ママ降臨

「ふぁぁ……ちょっと寝過ぎたな。よーし、シャワー浴びたら配信しよー」


 連日の疲れのせいか、ユウはいつもより二時間ほど遅く起きた。おかげですでに体力全快のため早速配信をするつもりらしい。

 さすがに寝起きのままというわけにはいかないので、シャワーを浴びることにする。


『このあともう少ししたら配信するからよろしくね〜!』


 サクッとHで告知をしてすぐにシャワーへと向かった。

 一瞬、コメントでちらほら要望のある『入浴配信』が頭を過ったが、BANされる可能性を考えて即ボツとする。


「ふぃー、サッパリサッパリ。うし、やるぞ」


 意気揚々とスフィアを起動する。多くのリスナーが彼を待っているのだ。今日もまた自己承認欲求を満たすべくライブ配信を開始する。


――昨日はおつかれー! 待ってたよん!

――こんちゃーす!

――お昼ご飯は食べたのぉ?

――髪が半乾き? お風呂上がり?

――開幕せくしー♡

――ドライヤーしてあげりゅ

――風邪引かないようにねー


 同時接続87556。

 初動も徐々に増えてきており、これにはユウもトゥンク不可避だ。


「早く配信したくて焦っちゃってたから……まあまあ、今日はあったかいしすぐ乾くよ〜」


――あ! ユウくん、質問!

――お母さんのこと知りたいかも〜

――ママ(リアル)について……

――↑嫌じゃなければ興味ある

――質問拾って〜


 この質問の流れはさすがリスナーと言うべきか、無駄に統率がとれていて、母親についてのコメントがユウの目に入りやすくなっている。

 昨日ちょこっとリスナー間の雑談で話題になっていた件だ。


「母さんのこと? んー、今は海外にいるんだよね。何年か前から連絡もとってないんだ」


――あまり無理して答えなくていいからね

――ほええ、海外におるんか……

――ユウくん、ママに会いたい?

――ホント答えられる範囲でええからな?

――忙しい人なのかな


「別に無理はしてないから大丈夫だよ。母さんもダンジョンアタッカーだから、けっこう忙しいと思うよ。たまに元気にしてるか気になるけど、連絡するまではしてないね」


 ユウの母親(リアル)は現在海外でダンジョンアタッカーとして活動している。あちこちを飛び回っているため、彼の言うとおりかなり忙しい。

 常にスケジュールとの戦いであり、タイトな生活を送っている。


――親子でダンジョンアタッカーなんかぁ

――かっけー! ランクは!?

――ねえ、ユウくん。ママに会いたい?

――↑どうした? さっきからなんか圧がすげーぞ

――ランク気になるね


「日本ではAランクで、海外ではどうなってるかわからないな。ん? 会いたいかどうか? この生活に慣れてるし、そこまでかな……それに、今はみんながいるし」


――ユウくんの寂しさを埋めてるとか震える

――会いたくないの? ママ、泣いちゃうぞ……

――↑ママ(妄想)乙

――写真みせてぇ!

――確実に美人やろなぁ


 ダンジョンアタッカーライセンスのランクは各国で基準が異なるものだ。日本ではAランクでもアメリカではBランクということだって起こり得る。逆もまた然りだ。

 加えて、ユウは母親と定期的な連絡をとっていないため、海外でのランクのことなど全く知らない。


 彼自身、身近な人が近場にいないことが寂しい時期もあったが、すでにそれは乗り越えている。

 今に至ってはライブ配信のおかげで、寂しさを感じることはないと言っても過言ではない。


「写真は残ってないなぁ。でもまぁ、多分綺麗な感じだとは思うよ、客観的に見ても」


――ちょっと待ってね。自撮り送るから

――↑圧強めのママ(妄想)による妄言


〜〜〜♪


「ん……?」


 ママ(妄想)のコメントが流れてすぐにユウのスマホに一件の通知が入る。


“母さん”


「うっそぉ……」


 『自撮り送る』コメントはチラッと目に入っていた。そして、このタイミングで数年ぶりの連絡がくる。コメントの自称ママが(妄想)ではなく(リアル)の可能性が高くなった瞬間だ。


――どうしたー?

