第3話 グッチ金融

神谷一成を最初に「金を貸してくれ」と恐喝した二年生の時、大矢たちが受け取った金額は五千円だったし、6月の修学旅行で帽子にシミをつけたと因縁をつけた時に要求したクリーニング代も五千円で中学生のカツアゲとしては妥当な金額だった。



だが、一成がそれまで小遣いなど二、三十万を預金していることを知られてから金額が跳ね上がる。

1999年6月21日、大矢に呼び出された一成は19万円というこれまでとは桁が違う金を脅し取られた(額が中途半端なのは一万円返してもらったから)。

いかさまマージャンで負けた分が含まれていたが、犯行グループはこれで味をしめるようになり、それからの恐喝は十万単位になってしまう。

だんだんと事件が超中学生級の悪質さになっていくのはこのころからである。


一方の一成の家庭は父親を三年前に亡くした母子家庭であり、唯一の保護者である母親は修学旅行の後あたりから息子の様子がおかしいことに気づき始めていた。

7月の時点で預金からごっそり50万円の金が消えていることと、修学旅行以来学校へ行かなくなったことから何かあるに違いないと確信。

当然このままではいけないと思い、まず相談したのは学校だったが、そもそもこの学校の教師たちは頼りにならなかった。

生徒指導をする気が全くなく、不良を校内外で放し飼いにしている同校は最寄りの警察署である緑署に行くことを勧めたのだ。


そしてこの緑署もボンクラだった。

50万円という中学生にしては明らかに異常な金額を引き出したことについて一成に聞くと、「ジュース代に使った」とか「マージャンの負けの分を払った」と言い張るばかり。

緑署はそれを鵜呑みにして「貸し借りじゃ事件にならん」と突き放したのだ。

カツアゲされていると言うのはプライドが許さなかったのもあるだろうが、何より大矢や赤井たちが怖かったという一成の心の内を見通せなかったのは、加害者に怯える多くの犯罪被害者を見てきたはずの警察としては失態ではないのか。


そして決定的だったのが、緑署に行ったことが一味の者にバレてしまったことだ。

その日のうちに携帯電話で一成は近くの公園に呼び出され、大矢たちから殴る蹴るの暴行を加えられた。

しかも一味の中には扇台中OBで大矢の二コ上の大先輩・中村昭雄(仮名・17歳)も控えており、一成を近くの用水路のフェンスに上らせて用水路に落とそうとしたのだ。

さすが大先輩、暴力の悪辣さが中学生とは段違いである。


「コラ!テメー、ナニをタレこんだんじゃ!!おおん!!?」

「何も言ってません!言ってません!やめてください!!!」


この出来事は決定的だったようだ。

一成はこの恐怖で心が壊され、以降は大人に助けを求めることができなくなり、彼らの奴隷と化す。

それから母子は自動相談所にも相談に行ったが一成は恐喝されていることには固く口を閉ざし、担任の教師も家庭訪問などで対応したが本人が沈黙する以上役に立てるわけがない。

どこへ相談してもムダで、一成も母にすら心を閉ざしてしまったために神谷母子は孤立無援になっていたのだ。


大矢たちは8月ごろまではいかさまマージャンでハメて、そのかけ金の回収を面目に恐喝をしていたりもしたが、そのうち暴力をふるって、ただ一言「金を持ってこい」と言えばこと足りることに気づく。


暴力の力は絶大だった。

殴りつけ、蹴り上げ、タバコの火を押し付ける。

情け容赦ない暴力により、公園でのリンチですでにヒビが入っていた一成の心は一気に崩壊する。


不登校で彼らと顔を合わせないようにしようとした一成も家から引っ張り出され、彼らと行動を共にすることを強いられた。

一緒に行動していても仲間ではない。

言いつければ金を持ってくる奴隷だ。

奴隷はご主人様と対等であってはならないから、ちょっとでも親しげな態度をとったらお仕置きが待っている。


一成は以前よりタレントのグッチ裕三に似ていたことから「グッチ」と呼ばれていたが、大矢からは脅したり殴ったりすればすぐに金を持ってくることから「グッチ金融」と呼ばれるようになった。

しかも「グッチ金融」の利用者は扇台中学在校生の面々だけではなく、夏ごろからは同中学を卒業した一コ上の先輩や友好関係にある他の中学のヤンキーも加わるようになる。

もちろんその金は遊興費ですぐに溶かしたのは言うまでもなく、なくなったらなくなったでまた「グッチ金融」を利用すればよい。

 

こうして大矢たちに心を支配された一成は母や姉の預金からだけではなく、三年前に死んだ父親の死亡保険金にも手を付けるようになるのだ。






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