第20話 お嬢様

 大都市という名がふさわしいくらい、端から端まで歩くと日が暮れそうな広さを誇るエンブラム大都市。


「騎士さん。ここって何人くらい住んでるんですか?」


「ん? そんなことが気になるのか? 何人だっけ?」


「人口か~確か……五万人くらいだったかな?」


「ひょえ~! うちの村の数百倍じゃん!」


「がーははっ! 田舎村とは違うからな。小僧」


 馬車旅を繰り返して少しだけ仲良くなった騎士達と普通に話せるようになった。


 ゲームでも大都市はNPCの多さが目立っていたな。


 住んでいる人が五万人なだけで、それだけの人口がいるから商人やらも込みにすれば、六~七万人は常に都市にいるのかもな。


 俺達の乗せた馬車は大都市を正門から入り、大通りを真っすぐ進んで、そびえたつ大豪邸に向かった。




「広すぎ!」


 ゲームでは何度か見たことあったが……やはりデカい。


 エンブラム伯爵。ここら辺一帯を統治している貴族なだけあって、その財力の高さが容易に想像できる。


 こんな大都市に住んでいれば、うちの田舎村に興味を示さないのも納得がいくというか……。


 広大な庭を通り抜ける。その間も綺麗に整備された庭に目が奪われた。庭師がせっせと作業している様も見えて現実感がある。


 豪邸の前に止まると、騎士達がどこか緊張した面持ちで降りる。


「小僧。間違っても領主様に生意気すんなよ」


「は~い」


「本当にわかってるのか……?」


「大丈夫~大丈夫~」


 子供じゃあるまいし。


 豪邸の中に入ると、こんなに必要か?ってくらいメイド達がたくさん並んでいた。


 奥から一人の女性が豪華なドレスを身にまとって出てきた。


「奥様。ただいま戻りました。こちらが例の少年です」


 綺麗なんだけど、どこか冷たい印象の奥様。彼女は鋭い目つきで俺を睨み付ける。


「初めまして。ベリルと申します。十歳です」


「……私には貴方が強そうには見えないのだけれど、うちのクロエをちゃんと守れるのかしら」


 もう契約を交わしてるし文句を言われても仕方がないのだが……。


 後ろに待機していた執事が小さい声で、彼女に話す。


「奥様。すでに旦那様が契約を交わしておりまして……」


「そうだったわね……貴方。うちのクロエに変なことをしないように」


 変なこと……。


「心得ております。奥様」


「田舎者だと聞いていたのに意外と礼儀は正しいようね。これから護衛の任。励みなさい」


 ツンツンした性格の奥様が去り、その後ろに控えていた眼鏡の執事が屋敷内を案内してくれた。


 白髪の人当たりのいい執事で、説明もわかりやすく、忘れたらまた聞いてくれてもいいし、周りのメイド達に聞けば教えてくれるように話していると言ってくれる。


 うん……! こんな優しい人もいるなら学園に入るまでの二年間は楽そうだ。


 問題は――――


 最後に案内された場所は、豪華な作りになっている扉の部屋だった。


 執事は丁寧に扉に付いている金具を動かして叩いて少し待ってから扉を開いた。


「お嬢様。例の少年を連れてまいりました」


 俺の護衛対象のお嬢様の部屋。


 あの父と母の娘なら、さぞかし酷い性格の娘に違いない。


 ある程度覚悟はしているが、暴力や無理強いされるのはあまり好きではない。


 だから念のために屋敷にいるときは離れてもいいって契約にしたし、最悪有事以外は逃げてもいいか。


 部屋の中から花の爽やかな香りが流れてくる。


 執事に続いて中に入る。


 ――――と、すぐに女子の声が聞こえた。


「遅いっ! 私を待たせるなんて何様のつもりよ!」


 あ、はいはい。予想済みです。ですよね~って感じ。


 ソファから立ち上がり怒りを露にする女子は、リサと同じくらいの身長で派手なドレスを身にまとい、顔は十歳とは思えないくらい化粧もばっちりしている。それともう一つ気になるのは、十歳とは思えないくらいに――――大きい。片方が小玉メロンくらいある。


