顔だけはいい俺の幼馴染の話。

沙月雨

顔がいい幼馴染は『推し』でいい


俺————天峰あまみねかえでには、幼馴染がいる。


それも、とびっきりの幼馴染が。


容姿端麗、成績優秀、運動神経もよく、茶道華道もお手のもの。

天は二物を与えずとは言うけれど、数え上げたらキリがないほどに神に愛されている少女————それが、世間一般から見た・・・・・・・・俺の幼馴染————四宮しのみや悠月ゆづきという少女に対する印象である。


それは間違っていない。

けれど、この女。



「おはよ、楓。今日も私は輝いてる?」

「ああ、顔はな。顔だけはな」



この女、顔だけである。

いや、諸々のことを含めて話すなら『顔だけ』という言い方はおかしいが————運動神経や様々なスキルは、全て性格の残念さに置いて打ち消されるのである。まあ、いわゆる相殺というやつだ。


そして、残ったのが『抜群に良い顔』。



「あー、その性格がなければいいのに」

「は? 私の性格超いいじゃん」

「どの口が」



はっと鼻で笑うと、長い黒髪を靡かせた彼女は不敵に笑う。

そうして急に距離を詰めてきた彼女に、俺は思わず一歩後ずさった。


そんな俺を見て、今度は逆に幼馴染が赤い瞳を三日月形にして鼻で笑った。



「はい、今ちょっとドキドキしたー」

「してねえ!」

「嘘つけ、顔が赤いわよ」

「そういうとこだよ! このバカ!」



くくく、と何とも凶悪な顔で笑う悠月は、やっぱり顔面だけは完璧だ。

どこか勝ち誇ったように笑った彼女は、数歩駆け出して俺のほうを振り返った。



「隠さなくてもいいのよ? 私のことが好きだって」

「ああ、お前の『顔』が好きなことは認めよう。だが、それ以上でもそれ以下でもない!」

「またそれ?」



頬を膨らませた悠月は、不服そうにそっぽを向く。

はあ、いつになったらオチるのこいつ、と言った幼馴染に、俺は指を突き付けた。



「いいか、俺はお前が『推し』として好きなんだ!」

「.............」



だからそれ以外の恋愛感情は一切ない、と言い切る。

すると彼女は何も言わず、ご自慢の足の速さで俺を置いて学校へ行った。






◇◇◇◇◇






――――それは、中学校に入ってすぐのことだっただろうか。

なんでもそつなくこなし、そして顔すらも整っている俺の幼馴染は、たいそう異性に人気があったらしい。


まあそれで、色々と多感な時期であるその頃、悠月は女子から嫌がらせを受けていた時があった。

理由は「男子に媚びを売っている」とか「何でもできるからと見下している」とか、そういう根も葉もない、ただの嫉妬によるものだったと思う。


少しでも彼女に関わればそんなもの嘘だとすぐにわかるのに、女子もそのせいで話しかけられず、だからと言って男子も悠月はあまり相手にしないため、彼女はクラスで孤立していた。

