初配信②
同時接続5097。
「もう五千人も! みんなありがとうね!」
――ねね、ユウくんの腹筋ください♡
――それなら胸筋もください♡
――ユウくんのママになりたい……
――未探索領域まであとどのくらい?
――ダンジョンでの擬似デート助かる
同接はすぐに五千を突破した。ユウは衰えることのない勢いに内心とてつもなく感激している。
「腹筋? 胸筋? まぁ、それくらいなら……」
たまたま目に入ったコメントは彼の上半身の露出を要求するものだった。
普段から鍛えており、特に肌を見せることへの羞恥心もないため自分のTシャツに手をかける。
ちなみに世の中の男性が上半身を露出すると女性が荒ぶり当たり前のように警察沙汰になる。
ただユウはそんなこと関係ないと言わんばかりに、スルッとTシャツを脱ぎその鍛え上げた体を露出する。
「あ、あれ? コメント止まった? いちお少しは鍛えてるんだけど……」
Tシャツを脱ぎ終わった瞬間、配信のコメントが激減した。
だが、すぐにコメントも復活し、安心する。
――鼻血とまらんのだが
――噴いた。ナニがとは言えないけど
――欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい
――これ無料で見れるってマ?
――おぱんつ間に合わない
――うわぁ腹筋はじめてみた……濡れちゃう
――スクショいいっすか?
「(あら、上半身出すだけでこの反響……震えるぜ)」
「じゃあー……今日はこのまま探索しちゃうかな。スクショくらいならいいんでない? 好きにしちゃってー」
上半身露出が思いの外受けたため、そのままTシャツを着ることなくダンジョンを進むことにした。
――んもぅ♡好きにさせてください♡
――切り抜き班に期待
――まだ一時間も経ってないけど沼♡
――捗りすぎて失神しそう
――↑たぶん逝ったやつおるやろな
――背中もたくましい♡噴きかけたい♡
――あ゛あ゛……脳みそ破壊されちゃった♡
もはやコメントの99%は変態淑女たちのものであるが、ユウにとっては自己承認欲求を満たすものであり、何ならダンジョン関係のコメントよりも脳に響いていた。
しかし、それなりにハイペースでダンジョンを進んでいるため、そろそろ未探索領域に到達する。頭を切り替えなければならないときも近い。
未探索領域ではマッピング、素材情報、魔物情報をまとめる必要があり、そうなると同接数やコメントにかまけている暇がなくなる。
同時接続8959。
「(このペースなら一万もいけるんじゃね? ライブ配信最高かよ……)」
「そろそろ未探索領域だから少し集中するね。コメントもそんなに見れないけど許して」
――キリッとしたりお顔素敵
――全身にマーキングさせてほしい
――未探索領域気をつけてください!
――私もAランクまでいったら一緒にダンジョンアタックできるのかな……
――こりゃアタッカー志望者増えるんでないか
――えっちな腹筋胸筋背筋で10回イきました
――↑私は20回は飛んだ。もう指がふやけて困る
「あ、ここ……」
その後はかなり集中して探索を続け、三十分程経っただろうか、ユウの目の前には大きな扉が現れた。これは通称“ゲート”と呼ばれていて、未探索領域の一区切りである。
――うわ、ゲートでか!
――これ大丈夫なやつ?
――一人で入るのかな
さすがにこの瞬間は下品なコメントは減った。それほどに物々しい扉だったのだ。
「(どれどれ)」
同時接続20064。
「(うお!? めっちゃ増えてる。こりゃゲートから逃げちゃならんよな)」
彼のモチベである同接数が一万どころか二万まで伸び、興奮も天元突破している。
「うん、とりあえずこのゲートは処理したいと思う。みんな俺のことちゃんと見ててね」
――きゅん♡
――ずっと見てます♡
――マジで進むのか……
――ユウくんしかもう勝たん
――本当に無理しないでください!
――【協会公式】協会です。くれぐれも無理はしないようにお願いしますね。本当にお願いしますよ……
――協会も配信見てて草
――担当者は股べちょべちょやろな
「いってきまーす!」
テンションが上がりまくっているため、危険だから出直そうなどという思考は働かない。
このライブ配信でゲートを処理してこそ更に注目される。自己承認欲求モンスターには進む以外の選択肢は存在しない。
ガラガラ、と重い音を立てて扉を開く。
「GYAAAAA!!!」
――え
――なにあれ
――私の知ってる虎じゃない
――にげて!
――【協会公式】高ランクの魔物ですか。引いてください! お願いします!
