炎上姫①

 どれだけ願っても嫌なことは遠ざかってくれない。本日、協会にヤツが現れた。


「「「(炎上姫……)」」」


 金髪でさっぱりとしたショートヘア、体型もすらっとしていて、見てくれは綺麗めでモデルのようだ。

 だが、そんな彼女に向けられる協会職員の視線は不安と恐怖に染まっていた。


「やっほ。久しぶりだね? アイナちゃんに繋いでくれる?」


「は、はいっ……少々お待ちを」


 受付嬢はすぐにアイナへと連絡し、応接室Bへ案内するよう指示を受ける。


「スピカさん、応接室Bへお願いします」


「はいはーい! ありがとねっ」


 すぐにスピカは応接室Bへと向かう。その背中を見送る受付嬢は安堵していた。あとはアイナが何とかしてくれる、と。


 そんなスピカはもちろんノック一つせずに応接室Bへと入っていく。

 すでに待機していたアイナの表情はとても曇っていた。


「アイナちゃん、久しぶりっ!」


「そうだね、久しぶり……まあ、かけてくれ」


「はぁい。それでさ! いきなりだけど、ユウくんのことで〜」


 スピカはストレートに本題を切り出す。アイナの表情はさらに曇っていくが、彼女は気にする素振りもなく話を続ける。


「せっかくだから一緒にダンジョンアタックしたいんだ。あれってさ、抽選するんでしょ? わたしも応募しちゃおうかなって」


「私にそれを拒否する権利はないからな。まあ……わかったよ。それで、一応釘を刺させてもらうけど、アレは使ってくれるなよ?」


「アレって? わたしは何もしないよー。てか、何かしても証拠なんてないもんね? ねっ?」


 煽るような口調のスピカにアイナは奥歯を噛み締める。シナリオはアイナの想定した通りに進んでいるが、それを打開する方法はない。

 事前に抽選からスピカを外せば済む問題と思われるが、それをしても結果は覆らないのだ。アイナはそれを十分に理解している。


「はぁ。その通りだね。うん、わかったから、今日はもういいかい? まだまだ仕事が立て込んでてね」


「えー? もっとお喋りしたいのに〜。じゃあ最後に。臨時パーティの抽選って次はいつなの?」


「……明日だよ」


「そかそか! じゃ、明日を楽しみにしてるね〜! わたしはもう帰るよ、またねっ!」


「あ、あぁ。またな……」


 スピカは軽い足取りで帰っていく。対照的に、アイナは負のオーラを一身に背負っていた。

 もはや己を慰める余裕など全くなく、ただただ大きなため息をつき、項垂れていた。


「まぁ、また余計な問題を起こされるよりはマシか……」


 珍しくナニに着手することなく、彼女も応接室Bをあとにした。






「あれ、サチ先輩からだ〜。もしもしー?」


「あのさぁ、私のユウくんに近づく気してんの? ついこの前やめろって警告したよね?」


「もー、いきなり怒らないでくださいよっ! それに、警告なんてされたら余計に興味出ちゃうじゃないですか! 配信見たけど、どストライクでしたよぉ!」


「はっ、かっこいいのは私の子どもだし当たり前だろう。それで、『予定調和』を使う気でいるの?」


 『予定調和』とはスピカ個人が所有しているアーティファクトだ。アイナはこれを使用されることを危惧していた。

 効果は『一定の範囲内で事象の結果を操作できる』というぶっ飛んだもの。ちなみに効果の範囲は曖昧であり、不発に終わることもある。

 では、なぜこのような代物が国ではなく個人に帰属しているのか。

 これはニュージーランドから正式に譲渡されたものであり、ここでは割愛するが、スピカがそれだけの実績を残したからである。


「え? 当たり前じゃないですか。次連絡するときは“お義母さん”かもしれないですねっ」


「お、おか、お義母さん? お前、目の前にいたら粉砕してるところだよ……。わかった、私からユウくんに連絡しておくから。パーティは断りなって」


「ちょ、それは反則ですって! あっ、でも『予定調和』で解決でした。好きにしていいですよ〜♡」


「ぐぬぬ……相変わらずのクソガキだな……ちくしょう!!! ムキィィィイイ!!! もういい!!!」


「わかりましたっ! それではまたです〜」


 電話先で発狂しているリアルママのサチをスルーしてスピカは通話を切る。数多くの炎上を微塵も気にしていないだけあって、サチの憤怒にも動じる気配はなかった。


 そんなスピカだが、実のところサチに憧れて金髪にしていたりする。海外での活動を中心にしていることもサチの影響だ。

 炎上姫にも可愛らしい一面があるのです。

 


◇◇◇



「いよっし、配信の時間だな」


 今日は自宅からの雑談配信だ。この裏でスピカがあれこれしていることなど全く知らない。

 彼はいつもと変わらず、ウキウキ気分でスフィアを起動する。初動で同接数が十万を超えるかどうかワクワクしているようだ。


――ユウくーん♡待ってたお♡

――おーっす

――ねね! 炎上姫の話知ってる?