――自撮り送ったから。それ見せてもいいからね〜

――↑マ? ガチなやつぅ……?

――リアルママ降臨は草

――え、マジ?

――さすがに釣りですわ。露骨すぎ


「あー……配信を母さんが見てるってこと? さすがに何とも言えない気持ちになるな……」


 この気恥ずかしさはなかなかのものだ。『家族』の存在は自己承認欲求を満たす行為のストッパーになりかねない。

 なお、ユウに届いたメッセージの内容はこれだ。



『ユウくん、久しぶり! いつも楽しそうでママも嬉しいよ。コメントしたけど、写真送るから配信で見せてもおっけー!

それと、ママも元気にやってるからね〜! ユウくんも体に気をつけなよ? この前にみたいに腕を怪我したりとかはしないようにね!

返事はいらないから〜! またね〜♡』



「(うわぁぁぁああ……母さんがリスナーだったとかキツくね……何、全部見られてたのォ? いや、そんなこと気にしてたら何もできない……切り替えよう)」


 ナニサイズ公表放送を見られていたとしたら発狂モノだろう。死ぬ気で気持ちを切り替えないと心が壊れてもおかしくない。


――おや、ユウくんフリーズしてね?

――リアルママの予感

――釣りじゃないんですか……

――ママぁ〜みてるぅ〜???

――↑初配信から見てるけど?


 忙しいはずの母親がまさかのリスナーだったことにユウは衝撃を隠せない。

 ちなみに、母親は基本リアタイで彼の配信を追っている。常にスケジュールに追われているはずなのだが、本当は暇なのだろうか。

 その真実はママ(リアル)のみぞ知る。


「あ、ごめんごめん。本当に母さんいるみたいだわ。写真見せていいらしいから、これね(なんか記憶にある最後の姿より若くなってるんだけどぉ……どういうこと、これ……)」


 ユウは送られてきた自撮り写真を公開する。そこにはおおよそ二十歳くらいの金髪ロング美人が写っていた。

 それには彼すらも内心驚いている。どうして老化せずに、それどころか明らかに若返っているのか、と。


――はぁぁん!? 何歳?

――↑ユウくん産んでるから若くても三十後半だと思うんだけど

――そのへんの若者より若く見えて草

――ユウくんと並んだらカップルにしか見えなさそう

――ママね、最近また若くなったって言われてるの♡それと、年齢は非公開だからな

――↑マッマ急に威圧的になって草


「あっ……はい。年齢は秘密ってことで……」


 コメントはリアルママの登場でかなり盛り上がっている。話題を掻っ攫っているため、ユウが少し嫉妬してしまうほどだ。


「色々と驚いたけど、まぁ、元気そうで良かったよ」


――ん〜、ええ息子やな

――私を二番目のママにして♡

――私がママならユウくんのこと食べてるわ

――近親でそれはNGですよ

――ママにユウくんの歴史を聞きたい

――↑ヒ ミ ツ ♡私だけのユウくんだからね〜


「母さん……頼むから変なコメントだけはしないでよ。ホントに信じてるからね……」


 気持ちを切り替えようにも母親が見ているという事実に調子が狂わされたままだ。

 同時に変なコメントをしないかの不安に苛まれている。しかし、自己承認欲求のためには開き直らなければならない。


「ちょっと暑くなってきたわ……」


 息を吐くように上裸になる。なお、変なプレッシャーにより体が暑くなっているので、ユウは嘘をついていない。

 ついでに母親の流れを変えたかったりもする。そんな祈りを込めてTシャツを脱ぎ捨てた。


――お♡

――ああっ……待ってましたわ♡

――見てるだけで癒される

――これを見にきた

――相変わらずいい体やねぇ

――暑くて脱ぐとかエロいわ……ジュルッ


「(母さんの話題が途切れた! ラッキー)」


 リスナーたちは基本的にチョロい。ユウの母親のことが気になっていても、言うまでもなく彼自身の体のほうが重要だ。

 様々な妄想をするために必須の素材に食いつかないわけがない。若干母親関連のコメントは見受けられるが、そのほとんどが一気に淘汰された。


――まじで抱きしめてほしいんすケド

――生ユウくん堪能した二人裏山っす

――ほんとなー……

――何でもいいから生ユウくん見れるイベントはよぉ〜

――↑確実なのは協会に転職すること

――↑ぱんぴーには無理ですが?


