貞操観念逆転世界の異端者、配信を始める

ぽぽろん

初配信①

 キシド ユウは悩んでいた。

 今の生活は正直不便はない。男性保護法による月一回の義務である、管理局に精子を提供するだけで何一つ働かずとも食べていけるからだ。

 日本の男性で働いている者など激レア中の激レアである。もちろん彼も例外ではなく、定職には就いていない。


 しかし、彼の心は今の生活に満足していなかった。何が足りないのか、という自問への答えはずっと出ず、とにかく体を鍛えてみたり、周囲の反対を押し切ってダンジョンアタックに挑戦してみたり様々なことを試すも最終的に充足感は得られなかった。

 特にダンジョンアタックは事故も多く、最悪命を失う危険性もあるものだが、そのヒリツキすらもユウを満たすことはなかったのだ。


 ユウのダンジョンアタッカーライセンスは男性では異例のAランクであり、才能の上澄みともいえる立ち位置まで努力で登り詰めていた。

 ライセンスの昇格は完全実績主義であり、彼の実力は男性忖度されたものではない。

 余談だが、日本において男性のダンジョンアタッカーは片手で数えられるほど少数で、ユウは国の特別許可のもとダンジョンアタックをしている。


「何か新しいことはないかなー」


 部屋でスマホをいじりながら独り言を呟く。


「ん? 新しいコンテンツか、これ」


 よく見ている動画アプリに新コンテンツである『ライブ配信』が追加されていた。

 ライブ配信アプリは沢山あるが、ユウはあまり興味がなく、リスナーとしてもこれまで触れたことのないコンテンツであった。


「へえ、ダンジョン配信か。どれどれ」


 新コンテンツということだけあって大量のライブ配信があるわけではないが、たまたま目についたダンジョン配信を視聴してみることにした。


『今日は初配信! 渋谷D18ダンジョンにきてますー!』


 配信者はもちろん女性。ユウは特にコメントをするわけでもなく、ただぼーっと視聴していた。


『私はCランクなのでこのダンジョンは余裕ですよ! じゃあ進んでいきますねっ!』


 怪我に気をつけて、というコメントにリアルタイムで返事をしながら配信者はダンジョンの奥へ進んでいく。

 彼女は時折雑談をしながら魔石を採取し、比較的まったりした配信を続けていた。


「……待てよ」


 ユウは気付く。男である自分が配信をすれば世間から注目されてもっと人が集まるのではないか、と。

 そして、めっちゃちやほやされるんじゃないか、と。

 突然これまで感じたことないような胸の高鳴りを覚える。沸々と湧いてくる自己承認欲求に突き動かされ、すぐに彼は配信の下準備について調べ始めた。



◇◇◇



 それから一週間。ユウは必要な機材を揃え、いつでもライブ配信をできる状況にまできていた。


「よーし、いくぞ」


 目的地は八王子A1ダンジョン。ここは超不人気ダンジョンであり、探索が進んでいないのだ。不人気の理由はとても単純で、魔石等の素材に乏しい、魔物が強く危険だからだ。

 ユウとしては初配信のインパクトのため、あえて未探索領域の多いこのダンジョンを選んだ。

 実際は、男性配信者というだけでとてつもないインパクトなのだが。


 出発して約一時間が経ち、ユウは女性に絡まれることもなく目的地へと無事到着した。

 彼の場合は絡まれても襲われることなく返り討ちにできるだろうけど。

 ただほとんどの男性にそのような力はなく、最近は女性による性犯罪が増えており、男性への外出を控えるよう注意がなされているほどだ。


「相変わらず誰もいないな……」


 閑散とした八王子A1ダンジョンの入り口で彼は“スフィア”と呼ばれる配信専用の機器を起動する。これは音声機能完備の追尾カメラのようなものだ。

 すぐに動画アプリの“ゲラゲラ動画”を立ち上げ、ライブ配信のテストを始めた。


「問題なさそうだな。やべえ、楽しみすぎるわ」


 映像に問題はない。自称中の上はあると思ってる自分のカメラ映りもオッケー。

 配信タイトルを【男とイクダンジョン探索】と設定し、いよいよ初配信をスタートする。


 同時接続43。


 ちょっと物足りないが、配信直後であるにも関わらずこの人数が集まっていることにユウの胸はキュンとする。


「どうもー。今日初配信のユウです。みんなよろしくね」


 背後のスフィアへ振り返り、笑顔で挨拶をかます。これが自己承認欲求の鬼を目覚めさせる第一歩であった。


――え?

