第22話 お節介

 翌日。


 昨日同様に朝食を頂きにお嬢様の部屋に行くと、俺と目が合った瞬間にお嬢様が癇癪かんしゃくを起す。


「貴方! 一体何のつもりなのよ!」


「はい? どうなさいましたか?」


「どうして昨日はお昼も夕飯も食べに来なかったのよ!」


「どうしてって……ダンジョンに向かうって話していたと思うんですが……?」


「一日中ダンジョンにいたわけじゃないでしょう!?」


「いえ? 一日中ダンジョンにいましたよ?」


「へ?」


「ですから……昨日は冒険者に登録だけして、帰ってくるまでずっとダンジョンにいましたよ。いや~ダンジョンってすごく楽しいですね~」


「…………」


 何か不満げに頬を膨らませたお嬢様。


「どうかされましたか?」


「……もういいわ! ふん!」


 ご機嫌斜めのお嬢様はそれから一言も言わず、ときおり俺に視線を向けて視線を返すと「ふん!」と視線を外し続けた。


 一体何なんだ……?


「お嬢様。今日の日程を確認させてください」


「ふん。どうせまたダンジョンに行くんでしょう?」


「当然です。余った時間は全てダンジョンに使いたいです。少しでも強くならなければ、いざというときにお嬢様を守れませんから」


「えっ……」


 そもそもだ。お嬢様と俺は一応一心同体なんだよな。


 というのも、あの契約書で俺は専属護衛になったのだが、つまるところ、俺の不注意でお嬢様が命を落とすと、俺も死ぬことになる。それだけは何としても防ぎたい。


 まあ、屋敷にいる間、俺が離れている隙に襲撃されて――――なら問題ないんだけどね。


「俺はお嬢様を守る役目がありますから。日程を確認させてください」


「う、うん……わかったわ……」


 急にどうしたお嬢様。なんかしおらしい態度になってないか?


 それからチェックしてみると、午後から乗馬の授業が入っていた。


「お嬢様。この乗馬っていうのはどこで行うんですか?」


「それは都市の北側にあるホース飼育場よ?」


 となると、屋敷の外に出るのか。


「かしこまりました。では僕も午後まで戻るようにします」


「えっ?」


「屋敷の外に出られる場合、どこにもご一緒しますので」


「そ、そう……ならお昼の食事も用意しておくけど……」


「そうして頂けると嬉しいです。昼食までは戻ります」


「う、うん! それがいいわ!」


 どうしてか急にテンションが上がったお嬢様だった。


 お嬢様……実は乗馬が好きなのか?


 朝食を頂き、昨日同様にエンブラムダンジョンへ向かった。




 ダンジョン入口の神殿。


 転移装置クリスタルの前に着くと、四人パーティーと思われる人達がちょうど入ろうとしていた。


「ん? 君。一人なの?」


 その中で優しそうな女性が声を掛けてくる。


 白いローブを着込んでいるが持っている杖は魔法使いの杖だから、魔法使いのようだ。


「はい」


「ダンジョンに一人で!? ダメよ! とても危険なのだから!」


「はあ……」


「いい? 初心者くんは冒険者ギルドに行って冒険者登録して、仲間を探すといいわ。仲間募集掲示板に募集職能やレベルが書かれているから」


 いや、知ってるけど……。


「えっと、時間がもったいないので、道を開けてもらえますか?」


「……ここは本当に危険よ!? 武器も荷物もなく入っていい場所じゃないの!」


 確かにダンジョンは上級者向けの場所ではある。


 冒険者ギルドでちらっと見かけたのは、推奨レベルは70からと書かれていたし、実際のダンジョンってそんなもんだよな。中でもエンブラムダンジョンは高経験値のミノタウロスが現れるからそれ相応に強いからな。


「知ってますので、本当に時間がもったいないので……」


「んもぉ……聞き分けのない子供ね!」


 いや、余計なお世話だが……。


 もう実力で入ろうか――――と思ったとき、パーティーメンバーの金髪の爽やかなイケメンが彼女を止めた。


「ミント。そこまでだ。いくら初心者とはいえ、ここに足を踏み入れるものにそれ以上の忠告は必要ないだろう。少年。仲間がすまなかった。ただ……本当に君を思ってのことだけわかってくれ。ダンジョンで命を落とす者も多い。だからよく考えてほしい」


「わかりました。じゃあ」


 そして俺は迷うことなく、彼らの間を通り、ダンジョンの中に入った。


 何だよ……その「こいつ本当に正気か?」みたいな視線……。


 はあ……これだから俺は人が集まる場所が嫌いだ。


 そういや、前世でも初めてダンジョンに入ろうとしたら、パーティーを組んでから入った方がいいって言ってくれた女性がいたっけ。


 あれから不思議な縁で何度か会ったことがあったけど、最後はパーティー内でごたごたがあってもうゲームを辞めると言ってからは姿を見かけなくなったな。


 仲間というのは所詮そんなものだと思えた。だって人間ってそういうものだから。




 昼食前に屋敷に戻り、軽くシャワーを浴びる。


 いや~お金持ちの家っていいな! ちゃんと個室のシャワー室があるって!