 というか……うちの村でも大きい人はいたけど、大体体も大きかった。彼女のようにスリムな体型で巨乳なんて人生初めてみた。


 エヴァネス様とリサは……ね。


「申し訳ございません! お嬢様!」


「この無能のクズ!」


「申し訳ございません!」


 べしっ! と音を立てて執事の頬を叩くお嬢様。


 うわぁ……想像していた以上に……あの父と母の子だな。


 彼女の視線が俺に向く。足からゆっくり品定めするかのように見つめる。


「ベリルと申します。五年間よろしくお願いいたします」


「……どうして貴方のような黒髪で弱そうな人が私の姫騎士なの? お父様ったら何を考えておられるの!?」


 もう契約済みですよ~。覆せないですよ~。


 あの契約の厄介なのは、お嬢様が俺を拒否しても、俺は護衛として彼女を守らなければならない。


 知らない人と喋ることは嫌いだが、家族のためならやるしかないからな。


「何よ。何とか言いなさいよ!」


「……実力で示します。ご安心ください」


 少しポカーンと俺を見た彼女は、「ふん。せいぜい頑張りなさいよ!」と言い残し、ソファに座り込んで読んでいた本を覗き込んだ。


 エヴァネス様曰く、本は貴族とかしか持てないくらい高額なものらしい。それは本の紙などが自体が高いのではなく、本に書かれた情報が高いという。


 確かにゲームでも本を購入することができて、意外にバカにならない値段ではあった。本を買うならポーションを一つでも買うが常識だったが、サービス終盤はカフェで本を読んでいるプレイヤーを多く見かけたものだ。


 ぶたれた執事は寂しそうに部屋を後にした。


「お嬢様。屋敷を出る際には必ずベルを鳴らして俺を呼んでください」


「なんで私がそんなめんどくさいことをしないといけないわけ!? 貴方がちゃんと見てなさいよ!」


「すみません。領主様との取り決めになっております」


「……んも! わかったわよ!」


「ではよろしくお願いします」


 一度お嬢様の部屋を後にして、近くに充てられた自分の部屋にやってきた。


 元々は簡易倉庫部屋だったらしいが、お嬢様の部屋に一番近いところはここしかなかったからと、部屋として改造してくれたらしい。


 荷物なんて大したものはないし、マジックバッグの中に入れているので衣装棚とかも使う予定はない。


 さすがに屋敷内の護衛を突破してまでお嬢様を狙う輩もいないだろうし、彼女が屋敷にいる時間をのんびりと過ごそう。


 異世界では初めてのふかふかベッドに横たわっていると、夕方になり食事に呼ばれて、食堂にやってきた。


「ベリル! そこで何をしているの! 早く座りなさいよ!」


「ん? 俺も座るんですか?」


「当然でしょう! 姫騎士なんだもの。貴方……本当に理解している?」


「……すみません。最初はただの専属護衛の話でしたから。不束者ですがいろいろ教えてくださるお嬢様の懐の深さに感動しました!」


「えっ!? そ、それくらい下の者に教えるのが貴族のあるべき姿よ!」


 …………こいつめ。わかりやすいな。


 お嬢様の隣に座るとメイド達が美味しそうな食事を運んでくれる。


 洋風コース料理が並び、フォークやらナイフやらの使い方を得意そうに教えてくれるお嬢様のおかげで、不自由せずに食べることができた。


「貴方。本当に田舎者なの?」


「正真正銘の田舎村出身、田舎村育ちですよ~。お嬢様に教わらなかったらフォーク一本で食べるところでした」


「ふふっ。それを見てから教えれば良かったわ」


「お嬢様ってば。意地悪ですね~」


「な、中々田舎者の食べてるところを見たことがないだけよ!」


「なるほど。お嬢様って変なところが気になるんですね」


「ふ、ふん!」


 年頃の女子って難しいな。


 こういう豪華な料理が頂けるとはな。もっとまずい飯が出るものだと思ったのにな……。一流料理人が作ってくれる料理って、こんなにも美味しいんだな。いつか家族にも食べさせたいものだ。


 それにしても……両親や兄達の姿は見えない。彼女の上に兄が四人いるはずだが……。


「お嬢様。とても美味しかったです。ご馳走様でした」


「わ、わかってるならいいのよ! 田舎では食べれないでしょうし!」


「そうですね。田舎では絶対に食べれないものばかりでした」


「えっへん!」


 ご満悦になったお嬢様は、気持ちよさそうに食堂を後にした。


「ムースさん~」


「ん? どうなさいましたか?」


 お嬢様にぶたれた執事に声を掛ける。


「お嬢様ってもしかして毎日一人で食事を?」


「……ええ。旦那様の教育の一環です」


 教育で一人飯……? どういうことだ?


 それ以上はあまり話したくなさそうにしていたので、聞かずに俺も休みに入った。

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