――ユウくんタゲられてるよぉ

――まじで気をつけて……

――身を挺して守りたい

――↑指一本でノックアウトやで


 同時接続126746。

 炎上姫スピカの件もあってか初動は十万をすぐに超え、彼はホクホクである。


「炎上姫? あぁ、海外で活動してるアタッカーだよね。その人に俺が狙われてる? はい?? なんでぇ!?」


――ヤツのH見てみて。ユウくんに興味出たっぽくて今日本に帰国してるって

――混乱×驚くユウくんきゃわ♡ぎゅってしたい♡

――アレは何やらかすかわかったもんじゃねえ

――接触禁止令あるんだよね?

――↑炎上姫「ナニソレ、シリマセーン」

――協会は対応してるのか?


 コメントに従って、ユウはスピカの投稿を確認する。


“とある配信者さんにめっちゃ興味湧いたから日本に帰るネ!”


“男の子だよ〜♡たぶん、わたしと同い年くらい♡”


“今週中には帰るよ。絶対に会うんだから〜”


“空港なう。楽しみで昨日はあまり眠れなかったの〜”


「……あのさ、これって俺のことなの? 名前までは出されてないけど」


 ユウはそこまで自意識過剰ではない。自分の筋肉を見せちゃうムーブも、リスナーの反応が好ましいという前提があってやっていることだ。

 つまるところ何の根拠もない『俺、イカしてるぜ!』タイプの人間ではなかった。彼がこのタイプであれば今以上に自己承認欲求が満たされることだろうに。


――タイミングからしてユウくんのことだと思うよ

――最近の男性配信者、アタッカーに目をつけられそう、炎上姫と同い年くらい……一人しかいないんだぁ……ね? ユウくん

――名前を出すまでもなくユウくん

――まじで警戒しなよ。破壊行動もするアタオカだから

――ねぇ、明日臨時パーティの抽選だよね。ヤバくね

――↑タイミングよな


「えぇ、マジで俺かよ……あ、いや、臨時パーティは抽選だから不正はできないと思うよ」


 純粋ピュアピュアなユウはスピカの所持する『予定調和』のことを知らない。そして、彼女が結果を操作しようとしていることは言うまでもないだろう。

 ユウとパーティを組むこと。あとはその結果に向かって事象が展開されていく。これは証拠の残らない最大級の不正である。

 協会がスピカを抽選しないよう不正をしたところで、当然のように抽選結果は『スピカ』となる。

 このように、協会では彼女に抗えないことをアイナは最初から理解していたわけだ。


――もしパーティ組めなかったら協会破壊されない?

――↑あり得るって想像できるのがやべーのよ

――いっそ今回パーティ断って炎上姫が国外に出るまで時間稼ぐとか

――↑それこそ協会更地になりそう

――逃げ道なくて草

――笑えねえんだよなぁ


「定期的なパーティ活動は続けようと思うよ。今まで他のアタッカーさんと接点もなかったから新鮮だしさ。ただ、なんか色々と不穏だね。不安になってきたわ……」


 とにかく不穏なコメントばかりであるため、ユウもさすがに嫌な予感がしてきた。彼自身、炎上姫が海外で色々やらかしていることは知っている。


「まあまあ、でもさ、さすがに炎上姫でも公平な抽選に文句は言わないと思うよ……」


――ユウくんは優しいなあ

――炎上姫みてるか? わかってんだろうな

――この信頼を裏切るなよ

――ここでやらかしたら炎上じゃ済まなくなるぞ


 『予定調和』のことは日本では一部の人しか知らない。ユウやリスナーたちも例外ではなかった。

 ユウの言う『公平な抽選』の結果がすでに決まっているなんて誰が想像できるだろうか。

 

 その後も話題の大半が炎上姫についてであり、ユウはただただ不安感を増幅させていく。

 あまり自己承認欲求が満たされないままに今回の配信は終わりを迎え、彼は明日の臨時パーティ抽選に思いを馳せながら一日を過ごすこととなった。




「んー♡明日が楽しみだなぁ♡」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る