規制緩和
朝からアイナは頭を抱えている。
それもそのはずで、ここ数日、ユウへの接近禁止令解除ないし緩和の請願が協会所属のアタッカーから多数寄せられているためだ。
これが一人二人の話ではなく数十人のアタッカーから寄せられているので、いよいよ先延ばしにできない喫緊の課題となってしまった。
「解除はありえない。確実に問題になるだろう……ユウへの負担が重くなるのは目に見えているからな……となると、妥協して緩和するしかないか……」
アイナの想定は間違っていない。協会所属のアタッカーは特に肉食系が多く、ユウにアプローチできるとなった場合、我先にとギスギスすることだろう。
しかし、緩和もやり方を間違えれば協会へのヘイトを増長させることになるため慎重に動く必要がある。
「何より私のユウだぞ。私だけの……何様なんだ……」
あなたこそ何様なの、と言われそうなセリフだが気にしてはいけない。なにせ彼女は独占欲が強く、とりわけユウへの執着はひどく強いからだ。
「はぁぁ……臨時パーティの許可、協会による公平な抽選、あとは暴走を抑止する条件、このあたりが落とし所だな……くそッ」
他の女をユウに近づけたくない、この気持ちに嘘をつくことなどできない。アイナは一人でキレ散らかしている。
ユウのリアルママがでてきた配信では発狂していたし、その後掲示板でレスバもした。
アイナはユウの母親すらも彼に近づけたくないという少々問題有りな独占欲に支配されているようだ。
「んあ゛あ゛! 頭がおかしくなりそうだよ……あぁ、まずはユウに聞いてみないとな。こんな話、断ってくれればいいのだけど」
彼のことだから断らないことはわかりきっているが、奇跡の大逆転を祈りながらユウへ電話をかける。
「はい、キシドです」
「おはよう。協会のアイナだ。今、少し大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ、どうしました?」
「ちょっとね、パーティの件で相談があるんだけど――」
電話を終えたアイナは死にそうな顔をしていた。ユウの答えは彼女の表情が教えてくれている。
『大丈夫ですよ。俺より低いランクでも簡単なアドバイスとかならできますし……』
はぁぁぁああああ、と大きなため息をつき、嫌々アイナはアタッカーたちへの緊急通知を作成し始めた。
1)アタッカーの要望を聞き入れ、ユウとの臨時パーティ(一日限り)を許可すること。
2)パーティを組みたい場合は協会へその旨を事前通告することが必須であり、その上で公平な抽選により決定すること。抽選方法は協会に一任すること。
3)ダンジョンアタッカーライセンスは不問ということ。
4)接近禁止令の解除ではないため、違反者には引き続き厳重処分を課すこと。
5)ユウに対する犯罪行為が確認された場合、ライセンスを即時『永久剥奪』処分とすること。
「こんなところか。ライセンスの永久剥奪をチラつかせれば馬鹿なことに走るやつもいないだろう……まぁ、ユウにはライブ配信をするように言ってあるし、それだけでも抑止力になるはずだが」
そして、協会所属のアタッカーたちへ緊急通知が送られた。
◇◇◇
「ユウくんとパーティの許可!? は、はやく通告入れないと……やば、あの匂い……また……はぅぅ♡♡転んだフリして背中に抱きついてクンクンしたいよぉ♡♡」
リサは歓喜していた。
「臨時パーティ許可、ですの? ユウくんと!? これは急がないといけませんわ! 腹筋♡腹筋♡さわさわしたいですわね♡♡ぐへへへへへぇ♡♡」
ミコも歓喜していた。
「え、これホントなの。とうとうボクにもチャンスが巡ってきた……! よし、通告しちゃうぞ」
ユウのリスナーであるボクっ子アタッカーも歓喜していた。
「はぁ? ナニコレ……アイナぁ、やってくれたなー。あたしのユウくんが汚れたらどうしてくれるの……そんなことになったら協会ぶっ潰すかもなぁ〜……あぁぁ、考えらんない!!!」
リアルママであるサチは海外でブチギレていた。
◇◇◇
その後、協会は所属アタッカーのほとんどから事前通告を受けた。それも通知直後に。
しかも、そのほとんどが『自分一人』での通告だ。つまり、ユウと一対一という『二人パーティ』を望んでいるということ。
「こんなの、ただデートしたいだけじゃないのか……全くもう、勘弁してくれよ〜。私でさえ協会で会うので精一杯なのに」
アイナは露骨に顔に出るほど主に精神がやられている。
ユウに関しては彼女が専属であるため、このように自分の独占欲を自分で壊すような真似はかなり堪えるのだ。
「我慢だ我慢。はい、ポチッとな。記念すべき一人目は誰になるかなー」
ちなみに抽選はパソコン任せなので、アイナは投げやりに抽選プログラムを起動させた。
“当選者:エレナ”
