C1-8 走馬灯
進の予想は的中している。まるで缶詰を開けるかのように、床をくり抜き始める。確かに木造で、さほど堅牢ではなく、落とせないことはない。だが、考えられるからといって普通実行するだろうか。
「窓から逃げ・・・・・・」
屋根部屋には窓がついている。しかし、開けた瞬間、窓の下には絶壁が広がる。進の考えを嘲笑うかのように乾いた風が吹く。
「こんなの無理・・・・・・いや、縄梯子だ!」
とっさに縄梯子を部屋の柱にくくり付ける。柱ならば足場を崩されても残っているはずだ。縄梯子の片側を柱に結びつける。片腕だけの慣れない状況。両腕で強く縛れないため、幾度も結びつけて保険をかける。そして、窓から脱出を試みる。しかし・・・・・・
「うわっ、床がぐらつきはじめた!?」
何度も何度も剣を刺され、床からベキベキベキと音が鳴る。もう崩れる寸前だ。なんとか窓まで脱出しようと走るが、もはや間に合わない。不安定な床の上で、咄嗟に右手で紐を一番結びやすい左腕に結びつける。
——ズドォン!
「うおお!?」
床が崩れ、進は落下する。縄梯子を結びつけていたおかげで、落下は免れる。だが、結びつけられていた左腕にはとてつもない負荷がかかる。
「痛い!」
なんとか一命は取り留めるが、紐バンジージャンプで落ち切った瞬間のように、進はぶらぶらと浮いていた。
「なんだあいつ!? なんか体にくくりつけてやがるぞ!」
「ああくそ! せっかくグチャグチャの死体が見れると思ったのに」
なんとか一難は逃れたものの、危機はまだ去っていない。進は男達の格好の的になっている。まるで的のように、ぶらりぶらりと揺れ動く。
「落とせば結果は変わんねえよ!」
男は無慈悲かつ、正確に曲剣を縄梯子に向かって投げる。それは見事に命中する。
「うあああ!?」
ぶちりと縄梯子が切れる。進は落下する。
——————
「婆ちゃん、俺は落ちこぼれなのかな。兄ちゃんも守<まもる>も天才なんだって」
進は今何かを見ている。そして、思い出す。これは十年ほど前の記憶だ。夏休み、祖母の家の縁側に座って足をぶらぶらを揺らしているときだ。守<まもる>は進の妹の名だ。
「大丈夫、進はきっと特別になれる。気づけば皆に好かれるヒーローになってるさ」
劣等感にまみれた進を励ます祖母。しかし、進に芽生えた負の感情はそう易々とは消えはしない。ずっと下を向き、規則的に進む蟻を見続けていた。
「じゃあ私が魔法をかけてあげよう」
そう言って、祖母はミサンガをタンスから取り出し進の右腕につける。
「なに、これ?」
「それが切れる時には、進は特別な存在になってる。約束するよ」
——————
——結局、今のいままで切れることはなかったな。
これはきっと走馬灯だと、進は死を覚悟する。しかし、落ちた衝撃で床をぶち抜き、地下へと落ちる。バシャアと酒樽が割れる音がする。どうやら酒の保存室に落ちたようだ。いくつもの樽が緩衝材となり、崩れる。おかげで命は助かった、人生はまだ続くらしい。
——助かった。逃げないと。でも、どこに逃げたらいいんだ。
進は必死に酒樽をかけ分ける。幸い、部屋は広く、少し走ればいくらでも隠れられる。
「なんだここ? 樽しかねえじゃねえか」
あっという間に進が落ちてきた場所から、男たちが上から飛び降りてくる。なんとか、少し走った今いる場所の近くの酒樽の裏に隠れる。濡れていた体から雫がこぼれ落ち、目印になりそうだったが、幸い部屋の中は薄暗く、簡単には発見できないだろう。
「酒の置き場かよ、面倒くせえ」
「全部ぶっ壊してやろうか」
「いや、もったいねえから無視しようぜ。あんなガキほっといて」
「確かにな、どうでもいいか。左手もなかったし、誰かがやった後なんだろ」
「そうだな。手垢がついた奴なんか襲ってもつまんねえよ」
ブラフなのかと疑えるくらいの大声をあげながら、男たちは大股で歩いて去っていった。
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