マシマロ
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マシマロ
ついについに、夢が叶った。
直径1メートルの超巨大いちごマシュマロ。
それが今さくらの目の前にある。
「長かった…」
お店に予約をして1年。
この日のために大好物のマシュマロを我慢してきた。勉強もバイトも頑張った。
あたりに漂うふんわりとしたいちごの香り。
てのひらでそっと表面に触れると、やんわりと押し返してくる。ああ、この弾力。
夢ではない。
「まずは写真を撮ってぇ」
スマホ撮影。比較対象に牛乳パックをそばに置き。
「いただきます…!」
さくらは両手を合わせて目を閉じた。
その時だった。みしり。部屋の壁からそんな音がして、地面がぐらぐら揺れ始めた。
「え!やだ地震⁉︎」
スマホから警報は聞こえなかったのに。慌てていると、
ばりばりばきばきどすん。ぐしゃ。
天井が割れ、木材の破片と共に赤いものが落ちてきた。
愛しいいちごマシュマロの上に。
「あああああああああ!!!!!!!!!」
揺れがおさまり、さくらは事態を把握した。
もうもうとたちこめるほこりの中で、男の声が響く。
「いてててて、くっそ、何事だ」
超巨大いちごマシュマロだったものの上で、そいつはじたばたと手足を動かしていた。人間の男に見える。赤いマントと黒い衣装。手には長い木製の杖。
なんだこのコスプレ野郎は。
男がじたばたするたびにマシュマロに足や杖の先がぶつかり、もはや見る影もない。
「どこだここは…!あっ、そこのあんた、ちょっと手を貸してくれ!なんか変なものが下にあって起き上がれない」
男はさくらに向かって手を伸ばした。さくらはそれを掴んで思い切り引っ張った。そのまま男をフローリングの床に叩きつける。
「ぎゃっ」
男はカエルの潰れたような悲鳴をあげた。
「ああああああああ……」
さくらは泣いた。超巨大いちごマシュマロだったものはほこりと木片と足跡と穴だらけになり、とても食べられる代物ではなくなっていた。
「おい。痛いぞ。なんて起こし方だ」
「黙れや」
「ひっ?」
さくらは床に倒れている男の胸ぐらを掴んだ。
「私の1年を返せ!」
ばきばきどかん。
さくらは男を投げ飛ばした。天井に空いた穴から男は出て行って、再びマシュマロだったものの上に落ちた。
腕組みして仁王立ちになったさくらの前に赤マントの男は正座させられた。
「あんた何なのよ。この町内の人間じゃないわね」
「俺の名はマシバ・マロウ。1745歳。出身は聖王都ユリヴェール。職業は魔法使いだ。世界を脅かしている魔王キイルと戦っていた。魔王の術にかかり異世界へ飛ばされてしまったようだ」
「…そういう設定なのね」
「お前の家と食べるものを壊してしまったのは悪かった。不可抗力だ。すまん。許してくれ。俺は元の世界に帰らねば!」
「魔法使いなら壊れた家とマシュマロもとに戻してよ!ほら!すぐ!」
「わかった」
マシバは立ち上がり家の天井に向かって杖を掲げた。
木材の破片たちがふわふわとひとりでに浮き上がり、どんどん天井の穴を塞いでいく。
2分ほどで壊れる前の形に戻ってしまった。
「次はこいつだ」
天井を見上げて呆けているさくらを横目に、マシバはマシュマロと対峙する。
マシュマロに杖を向けて何事か囁くが…、マシュマロに空いた穴や足跡は消えなかった。
しばらく沈黙していたマシバはやがて深くため息をついた。
「どうしたの」
マシバは杖を下げて、目を閉じた。
「魔力が切れた。すまん」
そのままマシバは崩れるようにその場に倒れてしまった。
「ん」
目を覚ますと、硬い床に転がっている自分に気づいた。マシバはゆっくりと身体を起こした。あちこち痛い。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
部屋の隅に置かれたベッドには女の子が眠っていて、その前のテーブルには散々な目にあった可哀想なマシュマロがまだ静かに置かれていた。
「これを元に戻すのは無理だな」
マシバはこの食べ物の「元の姿」を知らないのだ。部屋の天井なら大体の元の姿はわかるから直せたが…。
テーブルの前にひざまづく。ふと、マシュマロの下に、小さな紙片を見つけて手に取った。
それはお店の商品を紹介するリーフレットだった。最後のページに「大きないちごマシュマロ」の紹介写真があった。これだ。添えられた異世界の文字は読めなかったけれど、マシバは確信した。
杖をマシュマロに向ける。
足跡が消え、ほこりや木片が消え、穴や傷は塞がって、ふんわりとしたマシュマロに戻った。
マシバは大きく頷いた。写真と寸分違わない姿だ。
「よし。帰ろう」
マシバは杖を掲げた。ふわりと杖の先が光り、それは次第に大きくなってマシバを包み込んだ。
「さよなら。もう会うこともないだろう」
マシバの姿が消えた。
2秒後。
ばりばりばきばきどすん。ぐしゃ。
「なに…⁉︎」
マシバは再びさくらの部屋の天井を突き破って、マシュマロの上に落ちた。
「何故だ、いてててて、こんなはずでは」
「ちょっと」
やっとのことで起き上がったマシバは、首根っこを掴まれて息を呑んだ。
「あんた何やってんの…?」
「その…えーと…すまん」
「すまんで済むかっ!」
ばきばきどかん。
さくらに再び投げ飛ばされて、マシバは思った。
女の子の食べ物に対する執念は恐ろしい。
【終わり】
マシマロ 705 @58nn
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