ち首! とか言わないよな!? てか貴族ってみんなそんな感じしかしないよな!?
「ベリル。大丈夫だ。陛下はとても心が広いお方だからな」
「……あとから打ち首とか言わないよな……?」
「あはは! まさか!」
「ふう……」
すると王様が「がーははは!」と声を上げて笑った。
「まさか本当にアルフォンスとフレンドリーに話す同級生がいるとはな! とても良いことだ。さて、本日呼んだのは他でもなく、我が息子を守ってくれたお礼を言いたくてな」
「い、いえ! あそこには私が姫騎士を務めているお嬢様もいましたから。当然のことをしただけです」
「うむ。だが守ってくれた事実は変わらないからな。そんな相手に父親として王として褒美を与えなければ、名が廃るというものだ。さあ、欲しい物を言ってみるといい」
ええええ!? これをあげるとかじゃなくて、欲しいものを言えスタイルなのかよ! 何も考えてないよ! 事前に教えてくれよ! それとも何か、必ずこういう褒美をねだらなければならないとか決まってるのか!?
「ベリル。決まった報酬なんてないから気にしなくていいぞ」
…………心を読まれた!
「え、えっと……ごめんなさい。これと言って、これが欲しいと思ってるものがないので……うちの村に援助してくださるとか……」
「それでは君への褒美にはならない。ではこうしよう。今後何か必要なものが出来たらアルフォンスに伝えてくれれば便宜を図らうことにしよう」
「ありがとうございます。何か欲しいものが思いついたらそのときはよろしくお願いします」
「うむ。これからもアルフォンスと仲良くしてくれると嬉しい。こういう立場でな。中々心を開いて話せる友人ができないのだ」
「あはは……」
「では本日は来てもらってすまなかったな」
「いえ。お会いできて大変光栄でした」
まさか王様と握手を交わすことになるとは思いもしなかった。
それにしても報酬か……。
「くくくっ。こんなにアタフタしているベリルを見れただけでも、陛下に進言して良かった」
「アル……覚えてろよ!」
「ははは! それはそうと、俺からも改めてお礼を言わせてくれ。助けてくれてありがとう」
「気にすんな。そもそも友達を守るのに理由なんてないし、正直褒美もいらないんだよな。このまま何もなしでもいいかな」
一瞬、アルはポカーンとした表情を浮かべた。
「それでは困る。活躍した者に褒美を与えないと王家の名が廃るからな」
「えっ。そうなのか……?」
「ああ。エンブラム令嬢の姫騎士が第三王子を救った。なのに褒美が一つもないんじゃ……王家は無能と呼ばれてしまうからな」
「まじかよ! それを早く言え! どうしよう……なんかテキトーにお金とか宝石とかでももらうか?」
「そんな焦らなくてもいいさ。個人的におすすめなものがあるぞ。ベリル」
「おすすめ? なんだ?」
「それは――――」
それからアルはとんでもないことを口にした。
とてもすぐには受けられず、考えることにして、俺は王城を後にした。
◆
その日の夜。
ようやくエヴァネス様のところに来ることができた。
「エヴァネス様。昨日は来れなくてごめんなさい」
「仕方ないさ。あれだけの大事があったもの」
「あはは……それより、リサ? 本当にどこもケガしてないから大丈夫だぞ?」
リサが俺の全身をペタペタと触ってケガがないか確認している。
その……最後のそこを押そうとして顔を赤らめるのはやめてくれないか? あと、そんなとこ押しちゃダメだからな?
「えっと、エヴァネス様? あの日のこと、教えてもらえますか?」
「君が入れられたのは【魔女結界】という魔女だけが使える特殊な力でね。王都内でその気配を感じて、リサの物ではないから少し観察させてもらったのさ。中でベリルの気配は感じたけど、君なら心配することもないだろうと思ってね。あとは使い手を探していたら、ちょうど君と鉢合わせになったところだね」
「なるほど……」
「リエスティは地下に捕らえておいたわよ」
「リエスティ……?」
「んと、コードネームとかだとペインとか呼ばれていたかしら?」
「そっか。魔女って名前とコードネームがあるんですね」
「そうよ。魔女の名前を知っている人なんて、同じ魔女くらいかしら」
「えっ。じゃあ、エヴァネス様とリサの名前を知ってる俺は実はすごい……?」
するとエヴァネス様がいたずらっぽく笑って、俺のおでこを指でツンと押した。
「残念。私達の真名は伝えてません~」
「真名……でもエヴァネス様もリサも外では通じないですし、二人の名前を知っているのと同意義ですよね?」
エヴァネス様がポカーンとなる。
「あはは。そうね。確かにその通りだわ」
魔女には真名なんてものがあるのか。まあ、それを知っているのと知らないのとで何かが変わるわけでもなく、エヴァネス様はエヴァネス様、リサはリサ、俺は俺だ。
「ペインさん? リエスティさん? は話せる状況ですか?」
「話せるわよ。もう力も封印したし、口を動かすくらいしかできないから」
ちょっと不穏な言葉があるが、ひとまずエヴァネス様に案内を受けて、いつもとは違う場所から地下に向かう階段を降りた先に行った。
そこには以前エヴァネス様の家の宝庫への道みたいに、長い廊下と同じ扉が両脇に無数に並んでいた。
相変わらずこの景色は恐ろしいのでリサが手を握ってくれて助かった。
そのうち周りと何の差があるのか見分けが付かない扉の中に入る。
真っ暗な地下牢の風景で、鉄格子が並んだ牢がたくさんあった。
中には誰もいなかったけど、一つだけ人が入っており、そこにいたのが魔女ペインことリエスティだ。
「うわぁ……これ……生きてるんですか?」
「生きてるわよ」
牢の天井や奥は壁なんて見えず、暗闇になっていて、そこから鎖が無数に伸びて、彼女の腕や手、背中の体の中を突き抜けて地面に刺さっていた。
こう……言葉を選ばずに言うなら……串刺し状態と言うか何というか。
ただ、体は貫通してるけど不思議な魔法のようなもので物理的に貫通していないので、肌に傷がある感じではないから見てても不快にはならない。
「やあ。リエスティ」
「エヴァネスゥゥゥゥ!」
「あまりキャンキャンうるさいとお仕置きしちゃうわよ? お黙り」
「あ……」
顔が真っ青になって静かになった彼女。
一体ここで何を……。
エヴァネス様っていつも優しくて綺麗な人だけど、やっぱり怒るとすごく怖くなるのかな?
