二〇二四年七月の会 思い出はゴーヤ味

第20話 うわさ話

 最近、会社で視線を感じる。

感じる視線の方を向くと、さっと顔を背ける男性社員たち。それも一人や二人ではない。

 こ、これは、伝説のモテ期というやつではないか。五月から始めた遅いお肌のケアに、二十三歳の若さが応えてくれたのかもしれない。

 なんて有頂天になっていたら、


「そんなわけないでしょう」


 歳が近く、一番仲が良い同僚の畠山未来はたけやまみく先輩にバッサリ切られた。

 ええー、夢を見たっていいじゃない。ぐすん。


「これって社内で流れている、鶇ちゃんが北壁が隠している謎の美女だと噂のせいでしょう」


「なんですか、その悪意に満ちた噂は……。私が美女なんて評価は、生まれてこの方一度もありませんよ」


 自分で言っていて悲しくなる。


「でも鶇ちゃんは顔が小さいからね。いつも掛けている丸眼鏡で顔の半分隠れているし、前髪も長め、眼鏡の度もきついし、よく見ないと分からないのよね。それに化粧っ気も無いし……お肌はきれい……これが若さか、こいつめこいつめ」


 未来先輩は頭をぐりぐりする。痛い痛い。


「先輩とは二歳だけしか歳は違わないですよね。若さは関係ない……痛い痛い」


「鶇ちゃん、会社入るまで化粧したことないでしょう。大学でもサークルに入っていなかったと、前に言っていたし」


「バイトもしていません。変な虫が付くからと、父が許してくれなかったので。でも、本代は全て出してくれたし、お小遣いもくれたので、特にお金には困らなかったです。それから、私だって化粧ぐらいします。口紅だって二本持っていますし、最近では保湿クリームを使っています」


「そんなドヤ顔されても、それは化粧とは言わないでしょう。……最近って、彼氏でも出来たの?」


「ふっ、私は未来を垣間見てしまったのです。このままだと、三十歳を待たずして、アラフォーになってしまう未来が……」


「それって、雲井主任のこと。確かに私も実年齢を聞いたときにはびっくりしたしね。でも、雲井主任のこと、狙っている娘は多いよ」


「えっ」


 知らぬ間に世の中は枯れ専ブーム?


「うちは一部上場の五千人規模の会社よ。そこで三十歳で主任ってことは、優秀なエリート様でしょう。仕事は丁寧だし、落ち着いた優しい口調だし、知的な雰囲気が眼鏡と合っているし、よく見ると七十五点くらいのイケメンだし」


 かなり良い評価である。フツメンとイケメンの境界は何点なんだろうと、しょうもないこと考えていた。


「あれ、未来先輩って、彼氏がいませんでしたか?」


「いるわよ。大学生の時からの付き合いだから、もう五年になるのか……でも、あれと結婚して幸せになれる将来が見えないんだよね。言っていること、やっていることが子供だし、昔は可愛かったけど、今は頼りないと言うか」


 けちょんけちょんである。彼氏の事をあれ呼ばわりするあたり、熟年夫婦の域ともいうが。


「それよりも、鶇ちゃんに感想を聞いた小説。美中年顔の青年をネコにしたのを公開したら、凄く評判が良かったわよ。また協力して」


 そう未来先輩は素人BL作家なのである。

 男同士のカップルを見て、私がうっかり砂を吐きそうとこぼしたのを目聡く聞いて、同好の士と認定されてしまった。そして、その日の内にお互いカミングアウトし合ったのだった。

 その流れで厳重に封印していた、衝動のまま作歌した、BL短歌の存在をつい話してしまい、その一首を披露した。



空白の熱いパトスは獣なり

厚い背中の汗に噛みつく



 未来先輩は狂乱するほど喜んでくれた。

 何度もおかわりを要求され、結局、お蔵入りの二十首全ての歌を披露することになった。

 すっかり満足した未来先輩に、短歌に行き詰まりを感じ、歌会に参加したいけど踏ん切りがつかないと相談すると、雲井主任が歌会に参加していることを教えて貰い、聞いてみたらと助言をくれたのだった。

 その後はなんだかんだと歌会に参加し、今に至った訳だか……。


「でもまあ、雲井主任ゲット杯は、出遅れていたはずの鶇ちゃんが、団子になっていた先頭集団を振り切って、一馬身リードかな。私は応援に徹するよ」


「私と雲井主任はそんな関係ではないですよ」


「同じ趣味を持つだけでも相性が良いのに、優良物件なんだから狙ってみたら?」


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