「イベントって……そんな、有名人じゃあるまいし……」


――もしや自覚がない?

――謙遜じゃなくてまじに言ってるよな


 ユウの思う有名人の基準はテレビに出る人のことだ。それなりに同接数を稼げてはいるが、配信者はあくまで配信者で自分のことを有名人だとは全く思っていない。

 彼に一つアドバイスをするとすれば、エゴサーチを勧めてみたいところである。

 リスナーたちはリアルにポカンとしていることだろう。


「有名人ってのはテレビに出るような人でしょ……だよね?」


――あぁ〜その認識が可愛い♡

――それでいい!

――ピュアピュアに沼っちゃうよねぇ♡

――それでこそ私たちのユウくん


 ユウはリスナーの反応にあまり理解が追いつかないが、特に気にしていない。そんなところがまた淑女たちにウケているようである。


 そんな彼に、流れが変わったことによる安心のせいか急に空腹感が襲いかかった。

 母親への不安が若干残っていることもあり、食事と精神的な落ち着きを取り戻すために一度配信を終える決意をする。


「あ、そろそろお昼ご飯にするから一旦配信終わるね!」


――えー、食事配信みたいなぁ♡

――唐揚げのときがもう懐かしく感じる

――寂しいけどおつかれぇ

――まったねえ〜

――たくさん食べなよぉ♡


「まったねー!」


 同時接続128673。

 ユウは同接数と例の唐揚げ(企業案件で宣伝したアレ)をオカズにモリモリとご飯を食べたとか。



◆◆◆



 約一年前。メキシコのチワワS6ダンジョンにて。


「わぉ! これってアーティファクト!?」


 ユウの母親であるキシド サチはダンジョンの最深部と思われる場所でアーティファクトを発見した。

 アーティファクトは超常的な効果を得られるモノで、手にすると直感的にその効果や使い方がわかるらしい。

 世界的にみてもそこまで多くのアーティファクトは発見されておらず、発見されても国に帰属するのが原則だ。これは世界共通の常識である。


「……!!!」


 サチがアーティファクトを手に取ったとき、流れ込んでくるその効果。


「『若返り』……! あぁ、これは政府に報告できないなぁ……」


 次の瞬間、彼女は躊躇することなくアーティファクトを使用した。

 若返りの効果はおおよそ十五年分。完全な効果が得られるまでは約一年。


「ユウくん……これで愛息子に添い遂げられるよ♡よっしゃあ!!!」


 こうして実年齢三十七歳のサチはおおよそ二十二歳に生まれ変わったのだ。

 元々見た目がとても若かったため、周囲から変な目を向けられることはなかったのが救いだろう。効果が徐々に現れるという利点もよく仕事をした。

 おかげでアーティファクトの未報告、無断使用という二段構えのやらかしを疑われることなくやり過ごすことができたわけだ。


 ちなみにチワワS6ダンジョンの調査後には『未探索領域にて特段の発見なし。最深部においても同様』と虚偽報告をしていた。

 極刑レベルのリスクより、愛息子に添い遂げるというまあまあ狂った欲望を優先した結果である。


「ママがお嫁になってあげるからね♡もう少し待ってて♡可愛いユウくん♡」


 この発言は冗談ではなく本気だ。目がマジなのだ。

 はたしてユウは新たに芽吹いた狂気(リアルママ)と正面から向き合うことができるだろうか。



―――⭐︎


チワワはメキシコに本当に存在します。


10万PV&★500突破ありがとうございます。

フォローや応援コメントなど全てが励みになっています。

今後ともよろしくお願いします。


―――⭐︎

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