C2-2 一寸先は悪夢
リビングの隅の大きな箱から取り出されたのは、鈍色のガントレットだ。そして、フォランはそれを進の左腕につける。端っこには輪っかがついていて、それを締め付けることでガントレットは腕と固定される。
「そういえばそんな魔道具もあったな。忘れたけど」
「イカす」
「重た! なにこれ?」
「いいから、これもつけて」
青色の石がついた首輪を渡される。吸い込まれそうな澄んだ色だ。進はそれを首につける。すると石が鈍く輝き出す。
「つけてどうなるって・・・・・・うおお!?」
左手が動く。自分が思った通りに。どうやらこの首輪を介し、持ち主の意思を命令としてガントレットに送っているようだ。
「す、すげー! これって義手じゃないか。しかもすごいハイテクな」
「そう。五キロくらいあるけどね」
「五キロ・・・・・・」
かなり重たい。常に筋トレをしているようなものだ。
「あと、壊れやすいから乱暴に扱ったらだめよ。ゆっくり慎重にね」
「・・・・・・もっといいやつないの?」
「ないわよ」
フォランが我儘言うなとばかりにぶっきらぼうに答える。進は表情が虚しくなる。
「不便だけど、ないよりは遥かにマシか」
「右腕と両足もあるから、そこもぶった斬られても大丈夫よ」
「何も大丈夫じゃないだろ・・・・・・」
こんな重たいものを何本もつけてられらない。というより、フルセットがあるということは、彼らは両手両足を失っても戦うという決意を持っているのだろうか。そう考えると、少しゾッとする。
「じゃあ二人とも色々頼んだわよ。私は姉さんといろいろ話してくるから」
「そうだな・・・・・・じゃあまずは掃除から一緒にしようか」
「過去の話、聞かせて」
「あ、うん」
進は慣れない義手をつけて家の掃除をし始める。この家は築数年といったところだろうか。建ってから新しい印象を受ける。フィクションでしか見たことのないような上品な階段、家具、蝋燭、絵や置物。ファンタジーが好きな進は、歩いているだけでワクワクしてしまう。
掃除中に進は、自分の過去と住んでいた世界の内容を話す。二人は小説でも読むかのように純粋に楽しみながら聞いてくれた。やはりこの世界との乖離が激しすぎて信じてもらえなさそうだが、いくつかこの世界と同じものはあるようだ。
「銃はこの世界にもあるな。火薬じゃなくて魔法を撃ち出すんだけど」
「へぇ、面白いな」
雑巾で窓を弾きながら、話を続ける。どうやら異世界であっても同じ人間同士発想は同じらしい。似たような発明は多々あるようだ。
「スマホ、私、ほしい」
フレナの話し方は、言葉使いや間の取り方が独特な印象を受ける。選ぶ単語は短いものが多いが、全体的に伸び伸びと間の長い話し方。おっとりしているというか、天然とでも言えばいいのだろうか。
「端末だけあっても電波がないからどこにも繋がらないよ、多分」
フォランやメリアと違い、二人は好意的かつ真剣に聞いてくれる。真剣に聞く方がおかしいのかもしれないが。
「二人とも、信じてくれるの? 俺の話」
「正直、俄<にわか>には信じられないよ。物理的な法則とかはこの世界と同じだから、それをベースに作られた記憶って感じがする。フォランも言ってたけど、魔法で進の頭が混乱してるんじゃないかな」
果たしてどちらのほうが夢かうつつか。今はどちらも現実と信じて生きていくしかないが。いずれの世界にせよ、辛いのはなんとかならないものか。
「だとすれば、この顔の造りとか服装とかどう説明がつくんだろ」
「別大陸から来たっていうのが一番納得できるかな」
「進はいい絵本、書けると思う」
「絵本か・・・・・・」
確かに何かしら元にいた世界をベースに、何か書籍を出してもいいかもしれない。売れる気がする。こんな理不尽な目に遭ったのだ。少しくらい元の世界にいた恩恵を享受してもいいだろう。まともな出版システムがこの世界にあればの話だが。
「ところで進は、俺たちが何をしているのか知ってるのか?」
「うん? ああ、メリアから聞いたよ。テロリストだって」
「そうか・・・・・・巻き込んでしまってすまない」
ラハムの面持ちは罪悪感からか、とても暗い。それは彼が善良な人間という証明でもあるが。雑巾で拭いたガラスが綺麗に彼の曇った表情を映し出す。
「いいよ。戦うわけじゃないし。それに、村に留まってても安全じゃない上に、何も始まらないよ」
「ポジティブ」
フレナはいい子だね、と言わんばかりに進の背中を軽くポンと叩く。その柔らかい手といい匂い、不規則な行動から進はドキッとするが、フレナ本人は無表情なので困惑してしまう。
「でも、そんな重大な秘密を俺に話してよかったのかなって思う。今更だけど」
「進はみんなを助けた、いい人だからな」
「聞いたのか、村での話・・・・・・」
思わず目線を逸らしてしまう。一応誇りには思っているが、言いふらされると気恥ずかしいものはある。
「もちろん。それに、姉さんのつけた札をずっとつけてるし」
「え? 札?」
「聞いてないのか? それをつけてると、姉さんは相手が今どんな感情を抱いているか大体わかる。裏切ろうとしてるなら、すぐに気づける。悪意や敵意が分かるから」
「な!?」
そんなことは一言も聞いていない。ただの翻訳機だと思っていたが、それ以上の役割があるようだ。やはりメリアは腹黒い。
「あの女・・・・・・尋問も必要なかっただろ」
思わず悪態をついてしまうほど進は怒る。当のメリアは尋問によって、進が本当に魔法が使えないのかギリギリまで追い詰めたて確認したかっただけだが、やはりタチが悪い。テヘペロとメリアがウインクをする姿が想像できてしまい、さらに苛立つ。
「やったれ、やったれ」
「煽るなよフレナ・・・・・・」
「ふん、まあいいさ。皆の国に行くまでの付き合いだろうし。俺は何の訓練も受けてない一般人なんだから」
膨れっ面で進は淡々と話す。感情的になってしまったが、事実、自分が戦いで何ができるわけでもないだろうと考える。ただの素人なのだから。
「でも、俺たちと一緒にいる時点で常に危険は伴う。顔はバレてないが、お尋ね者であることは間違いない」
「それはそうかもしれないけど・・・・・・」
ーーあなたの意思通りにはならないわ。きっと
あの村で出会った女性の声が響く。同時に胸がざわめく。
「あんたたち、武装を整えて表に出て!!」
突然メリアの荒々しい声が聞こえる。どうして嫌な予感だけは、こうも正確に当たってしまうのだろうか。
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