C1-5 はじまりは捕虜から

「な!?」  


「何言ってんのよ、無意味でしょ」  


「こんな怪しい奴を放置する訳にもいかないだろ」  


「そんな・・・・・・」  


「はあ・・・・・・」  



赤髪の少女は深々とため息をつきながら、左腕の縄をベッドの足からほどき、右腕と一緒に結び直す。つまり、進の両腕を縄で縛り付ける。その姿はまるで連行される犯罪者や奴隷のようだった。歩くために足の縄は解かれたものの、自由は一切ない。進の顔が再び青ざめる。  



「ま、待ってくれよ! 捕まるようなことなんてしてない!」


「黙りなさい。あんたは今から捕虜よ。怪しい動きをしたら死んでもおかしくないわ」  


「せめて家族に電話くらいさせてくれ!」  


「電話? 何だい、それ?」  


「姉さん、いちいち真面目に取り合わないの。こいつどうかしてるんだから」



言葉は通じるのに一般的な単語は通じない。つまりは文明が違うのか? 今起きている現象は夢か幻か、はたまた狂人達の芝居なのか。どうして何もしていないのにこんな目にあわなければならないのだろうか。段々と腹が立ち、進は強く拳を握り締めだしたが、軽率な行動はしないよう注意を払う。相手がどんなルールを基準に育ったか分からないのだから。  



「行くわよ」


縄で引っ張られながら、晴々とした小屋の外に出る。どうやらここは小さな村のようだ。あちこちに凸凹のじゃり道と、畑や居住用の小屋がある。気になるのは全て中世のレンガ造りということだ。加えて、気温は高くも低くもないが、湿度が低いことは肌で感じられた。改めて感じる、ここは元いた国とは違うと。だとすればやはり言葉が通じるのは違和感がある。まさか本当に魔法とやらで翻訳されているのか?



「とりあえず、あの子たちと合流しようか」



あの子達? 他にも仲間がいるのだろうか。進は数時間前の朦朧としていた意識を探っていた。そういえば自分を治療してくれた黒髪の女性の姿は見えない。フレナという名前だったと思うが、別行動をしているようだ。彼女ならまだ幾分話が通じるだろうか。



「いや、まず教会に預けましょう。私たちと一緒にいるほうが危険よ。変に動かれたらこっちの命も危ういわ」


「んー、そうだねえ」



赤髪の少女は半ば強引に進路を変え、縄を引っ張り歩いていく。相方もやれやれといった具合についていく。どうやら安全な場所に連れて行ってくれるようだが、命が危ういとはどういうことだ? もしかして、引き続き先ほどの男と戦闘を継続しているのだろうか。だが、相手は逃げたはず。また別の危機が迫っているのだろうか。



「ほら、行くわよ」



不名誉な格好のため、進は舗装がされていない道を下を向いて歩く。何も後ろめたいことがないのに、なぜこんな恥辱を味わなければならないのだと俯きながら、ちらちらと当たりを見回す。笑われてはいないだろうかと。しかし、その心配は杞憂となる。何故なら、周囲に住民の姿は確認できないからだ。



「誰もいない?」



思わず口走ってしまった。固唾を飲む。二人が不快に思っていないか、慌てて表情を確認する。幸い、逆鱗には触れていないらしい。



「そうだね、ちょっと訳ありなのさ」


「さっきあんたを襲った男がいるでしょ。あれの一味が来てんのよ」



どうやら機嫌は損ねてない上に返事はもらえるようだ。それなら、今のうちに確認しておきたいことがある。



「あのさ、魔法って何なの?」



先ほどからずっと気になっていた魔法という単語。恐る恐る、内容を確認してみる。相手に対して不信感を抱いていたが、これだけは確認しておくべきだ。この先どうすればいいのか筋道を立てることができなくなる。



「本当に知らないの?」


「うん」


「さっきあんた手を切られたでしょ。あれが魔法よ」


「どんな原理で動いているんだ?」


「お、気になるんだね。あれは人の体内にある魔力で動いているんだよ」


「魔力・・・・・・」



意味不明な答えだ。手品とは違う類のものらしい。本当はタネも仕掛けがあるもので、二人がそう信じているだけなのかもしれない。もしくはからかわれているのだろうか。いずれにせよ、今の会話で得られた情報量は無に等しかった。



「後でもっと具体的に説明してあげよう。今は余裕がないからね」


「姉さん、適当な約束しないの」


「適当じゃないよ、失礼だね」



金髪の女性は、痛い痛いと喚く少女の頭をわしゃわしゃと撫でる。先ほどまでの緊迫した空気はどこへやら。仲のいい姉妹がじゃれついているようだ。姉さんと呼んでいるあたり、本当に兄弟なのだろうか。二人の外見的特徴に強い類似性は見られないが、この距離感は長い年月を得て作られたものと感じる。



「よし、避難し遅れた住民はいなさそうだね」


「じゃあとっとと行くわよ」



向かう先は村の端の小高い丘にぽつんと立つ教会だ。外壁はところどころ日に焼けて変色しており、何年、何十年もの歴史が感じられる。坂道を歩き終わり、金髪の女性はいくつかある扉の中から周囲にあまり気づかれないよう、裏側に設置された扉を選んで開く。中では大勢の村人が下を向いて、怯えながら座っている。全員が戦慄しており、表情は暗く、紛争地域に足を踏み入れたような雰囲気だ。



「おお、皆様ご無事で」



入ってすぐに話しかけてきたのはてっぺんハゲのできた小さな爺さんだった。表情は皆と同様に明るくはないが、堂々とした態度で艶のある立派な白い髭を生やしている。加えて、着ている服が紳士服なことから偉い立場の人なのだろう。もしかすると、この人に頼めば解放してもらえないだろうか。いや、この人だけでなく、この避難してきた人たちの中に少しは話が通じる人がいるはずだ。進はここにきて、ようやく少しだけ笑み浮かべることができた。



「お、村長。ちょうど良かった。頼み事が——」


——ドオォン



金髪の女性が話している途中、大きな音が響き渡る。



「チッ。奴ら攻めてきたか」


「あぁ、もう」



少女はぶつくさ言いながら、進の両手の縄を解き、背中を手で押して村長に押し付けた。本当はもう少し面倒を見たいが、急な仕事で子供を急いで保育園に預ける母親のような表情とでも言えばいいのだろうか。



「村長、こいつ預かっといて。というか、逃げないように監視しといて。十中八九一般人だけど訳ありよ」



いつの間にか一般人と認定されている。それなら国とやらに連行しないでほしいものだが、痛めつけられる心配はなさそうだ。しかし、この村長への態度を見るに、どうやら彼女たちのほうが上の立場のように感じられる。ということは、彼らは彼女たちの配下なのだろうか。解放してもらえると、抱いていた希望も崩れ落ちる。浮かべた笑みはあっという間に消えた。

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