第5話 告白(前編)

 家に帰ると、携帯にテクストメッセージが入っていた。送り主はマリアンナ・キャヴェンデールで、「正人さんですか? 今日は突然ごめんなさい」というシンプルな出だし。

 中庭で出逢った時、いろいろ聞かれるまま連絡先を教えていたのを思い出した。が、続くメッセージは想像を超えていた。


〈正人さん、正直に言いますが、あなたのことが好きになってしまいました。もしかすると、一目惚れというのかもしれません。急な感情に、自分でも戸惑っています。


〈今日初めて会ったばかりで、こんなことを言って困らせるかもしれませんが、もし良かったら、明日一緒にお昼ご飯を食べに行きませんか?〉


 手に持ったスクリーンを見つめながら、正人は驚きに打ち震えた。それはどう見ても、愛の告白だった。

 まさかの展開に心は乱れた。学園のアイドルとでも呼ぶべき彼女が、出逢ったばかりの僕にこんなことを言ってくるなんて。いったい何が起こってるんだろう?


 現実を受けとめられず、頭を冷やすために風呂に入ることにした。いつもはリラックスできる熱い湯も、心の混乱を鎮めるのにあまり役には立たなかった。


 少しさっぱりとして、いまだ戸惑いながらも、正人はスマートフォンを手に取った。


「わかりました……、駅で会いましょう、っと」


 ためらいがちに返事を書き、メッセージを送ると、これが正しい選択だったのかどうか心の中で疑問が渦巻いた。本当に魔法の効果が作用しているのか、それとももっと別の何かなのか?


 疑問は尽きなかったが、真実を知るにはこれしかなかった。まだ全てが信じられないけど、これから何が待ってるのか、ちょっと楽しみになってきた。


☆★☆★☆★☆


 翌日、心の中は緊張と期待でいっぱいだった。マリアンナとのデートの日だ。

 正人は待ち合わせの駅に早めに着いて、彼女を待っていた。


「ちょっと早く来すぎたな。………」


 ここ公ノ森きみのもり市は、風光明媚な日本の田園地帯に、現代的な家々と、西洋のミスティシズムが息づく町だ。


 緑ゆたかな山々に囲まれ、麓の方には温泉が湧き出している所もある。駅をいくつか越えれば海へも行けて、そちらは観光客で賑わっているが、幸いにしてこの辺りまで足を伸ばすことはほとんどない。おかげで公ノ森の町は、地元民や幾ばくかの旅人しか知らない隠れ処といった趣きをとどめている。

 そんな場所に、どうして正人の通う聖エルドラン学院はあるのか?

 語り伝えるところによれば今から100年以上前、『美しい自然が美しい魂をはぐくむ』という考えで、山あいの寒村に建てられた修道院が始まりという。

 詩人たちが田園風景に憧れを抱いていた時代だ。創立者である聖エルドランは多くの奇跡を成したとかで、いまでも聖人として讃えられている。


 町に往き来する人々を見ながら駅前で待っていると、前にも誰か、こうやって人を待っていたことがあるような気がしてくる。あれは誰を待っていたんだっけ? マリアンナではないのは確実だけど(なんたって今日はじめて会う約束をしたのだから)……。小さい頃に、まだ健在だった両親が迎えに来るのを待っていたのかもしれない。


 しばらくして、マリアンナがやって来た。雑踏の中から正人を見つけると、華やかな笑顔を浮かべながら近寄ってきた。


「急な誘いだったのに、今日は来てもらえて嬉しいです、正人さん。お待たせしてしまいましたか?」


 彼女が微笑むのを見て、正人の心は少し和んだ。約束はしたけど、もしかしたら――実は悪ふざけだったとかの理由で――彼女が来ないのではないかと思ったのだ。


「ううん、平気。ついさっき来たところだから」

「そうなんですね? よかった…。では、行きましょうか」


 この時まで落ち着いて接する機会を得られなかった正人は、はじめてマリアンナという少女のことを間近で、臆せずに見ることができた。


 鮮やかな長い金髪は両側を後ろに上げて留め、美しく整えられている。白いレースのカーディガンに、パステルブルーのシフォンワンピースという上品な出で立ちで、頭に白いベレー帽を被っていた。そこには、やっぱり青い薔薇が挿してある。


 並んで歩くだけでも、彼女の放つみやびやかなオーラにドキドキしてしまう。『こんなの初めてだよな…』と正人は心の中で呟いた。



 2人が辿り着いた先は、路地裏にひっそりと佇むカフェだった。看板には〈喫茶アルカディアン〉とある。

 そわそわとした気持ちでカフェの中を見わたすと、木の温もりを感じる落ち着いた内装に癒された。壁にはカラフルな抽象画が飾られ、静かなジャズが流れていた。


「これって、どこに座ってもいいのかな?」

「ええ、きっと。どこか座りたい席でもありました?」

「あ、いや……。こういうの、慣れてなくて」


 正人は余計なことを言ってしまったと思い恥じらったが、そう言って頬を掻く様子が微笑ましかったようで、


「うふふ、そうでしたか。実は、わたしもここは初めてなの。一緒ですね?」

 と隣へ出てきて、一緒に窓際のテーブルを取った。


 注文したコーヒーと紅茶を飲みながら、2人は色々な話をした。マリアンナは趣味や学校のこと、将来の夢について熱心に語った。正人も、彼女の話に耳を傾けながら、時々自分の話も交えた。


「正人さんはどんな音楽が好きですか?」

「えっと、……ジャズとか、落ち着いた音楽が好きかな」


 本当はジャズなどほとんど聴かなかったが、咄嗟のことで思いつかず、かかっていたのを答えてしまったのだった。


『わぁ…。あとでジャズのこと調べとかないと。ネットで聴けるかな?』


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