第22話 短歌のチカラ

「そうか、山田くんは大学時代もずっと野球部だったんだ。すごく格好良くなったから、キラキラサークルのメンバーになったのかと思ったよ」


「そんなわけないだろう。僕は高校最後の夏の試合が不完全燃焼で、馬鹿だった自分にリベンジしたかっただけだよ」


「リベンジ出来たの?」


「リベンジは出来ていないけど、不完全燃焼は解消出来たかな。四年生の時にショートのレギュラーを掴み取って、春の総当たりの勝ち点で準優勝できたよ。

 でも、大学リーグはプロで活躍してもおかしくない奴がゴロゴロいてね、残念ながらトーナメント戦と秋季大会は駄目だった」


「総当たりって、トーナメント戦じゃないんだ」


「トーナメント戦もあるけど、大学リーグは春と秋で6から8校の総当たり戦なんだ。僕たちのブロックは8校。春は成績が良かったけど、いつでも勝てるほど甘くはなかったね。サト先生は大学で、短歌のサークルに入っていたの」


「ううん。私の大学には文芸も短歌もサークルがなかったから、講義と自宅の往復で終わったわ。人付き合いが苦手だったから、どのサークルにも所属しなかった。それでも、短歌は続けていたよ。主にSNSとWEBで投稿してた」


 レモンサワーの弾ける泡を見た。


「でもね、今はそれを後悔しているの。一人で作歌していると、表現できる世界が萎んでいくの。新しいことを何もしていないから、私の手の届く範囲しか見えていなかった。奇をてらった言葉を使ったり、乱暴な言葉やあざとい言葉をを使ったりしても、結局のところ、自分の腑に落ちていないから、ちっとも良くない」


 ひと口飲んだレモンサワーの酸っぱさが口に広がる。


「それに要領も良くないから、結局、就職活動も失敗してね。会社には派遣で来ているの。契約が切れたらおしまい。

 でも、この会社に来れて良かった。私ね……春から歌会に参加しているの。指導役の主任が主催の、小さな歌会なんだけど、毎回いろんな事が起きて、知らなかった事や新しい見方を教えてもらって、すごく楽しい。お酒を飲みすぎるのは玉に瑕だけどね」


 もくもくと唐揚げを食べながら、黙って聞いていた山田くんは、三杯目のビールを飲み干した。


「僕はサト先生には感謝してますよ。大学の野球部は厳しかった。高校で何も実績がなかったから、同期が五十人いる部員の一番下っ端から這い上がるしかなかったんだ。同じような境遇の仲間が辞めていく中、僕にはサト先生が教えてくれた短歌があった。僕の短歌の中で、唯一褒めてくれた野球の歌を作歌しているうちに、努力以外の余計な気持ちの整理が出来たんだ」


「短歌を続けてくれたんだ……でも、それは山田くんの努力の結果であって、短歌にそんな力はないよ」


「短歌とは気付きだと、サト先生が教えてくれたじゃないですか。当たり前と思っていたものにも、全てに何故と意味があると。それを見つけた時の感動が素敵な歌になると。

 野球部には先輩たちのシゴキや暴言、無茶な命令、宴会では素っ裸になって踊る謎の伝統まであった。同期には時代遅れだと怒って、拒否した奴もいたが、僕はなんでこんな伝統が残っているのかが疑問だった。分からなければやってみるしかない。一番にスッポンポンになって、適当に尻振りダンスを披露してやった。その内、同期の中からもやけになって踊る奴が現れ、なぜか先輩たちも裸になって踊る、理由のわからんバカの宴会となったんだ」


 なにその地獄絵図。絶対に参加したくない。


「その日以降も暴言や命令はあったが、仲間として受け入れられたよ。一年で裸踊りをしたのは十五名。最後まで残ったのも、その十五名だったよ」


「一度、二つ上のエースでキャプテンだった先輩に、あの伝統はなぜあるのか聞いたことがあるんだ。その時の回答が、ケツの穴を見せあった奴にしか、後ろは任せられんだってさ」


 下品でごめんねと謝ってから、


「馬鹿だとは思うが、結束するには効果的なやり方だと気付いたよ。辞めていった同期は耐えられなかったが、僕は短歌を通じて、気付きを探す癖がついていたから、結構、楽しめたよ。それを教えてくれたサト先生には感謝しかない、ありがとう」


 店員さんから追加注文したビールを受け取り、ぐびっとひと口飲む。


「他にも理不尽な事は沢山あったけど、今ではみんな、大切な笑い話さ」


 にっこり笑って、ジョッキの半分まで一気に飲んだ。


「だからこそ、サト先生に会いたかった」


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