礼拝堂に行こう
ラーメン屋のバックヤード、ソファで寝転がっていると背もたれの向こう側から若い女の首が突き出てきた。
長い前髪を垂らした女が、茶色い髪の隙間から恐ろしい眼光を見せつけてくる……。
「マツバさああああああん……」
「ぎゃあああああ!! 出たーーーーー!!」
「出た、じゃないですうぅぅ……。今日は私と一緒に礼拝堂に行くって約束してたじゃないですかぁ……」
ニーナに恨めし気なか細い声で言われて寝ぼけ頭で思い出す。
「えっ、もうそんな時間?」
ここラプセルは宗教国家で、街や村には礼拝堂が必ず一つあり、都市単位になると礼拝堂を束ねる聖堂が必ずある。
病院や産院、孤児院も兼ねているところが多く、中で働く司祭たちは皆医療技術にも長けている。
神が造ったとされるオーバーテクノロジー超科学機械があちらこちらに残っているラプセルでは、科学と宗教は密接に結びついているどころか、科学=宗教そのものなのだった。
「わざわざ家の近くの礼拝堂じゃなくて、マツバさんのいる街まで出てきたんですからぁ……。マツバさんがいなきゃ、私……迷子になってしまいますぅ……」
礼拝は強制義務ではなく、国民が自主的に参加するものだが時々ちょっとしたイベントもあったりする。
今月、俺が住んでいる街では毎週礼拝に参加した者に、神樹跡地保護区の砂が配られるらしい。
夏休みのラジオ体操のスタンプカードのようなものだ。
それがニーナのお目当てだという。
ニーナは街には不慣れなので毎週俺がついていってやってて、今日が最終日だった。
人の多い市場を抜けて木と茂みの多い広場に出ると、池の向こう岸に白い円屋根の建物が見えてくる。
藤に近い種類の木が柱代わりにずらりと並んで空を花ののれんで覆い隠し、風が吹く度に花びらが舞い上がった。
聖堂と比べると規模は小さいが、礼拝堂も奥の人が集まる場所まで出ると幾何学模様に散りばめられた壁画が天井近くまで広がっていて結構な迫力を感じさせる。
讃美歌と司祭のありがたいお話とお祈りを済ませて(俺は八割目を開けて寝ていた)、最後に司祭らの前に皆並んで御印帳に御印を押してもらう。
「それ持って帰ってどうすんの?」
「大事にしまって……つらいときとかに時々箱の上から擦って、元気をもらいますぅ……」
これでめでたくニーナも俺も神樹跡地の砂をもらった訳だが、野球も宗教も興味のない俺にとっては甲子園の砂と同じぐらいの価値しかない。
ちなみによその砂を神樹跡地の砂と騙って取り引きしようとしても、すぐ成分分析で違うとバレて逮捕されるんだとか。
実にハイテクな宗教である。
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