――お、お、おとこ?

――やば、釣りじゃないとか

――私に笑顔を向けたとかマ?

――イケメンやんけ……

――耳が破壊された


 配信者がショートカットの女性ではなく、マジな男性だとわかった瞬間、コメントが荒ぶり始める。

 ユウはこれをみて心の隙間が満たされるような気持ち良さを実感していた。


「(やべえ、俺、見られてんのか……)」


――これはダンジョンでの擬似デートですか?

――おパンツ脱いだよ

――同接いきなり増え始めた。誰だよ宣伝したバカ

――全裸待機


 同時接続239。

 配信を初めて数分でいきなり三桁の同接にドキドキは更に増していく。


「じゃ、お姉さんたち、早速探索始めちゃうねー」


――あ、ここ八王子?

――ねぇねぇママって呼んで

――たぶん八王子A1かな。リア凸すんなよ。素人だと死ぬぞ

――んぁぁ♡ユウくん♡わたしのことみてりゅ♡

――てめえじゃなくて私を見てんだよ


 すでにヤバいコメントもちらほら散見されるが、ユウにとってはこういったコメントも不快ではなく、自分に向けられたものだと思うと興奮していた。

 絶食系男子が大半である世の中において、彼は自己承認欲求に目覚めてしまった異端者なのだ。


「そんじゃ、奥に進んでいきまーす」


――おいおい、こりゃ捗るわ

――あたしの奥に進まれちゃってるぅ♡

――切り抜きはまだですか?

――今日のオカズは確定やんね

――パンツ逝った


 世の女性はほとんど男性をみる機会などない。男性保護法によって外出せずとも満ち足りた生活を送ることができるし、外で浴びせられる女性の視線に耐えられる男性などそうそういないからだ。

 そんな中突如現れた男性配信者。映像とはいえ、リアルタイムで男性と接し、眺めることのできるこの配信は女性からすれば奇跡のようなものであった。


「ほいさ」


 道中出会う魔物はユウの愛刀によって難なく斬り伏せられる。


――あ、いま腹筋見えた♡

――えっちすぎる

――R18すぎてお姉さん、イっちゃう

――筋肉ごちそうさまです


 同時接続852。

 あと少しで四桁に届く。ユウはダンジョン探索よりこの数字ばかり気にしていた。


「わー、こんな沢山の人にみてもらえて俺、めっちゃうれしー! ありがとね」


 もちろんダンジョンの探索も忘れてはいない。まだ未探索領域ではないから気楽にやっているが、未探索領域となると今のように緩んだ気持ちではいられないのだ。

 それだけは念頭に置きつつも、やはり見られる気持ち良さはたまらない。


「あと、えっちなコメントもあるけど、BANされないようにね? コメント減ると寂しくなっちゃうからさ」


――ナニのせいでコメント減ってると思いますよ

――もう5回イッた

――未探索領域までいくんですか? ソロだと危険すぎません?

――私の未探索領域も探索して♡

――コメントがカオスで草


 ダンジョンに関わるコメントがレアなほど、変態お姉さんたちのコメントばかりで溢れかえっている。

 しかし、ユウは満ち足りていた。配信を通じてとはいえ多くの目に晒され、注目される。

 自分という存在が明確に認められている、ということに胸が高鳴っている。


「あー、俺いちおAランクだから心配しないでね。未探索領域じゃなければ多分怪我もしないから」


――やっぱりAか……身のこなしが男性じゃない

――管轄管理局教えて! 子種ほちい♡

――↑さすがにBANされるぞ、控えろ

――イケメン、筋肉、Aランク、えっち許容、かみさまですかぁ?

――彼女はいますか!?


「彼女はいないよ、いたことも……ないかな?」


――ふぁ

――子宮が疼いた

――むり、おぱんつべちょべちょ

――見抜き、いいっすか?

――露骨にコメント減ってるやん

――コメントより自分を慰めるのに必死で草


 同時接続3814。

 気付けば平日の昼にも関わらず同接は5000も射程圏内に入るほど伸びていた。


「(たまんねえな、これ)」


 止まることのない胸のドキドキと共にユウはさらにダンジョンの奥へと進んでいく。

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