「え? やるよ、このまま」
ユウの目の前に現れたのは白い虎のような魔物だ。彼の三倍ほどの大きさがある。
「最近はちょっと物足りなかったからなぁ……満足させてくれよー」
愛刀を構え、怖気付くことなく殺意剥き出しの魔物と対峙する。さすがにこのタイミングでは下品なコメントは少ない。
――ユウくん! だめ!!!
――パーティ組まないとやばない?
――私の運命を引き裂かないでええええ
――【協会公式】一生のお願いなので引いてください!!!
――協会も本気で焦ってるやん
――万が一なんてことも許されないからな
――刀を構えるユウくんやばすぎ……ダメなのに濡れちゃう……指が止まらない
――↑さすがに空気嫁
――まあ、みんな必死に自分を慰めてるべ。許したれ
「いっくよー!」
様子を見ている魔物へ先制するのはユウ。魔物も巨体とは思えない速度で彼の攻撃を躱す。
「GYAAA!!!」
「!?」
――え、虎なに
――ブレス? マジのマジでやばいって
――ドラゴンみてえ……当たったら死ぬやつだよね……
彼の一刀を避けた魔物は間髪入れずにブレス攻撃を仕掛ける。ユウは予想外のブレスを躱すもそれは肩を掠め、肉が抉れた。
――いやぁぁあああああ!!!!!
――血が、血が
――ごめんなさい、心が汚れていてごめんなさい、達しました
――吸わせてほしい
――舐め舐めして治療してあげたい
――こんなときも下品で草も生えない
同時接続26882。
「いってー……(おぉ!? 二万五千超えた!? これは三万も目指せちゃうやつ?)」
淡々と増え続ける同接にさらに胸が高鳴る。これはたまらんな、と戦闘中にも関わらず気が逸れてしまう。
同時に集中力も爆上がりしているからここはさすがAランクといったところだろう。
その後もユウは積極的に攻撃を仕掛け、少しずつ着実に魔物の体力を削る。意外にも攻撃が単調な魔物は自身のブレスや猫パンチ的なものが全くユウに当たらなくなり苛立ちを募らせていることが雰囲気に出ている。
「はい! そこォオオオ!」
苛立ちのせいか動きが雑になっている魔物をユウの愛刀が捉え始めた。
一撃一撃を丁寧に放つ彼の動きはまさに舞のようで多くの視聴者女性の心を射止めたのは別の話。
「GYA……」
「なかなか楽しかったよ(やば、気持ち良い……)」
最後の一撃で綺麗に魔物の首を斬り落とし、戦闘は終了した。
「みんなお待たせ。ゲート処理終わったよ。ちょっと怪我したから今日はこのへんで引き返すかな」
――ユウくぅぅぅーーーん!!
――かっこよかった!
――怪我、大丈夫?
――汗かいててセクシー……
――国宝にして
――こんなん見せられたら頭壊れちゃうよ
――くんかくんかくんかくんか
――【協会公式】撤退後速やかに協会へお越しください。すぐに腕の治療をします
――治療師になりてえ……
「(協会へは何にせよ行かないとならんけど……まだまだ配信してたいなぁ……でも仕方ないか)」
「それじゃ、今日はここで配信を終わるわ! またすぐやろうと思うから絶対見に来てな」
――えぇ、もう終わっちゃうの!?
――まだまだ見てたいよぉ
――【協会公式】では、待ってますのでよろしくお願いします
――え、協会で働けばユウくんに会えるってまぁじ?
――協会とかエリートすぎて書類すら見てもらえねえっての
本日最終同時接続30174。
「(三万超えてるじゃんか! やった!)」
「三万人のみんな! 本当に今日はありがとうね! おつかれさまっ!」
――おつかれ!
――帰りも気をつけてねー
――乙乙! 待ってるよ
――30回は絶頂したお……ありがとう
――笑顔で最後に脳破壊助かる
――おつかれさまぁ!
「んで、これをっと」
ユウはスフィアの接続を切り、初配信を終わらせた。初回配信で三万人を超えるリスナーを集めた彼の心はかなり満ち満ちていた。
「はあ、気持ち良い。俺はこれを求めたんだなぁ」
多くの視線に注目され、ちやほやされ、自己承認欲求が充足されていく。
彼の頭はもう次の配信のことでいっぱいだった。
「とりあえず協会寄って帰るか。次は部屋で配信しよ」
脱ぎっぱなしだったTシャツを着て、軽い足取りでダンジョンをあとにする。
実はこの配信、アーカイブ保存がされない設定になっており、奇跡の配信として語り継がれることをユウは知らない。
そして、リアルタイムでライブ配信を録画した優秀なリスナーによる切り抜き動画が多くの女性の脳を破壊し、大いにバズっていることも知らぬまま。
このことを彼が知るとき、自己承認欲求が満たされすぎて彼自身の脳が破壊されるかもしれない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます