C1-7 オモチャを落とそう


「ひぃっ!」



 村長と話していた女性が叫ぶ。首が目の前にボーリングの玉のように足元に転がってくる。首から勢いよく出た血飛沫が進の膝まで届く。転がり終えた首は白い絨毯の一部を赤く染め続ける。村長だったモノの、虚な目は教会に飾ってある十字架を見続けていた。



 ——膝があったかいなあ



 周りの住民全員が一目散に逃げている中、進は一瞬考えずにぼーっとしてしまった。目の前の光景はあまりに非現実的だったから。いや、今まで起こる全てが非現実的だった。そんな異常な情報が多すぎて頭がパンクした。パンクしたというより、拒絶したという方が正しいか。ともかく進は僅かな時間だが、考えることをやめた。思考をせずに得られるもの以外、受け取らなくなっていた。



「おい、まだ早いだろうが!」


「うるせえよ! 我慢できるか!」


「い、いやあぁぁ!」


「逃げてんじゃねえ!」



 男の投げた曲刀が、逃げ出した女性の背中を貫いた。凶刃は胸に届き、彼女も命を落とした。



「あ・・・・・・うあああ!!」



 そして進は我に帰り、全速力で男たちがいた場所とは反対方向に逃げ出す。切れた左手のせいで少しバランスを崩すが、必死に走る。本当は何も考えずにいたかったが、命を守るために勝手に体が動いてしまった。血に濡れた服が僅かに乾燥し始め、固まった糊のような感触を味わう。



「女は殺すな! 楽しみが減るだろうが!」


「こいつが逃げるから悪いんだろうが!」


「もういい! 狩りにいくぞ」



 二人組も外へと歩きだす。喧嘩をしていたおかげで進も教会からは逃げ出せた。しかし、安心したのも束の間、周囲の異常な光景が目に映る。人が何人か殺されているのだ。村の周囲に何人か、狂気に満ちた顔の男たちがいた。おそらく先ほどの殺人者たちの仲間だろう。村を取り囲むように均等な感覚で立っている。つまりは閉じ込められた。



 ——こうなったら隠れるしかない



 進は一番近くにあった建物に入り込む。木造の、大きめの建物だ。古びていて苔が生えている場所もある。入り口に立ち、隙があれば逃げ出すために扉の覗き穴から周囲の様子を覗いていた。



 ——まずい、子供が逃げきれてない



 近くの噴水に隠れている小さな子供が一人見える。可愛らしい水玉模様の子供服にカチューシャをつけている。格好からして女の子だろうか。体が震えて立てずにいる。あんなところに隠れていたらすぐ見つかると、進は心配でたまらなかった。



「あいつら、ちゃんととり囲んでいるようだな。お前が先走るから間に合うか心配だったが


「さーて、どこにいるかな」



 先ほどの男たちが教会からのっそのっそと歩いてくる。そして子供が隠れている噴水のすぐ近くにきた。まずい、殺される。



「お、あそこの入り口に一匹いるぞ!」


「!?」



 男たちは進の方へまっすぐと向かってきた。子供の方へ向かわなかったのは不幸中の幸いだが、命の危機が迫っている。外に出て逃げても、先ほどの女性のように曲剣を投げて当てられる恐れがある。


 進は建物の奥へと逃げ込んだ。歴史を感じる古い木造の建物の中に、匂っているだけで酔ってしまいそうな香りが充満している。ここは酒蔵のようだ。教会の近くに酒蔵とは戒律的に大丈夫なのか? そんなくだらないことを考える余裕がある。なぜなら隠れられる場所は沢山あるからだ。



「・・・・・・よし、ここなら見つからない!」


 縄梯子がつながっている、地面から5mほどの木造の屋根裏部屋を見つける。左手がなくなっていたものの、残っている肘と右手でなんとか登る。当然縄梯子は回収してしまいこむ。ここならまず見つからないだろうし、見つかってもすぐには来れない。おまけにいくつか縄梯子をかけて降りられる場所が作ってあるため、逃げるのにも適している。我ながら妙案だと思う。