「ここにいるベリルくんにちゃんと答えてちょうだい。もし少しでもふざけたら……」
「や、やめて……お願い……あれだけはもう嫌……」
「ちゃんと答えてくれたら解放してやるかもしれないからちゃんと答えなさい」
「はい……」
どんなことをされたのか想像するのはやめておこ。
「初めまして。俺はベリルといいます」
「リエスティ……真名は……言えない……」
「真名は大丈夫です」
なるほど。真名と通称名と通り名の3パターンあるのか。てか通り名はあれか。周りが勝手に付けたものか。
「じゃあ、単刀直入に聞きますけど、ディアナ令嬢を狙った理由は何ですか?」
「依頼……暗殺の……理由は知らない。本当だ。王城近くだから危険ではあったけど……報酬額がかなり大きくて受けただけなんだ。私達魔女は暗殺をよく依頼される。でも絶対に理由は聞かない。だからよく要人暗殺には雇われるんだ。みんなそれを生計を立ているんだ」
「うんうん。本当ね」
「あれ? エヴァネス様って嘘を見抜く力ってあるんですか?」
「ええ。あるわよ~」
エヴァネス様すげぇ……! 転移魔法も使えるし、空間を移動できるし、一家に一人エヴァネス様がいるとめちゃ便利そうだな。しかもめっちゃ美人だし。これは別に関係ないか。
「依頼をした相手の名前は?」
「それもわからない。こういう場合、必ず前金を渡されるんだ。依頼が成功しても失敗しても返さないという前提の契約だ。私に依頼を持ってきた男は、ただの目付きが悪い盗賊のような男だったから、裏に誰がいるのかはわからないし、その男もどこに住んでいるのかはわからない。依頼を受けた場所は西にあるセネガリア街だ。これ以上は本当に何もわからない。報酬もすでにもらってるんだ」
「本当ね」
ふむ……となると振り出しになってしまったか。彼女が狙われる理由は何となくわかるけど、どうして彼女を狙うのか、誰なのか突き止めておきたかったな。
「困りましたね……どこの誰かくらいは知っておきたかったです」
「……それなら一つ良い方法があるわ。私の魔法であの子の心臓を抜き取っておくから――――」
「や、やめろ‼」
「その状態で犯人を見つけてこいって命令すればいいわよ」
「ほえ……じゃあ、お願いします」
「やめてぇええええ!」
「リエスティさん? 貴方は……うちのお嬢様を危険な目に遭わせたし、まあちょっとだけ友人のディアナ令嬢まで狙いましたから、それ相応の覚悟はしてもらわないと」
「心臓だけは……お願い……」
「ベリルくん? あまり甘やかすと痛い目を見るわよ?」
「もちろんです。慈悲は――――ありません」
だって、お嬢様やディアナ令嬢、アルの身に危険が及んだのは事実だし、敵なら容赦するつもりはないから。敵なら。
――【あとがき】――
農夫転生をここまで読んで頂きありがとうございます!
ここで3章終了になります。
2章で気を付けていたつもりでしたが……端折りたくないせいでまた文字数が大幅超過してしまいました……(苦笑)
3章はいかがでしたか? 途中で物足りないとか、もっとこうして欲しかったという声を頂いているので、皆様全員に満足いくものにはなっていないかも知れません。
ただ……まだまだ物語は続きます。3章のテーマとしては主人公の精神的な成長。そして、次の4章は……大きく物語が動くことになる予定です。
これ以上書いたらネタバレになりそうなので、4章は最初から答え合わせ的な形になりますが怒涛の展開をお見せできればなと思いますので、明日からの4章も楽しんでいただけたら嬉しいです!
最後になりますが、作品のフォローや★がまだの方はぜひこのタイミングで入れていただけたら、4章からの執筆の励みになります! 毎日4千字という超大量文字数を投稿してるのでよろしくおねがいしますううううううう!
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