 お出かけ用の服はメイドに洗濯をお願いして、屋敷にいるとき用の正装に身を包む。


 昼食を食べるためにお嬢様の部屋に入ると、何だか嬉しそうに笑っていた。


「お嬢様? 何か良いことでもありましたか?」


「へ? な、何でもないわよ! ふ、ふん!」


 …………?


 それからは美味しい昼食がテーブルに並び、お嬢様と一緒に美味しくいただいた。


 すぐに散歩がてらお嬢様と一緒にホース飼育場に向かう。


 本来なら馬車で向かうのだが、お嬢様のわがままで俺と一緒に行くことになった。


 意外なことに、姫騎士が同行すれば、他の護衛やら執事やら同行しなくていいことになっているらしく、周りに誰もいなくなったと嬉しそうに話した。


 いや……俺がめんどくさいだけなんだが……。


 さすがにドレス姿で大通りを歩くと注目の的になり、お嬢様は注目される度に顔を上げ胸を張る。


 きっとそういう教育を受けているんだろうね。前世でいうアイドルとか注目されたら、すぐにそういう顔になっていたから。


 お嬢様を一目見ようと遠くから多くの人が見つめる中を進むのが億劫である。


 しかもときどき「あの隣の子……黒髪よ!」と平然と指を差していた。


 しばらく歩いて広大なエンブラム大都市を北に向かうと、人通りが一気に少なくなり、どことなく人の気配も少なくなった。


 そんな視界の向こうに、大きな塀が現れた。


 入口に着くと、お嬢様の執事が待っており、案内を受けた。


 中は天然芝生が広がっていて、体格が違うホースがゆったりと過ごしている。


 ゲームでも異世界でも魔獣に体の差はない。みんな同じサイズの個体だ。例えボス級のエンシェントロックリザードだとしても現れる個体は全て同じ形、同じ大きさである。


 なのに、このホースという魔獣だけは特別待遇で全ての個体が姿や大きさが全然違うのだ。毛並みやら体格やら中には走る速度まで違う。


 ゲームでは【ライディングシステム】で購入したものが遥かに速い上に、調教されたホースはホースや馬車乗り場で乗って一度でも降りると、その場では乗れなくなる。つまり、一回使い捨てタイプの乗り物だった。


 そんな通常魔獣とはかけ離れた不思議な魔獣は、どうやらこの世界でもそのままのようだ。


 そもそも……動物カテゴリーで馬のままで良かったのでは? といつも思う。そして、転生して目の前にすると尚更そう思ってしまう。


 まあ、この世界のホースは逃げたりしないし、一緒に戦ってはくれないが、降りてもまた乗れるしな。


 更衣室から衣装を着替えたお嬢様が出てくる。


 いつもは派手なドレスなのに、さすがに馬術を学ぶときの衣装はシンプルなものだ。しかもズボン。


 一つだけ気になることがあるなら、ズボンがオーバーオールタイプで肩掛け紐があるが、お嬢様の大きなそれを少し押しつぶしている様は、少し目のやり場に困ってしまうこと。


 講師とお嬢様は手慣れたようにホースに乗り込み、飼育場内の外周レールを歩き始める。


 ふむ……こうも離れていると有事のときにすぐに駆け付けるのも難しそうだな。


 仕方がないな。外周と内側の柵を歩いてお嬢様を追いかけるか。


「ベリル!? 貴方一体どこを歩いてるの!?」


「はい? お嬢様と離れすぎると困りますから」


「そ、そんなところ……よく歩けるわね……」


「お気になさらず。馬術に集中してください」


「……柵を歩いている人がいて集中できるわけがないでしょう!」


 はあ……じゃあ、どうすればいいんだ。


「そ、その……ベリルもホースに乗ればいいんじゃないかしら」


「俺もですか? 乗ったことないですけど……」


「それなら私が教えてあげるわよ! そこを歩いて追いかけられるよりはマシよ!」


「は、はあ……まぁいいですけど」


 俺は初めてホースに乗ることになった。

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