「酒蔵か。一杯やってもいいんじゃねえの?」


「全部終わってからだ。 先に飲んでるのがバレたら、あいつらに襲われるぞ」


 会話をしながら男たちが入ってくる。こちらを警戒していないのか、声は大きめだ。屋根裏部屋の隅、体育座りで進は息を殺していた。大丈夫だ、見つからないはず。だが、気に掛かる。なぜあの男たちは自分の居場所に気づいたのか。入り口の扉から10m近くは離れていたはずだ。その上影や顔が出ないように最新の注意を払っていた。


 誰もいない酒蔵では男たちの足跡がはっきりと聞こえる。男たちが一度立ち止まって、再度歩き出してからまったく足音に澱みがない。音も徐々に近く大きくなる。まるで、こちらの場所がわかっているような。近くで足音が止まった。行き場を見失った? いや、違う。目的地に辿り着いたのだ。今動かなければ死ぬと、進の理性と本能が同時に叫び声をあげる。



 ——ズドォ!!


「ひいっ!?」



 投げられた曲剣が、つい数秒前まで進が座っていた場所を貫いた。動かなければ致命傷だっただろう。ここは地面からそれなりの高さがあるはず。そこに剣を正確に投げられる体の強さと技の練度、この男たちはただの素人ではない。


「ハハハァ! 勘のいいやつだ!」


「面白え、何刀目で死ぬか賭けるか?」


「いいね、俺は四だ!今日は刃こそ正義スパルタクスの調子がいいからな」


「俺は七だね!」



 まるで見せ物を見ているかのような笑い声が聞こえる。人の命は彼らにとってオモチャでしかないのだろう。いや、それよりも気になるのは。



「なんで!? どうして場所が正確にわかるんだ!?」



 相手は特殊な機械や器具を所持しているようには見えない。なのに、こちらの居場所を正確に当ててくる。魔法という未知の力、いよいよ信憑性が出てきた。認めるしかない。認めなければ何も進まない。磁力や火力、初めて未知のエネルギーに出会った人々もこんな複雑な気持ちだったのだろうか。



 ——ズドォ!!


「うわっ!?」



 先ほどまで刺さっていた曲剣が消え失せ、代わりに二刀目が投げられる。どうやら一度に生み出せる剣の本数は一本までらしい。二刀目も進が直前に立っていた場所に正確に突き刺される。


 相変わらず理由は分からない。だが、正確に場所を特定できるということは、逆を言えば直前にいた場所から離れるように走り回っていれば当たらない。こんなところで部活で鍛えた走り込みの成果を出すことになろうとは。



「くたばれ!」


 ——ズドォ!!


「うお!」


 三刀目も避ける。が、当然相手も避けられていることに気づく。それからこちらの動きを予測して何度か投げてくる。ただ、床のあちこちに穴が空いているおかげで、相手の動向が目に映る。大体の剣が刺さる方角は予想できる。逃げるのもさほど難しくはない。ミスが死につながるというプレッシャーは半端なものではないが。


「ああ、もうダルい」


「おい、面白いこと考えたぜ」



 男たちがひそひそと話す。先ほどまでイラついていた男たちだが、うって変わってまるで宝を見つけた子供のようにはしゃぎ始める。



「なるほど、それは面白え」


「だろ! 死体がどんなのになるのかワクワクすんだろ」



 なんだ、なにをする気だ? まずいと、進は直感的に理解する。これから、ろくでもないことが起こるのだと。



「おらよ!!」


「うおっ!?」



 そして、大男はズドン、ズドンと何度も剣を投げ、突き刺しはじめた。しかし、それは進を狙ってはいない。



「俺の方が数が多いから、賭けは俺の勝ちな」


「馬鹿言え、これだけ投げてりゃ変わらねえよ。引き分けだ」



 先ほどから闇雲に剣をなげている。いや、闇雲ではない。部屋の隅ばかりを射抜いている。なぜ?



「まさか・・・・・・足場を落とす気か!?」

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