そんな中、幼馴染だからという理由で彼女と話すことができた俺は、当時の悠月の唯一の話し相手だった。



『悠月ってさ、馬鹿だよな』

『喧嘩売ってんの?』



その日も何かと理由を付けられて日誌の仕事を押し付けられた悠月を手伝っていた俺は、今日の時間割と担当教師を書き込みながらそう呟く。

それに青筋を立てた幼馴染に「どうどう」と言いながら、俺は小さく首を傾げた。



『違うよ。人との関わり方が下手くそだなって』

『楓、やっぱり喧嘩売ってるでしょ』



いいわよ、叩きのめしてあげる、と悠月が言う。

それに再び否定をしながら、俺は顎に手を当てた。



『なんていうのかな。その顔を有効活用すればいいのにと』

『は?』



赤い瞳でどこか冷ややかに俺を見てくる幼馴染に、俺は「最後まで話を聞け」と窘める。

それに渋々黙った悠月は、手を動かしながら俺のほうを一瞥した。



『で? どういうこと?』

『どうせあいつらは、悠月の何も見ちゃいない』

『.............それは、わかってる』

『でもだからと言って「そんなの気にしなくていい」なんて、俺は言えない。ああいうのはどうしても気になるから』



俺自身、昔はよく悠月と仲がいいことを嫉妬するクラスメイト達に嫌がらせを受けたことがある。

相手が幼かったし男子な分、それは女子よりも陰湿ではなかったとは思うけど、あれを「気にするな」というには無理がある。


だから、と俺は言葉を続けて、日誌をパタンと閉じる。



『悠月は、笑ってればいいよ』

『.............え』

『悠月は自分が好きだと思える人とだけ一緒に過ごして、笑っていればいい。悠月の笑顔を見れば、誰だって悠月のことが好きになるから』



嫌がらせは、俺がどうにでもする。


そう言って俺が唇の端を両手の人差し指で上げると、彼女は呆然としたように俺を見つめる。

ずっと見つめられるのでいつまでこれを続ければいいのだろうか、と思っていると、不意に悠月は噴き出した。



『プッ.............あははははは! なにそれ! 楓って笑顔作るの下手くそだよね!』

『うるさいなあ』



お腹を抱えて笑いだす幼馴染の笑顔にほっとしながら、俺は顔を横に背ける。

一通り笑い終えたらしい彼女は、目じりの涙を拭いながら「うん」と頷いた。



『わかった。私、ずっと笑ってるよ。あいつらがまた何かやってきても、「私は幸せです!」って顔して笑ってやるんだから!』

『その意気だよ。それでこそ悠月』

『どういう意味よ。.............でも、なんで私に良くしてくれるの? 楓にとって私は、何?』



どこかこちらの顔色を窺っている悠月に、らしくないと思いながら首を傾げる。

けれどそんなことよりも質問に答えるほうが先だろう、と思い、俺は考えながら口を開いた。



『.............なんだろ、言うなれば『推し』かな』

『推し?』



こてり、と悠月が首を傾げる。

それがやけに昔と変わらなくて、―—――そして彼女には昔と変わらず笑っていてほしいと思ってしまう自分がいた。



『推しには笑っていてほしいって、思うだろ?』



俺がそう言うと、彼女はよくわからないというように首を傾げたけれど。

わからなくていいよ、と俺が笑うと、彼女はわずかに唸り声をあげながらこちらを見つめた。



『………つまり、楓はずっと私が好きってこと?』

『………ん? うん? まあ、そういうことになるのか?』

『つまり、楓は私と結婚したいってこと?』

『あ、いや、それはちょっと違う............』

『む............』



彼女が嫌がらせを受ける理由の一つに異性絡みのこともあることを知っている俺は、慌ててそれを否定する。

するとなぜか不満そうな声を上げた彼女は、「決めた!」と声を上げて立ち上がった。



『なら、「好き」の形を変えた上で、』



夕日に反射してきらきらと輝く黒髪に、一瞬見惚れる。

けれどそれよりも、―—――俺は、髪よりも眩しく輝く幼馴染の笑顔に、目を奪われた。



『————ずっと、私は楓の推しでいるから!』



正直、その時彼女が言った言葉の意図はよくわからなかったけれど。

悠月が笑ってくれるならそれでいい、と思ってしまった俺は、結局笑顔それに嬉しくなってしまったのだ。






◇◇◇◇◇







「悠月。いつまで拗ねてるんだ」

「拗ねてない」

「整った顔が台無しだぞ」

「うるさい!」



下校中、憎まれ口をたたきながらもなんだかんだでHRが遅い俺のクラスが終わるまで待ってくれる幼馴染は、どうやら今朝のことで何か不満があったらしい。

けれどもそれがわからず途方に暮れる俺は、速足で歩く悠月に歩調を合わせることしかできなかった。



「なんでついてくんのよ!」

「いや、家が隣だからだよ」



気付けば家が見えてきて、俺はどれだけ早く歩いていたんだと思わず呆れる。

そう思って隣を見れば朝よりもさらに頬を膨らませる悠月が、じっと俺を見ていた。



「.............楓は、それでいいの?」

「うん?」

「例えば.............『推し』が自分以外の誰かと付き合ったり結婚したりして、それで楓は幸せなの?」



突然の質問に目を丸くするが、質問をした本人は至って真面目にこちらを凝視する。

綺麗な赤い瞳に見つめられると落ち着かなくなりながらも、俺は何故か痛む胸に気づかないふりをして笑顔を浮かべた。



「俺は、悠月が好きだと思える人と笑っていたら幸せだよ。それは、あの日からずっと変わらない」



『あの日』とはいつを指すのかわかっているのだろう、彼女はその言葉を聞いて微かに俯く。

けれど顔を上げて俺のほうを見て――――彼女は、目を見開いた。



「悠月?」

「.............やっぱり、楓は笑顔を作るの下手くそね」



そう小さく呟いた幼馴染は、勢いよく顔を上げる。

そうしてその瞳に俺を移すと、彼女は今朝の俺の様に俺の鼻先へと指を突き付けた。



「なら、その相手私が好きな人に楓はどう?」

「.............は」

「私の隣にいて、―—――それで、私とずっと笑ってるの」



言っている言葉が理解できず、その場で立ち止まる。

そんな俺を見て彼女は唇の端を吊り上げると、綺麗な黒髪を夕日に照らされながら美しく――――まるであの日のように、誰よりも美しい笑顔を浮かべた。



「さっきの笑顔で確信した。―—――もう、手加減しないから」



ふっともう一度笑った幼馴染はそう言うと、身を翻して隣の門柱へ入って行く。

それを呆然と見送った俺は、数秒したのちにそのままずるずるとその場にしゃがみ込んだ。



————『顔がいい幼馴染』



それだけの距離を維持している方が、ずっと楽だった。


ただ、幼馴染だから一緒にいるだけ。

ただ、腐れ縁でこの関係が続いてるだけ。


ただ『顔が好き』だから、『推し』なだけだから。


好きなのは顔だけで――――おっちょこちょいなところも、かわいいものに目を輝かすところも―—――普段は完璧を装ってるくせに、ふと無邪気な笑みを浮かべるところも。

全て、『推し』に対する気持ちだけ。


だから————『好き』になんて、なるはずがないのに。


身の程知らずの恋なんて、物語の中で十分だ。

ましてや『推し』への恋横幕なんていらないのに。



(——……だから嫌だったんだよ)



あ"ー、としゃがみ込み、俺はまだ熱い頬を抑えて大きくため息をつく。



『なら、その相手に楓はどう?』



「解釈違いだっつーの…………」






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





少しもどかしいかもしれませんが完結です!

結局こっちの短編を書きあげてしまいました.............。

知らない人にとってはどういうこっちゃという感じですが、ぜひこの機会に別の作品も読んでいただければ嬉しいです!


この作品が少しでも「面白かった」と思っていただけたら幸いです!!



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顔だけはいい俺の幼馴染の話。 沙月雨 @icechocolate

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