ということで、Bランクアタッカーの彼女がユウとのパーティを組めることとなった。アイナはすぐにエレナへ連絡を入れる。
歯を噛み締めているが、彼女は仕事のできる優秀な人材であることを忘れてはならない。
「もしもし、エレナかい? いきなりだけど、ユウとのパーティに選ばれたよ。おめでとう(あーあ、むかつくむかつくむかつく……くっそぉぉおおお!)」
「え、ボク!? 本当ですか? やった。ええと、いつご一緒する感じになるんですか?」
「ユウの予定はこれから確認するよ。エレナの予定を先に聞いておこうと思ってね」
「ボクはいつでも大丈夫です。ユウくんに合わせます……よろしくお願いします」
「わかったよ。それじゃ、日程が決まったらまた連絡するね。失礼するよ」
電話の直後、エレナは全身が震えた。まさかユウ(生)と会う権利をいの一番に手にできるなんて。
「ユウくん……早く会いたいなあ」
彼女は自分を落ち着かせるためにヘッドフォンを装着し、いつも聴いているお気に入りの音楽を流す。
『音声詰め合わせ』という何かの音声ばかりを集めたものだ。
「ふああ……♡耳が蕩けちゃう……♡」
自然と指が股へと向かうが、リサやミコと比較するととても健全にみえる。可もなく不可もない、ドノーマルである。
布団の中でもじもじしながら励む彼女は、狂人とはかけ離れていて可愛らしい。
「うんうん、楽しみだなぁ♡」
心の平静を取り戻すついでにスッキリしたエレナのお肌は何というかとてもツヤツヤしていた。
一方、ユウはユウで悩んでいた。
アイナの話によると今回の相手であるエレナはBランクアタッカーとのこと。
アイナからはパーティでの活動中はライブ配信をするようにお願いされているのだが、何をすればいいのか決まらず頭を抱えているというわけだ。
なぜ当日の内容を自分に一任するのか、と文句を言いそうになるほどには苦しんでいる。
「そもそもライブ配信する必要なんてあるのか? いや、なるべく配信はしたいけど……」
ライブ配信をする、それはつまり配信映えを意識してしまう、でもだからといってパーティメンバーとなるエレナを置き去りにはできない。彼はまだこのバランスの取り方を知らなかった。
それならば、いっそのことパーティ活動中は配信をしないほうが気楽なのではないか。
困ったことに彼の思考はなかなかまとまる様子がみられない。
ちなみにユウはエレナの連絡先を教えてもらっていないため、彼女の希望を事前に聞くことは叶わないのだ。
当日になってから何をするか相談するのも申し訳ないため、苦悶しながら色々と考えてみる。
「……ゲート処理にしよう。未探索領域とはいえBランクダンジョンなら余裕でしょ」
結局彼は自分が慣れている未探索領域の調査とゲート処理をすることに決めた。
ゲート処理というライブ配信における見せ場が保証されており、エレナにとっても多分良い経験になると思ったからだ。
調査については魔物処理をお願いするつもりでいる。そうすれば戦闘のアドバイスもできるし、色々とうまくいくのではと結論づけた。
「で、どこに行くか。浅いところまでしか探索が終わってないところとなると……」
リサと出会った浅草B7ダンジョンはAランク未満のアタッカーは現在入場できないため除外される。
彼としてはここが色々と都合が良かったのだが、イレギュラーの調査中であるため諦めるしかない。
「うーん、なら調布B2ダンジョンにしようかな。ここならプレッシャーも少ないと思うし」
調布B2ダンジョン。ここは魔石などの素材が採取し尽くされ、挙げ句の果てに未探索領域は放置されたままという不人気ダンジョンである。
未探索領域で再び多くの素材が見つかれば人気を取り戻すかもしれないが、誰も3Kである未探索領域の調査などしていない。
ユウ自身ここは初見でないため、緊張はそこまでないし、魔物も平均的なレベルだったと記憶しているので危険性も高くないと判断した。
「さてさて、アイナさんに連絡するか……」
パーティ活動の日程は明後日の朝からとなり、現地集合現地解散。事前の顔合わせはないから当日よろしくという具合にトントン拍子で決まる。
心なしかアイナの声質が弱々しかったのだが、そこに触れることはしなかった。
『明後日にダンジョンでライブ配信するので、今日明日は準備のため配信をおやすみします! ごめんね!』
Hに残念なお知らせを投稿し、トレンドワード一位に『ユウくんロス』がすぐさま浮上したとか。
そんなことになっているとは知らず、ユウは明後日へ向けての準備を始める。
「念のため調布B2の復習をして……刀も手入れしておくかぁ……あとはー……」
これまでに経験のないパーティでの活動の中で、彼は思い描くとおり自己承認欲求を満たすことができるのだろうか。
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