第13話 神託

 わたしは、神託が下されたことを国の重鎮へ報告した。

 それから数日後、緊急で議会が開かれることとなった。

 議論の的は迫りくる国難への対処方法だ。現時点では表立った変化は見られないようだが、近辺の森では魔物の動きがいつもより活発に見えるという情報が入ってきている。そのため強大な魔物が迫りくることを想定して、話は進んでいく。わたしは神託の内容を事細かに話した。しかし、シュダに関しては一笑に付される結果となった。この街では定職に就かない者を下に見る傾向がある。位の高い者ほどその傾向は顕著だ。浮浪人を今回の戦闘の要とすることに誰もが異を唱えた。この議会にはいくつかの騎士団の団長も出席している。彼らにとっては活躍のための絶好の機会を、強いかどうかもわからないやつに奪われるなどあってはならぬことだった。わたしは反論できなかった。誰も味方がいなかった。怖かった。それに、神託でシュダの存在は必要不可欠とされたわけでもなかった。だから強く出ることが出来ず、そのまま静かに進行を見守るしかなかった。

 わたしの役割は、前線において騎士団の補助をすることだった。と言っても森は広大なため、前線部隊が複数存在する。わたしが直接活躍できるかどうかは運次第である。攻撃魔法は基本使わず、回復魔法やバフ、障壁魔法などを中心として騎士団を支えてほしいと伝えられた。活躍の場を奪われたくないのが見え透いていたが、口を挟むと怖いことになるので野暮なことは言わずに頷いた。


 なんらかの明確な脅威が発見されるまでは特にやることがない。数日に渡って、わたしはシュダを探し続けた。国としてはシュダの存在はいらないわけだが、神託で告げられた以上いた方が良いに決まっている。隠密でもなんでもいいから戦場に同行させようと考えながら探し回る。宿泊施設を訪ねて、シュダという名前の人が泊まっていないか調べ続ける。しかし、如何せん街が広すぎる。急激に発展した影響か道が複雑なところも多く、思うようにいかない。そもそも、この街に宿泊施設はいくつあるんだ。地図に載っていないところもあるらしく、キリがない。息を切らしながら、進んで行く。走っているとだんだん足が重くなってきた。それにつられて速度も落ちてくる。気分的にはまだまだ走れるのに、余裕なのに、足はうまく動いてくれない。そんな齟齬がもどかしくてイライラした。その怒りを心の内でシュダにぶつける。なんでわたしの前に姿を現さないのか。ちょっとくらい顔を見せてくれてもいいんじゃないのか。シュダの身になにがあったのかは知らない。けれど、多少のことでくたばるような人じゃないはずだ。きっと、きっとまた会えるはずだ。どこかにいるはずだ。不安と怒りが綯い交ぜになって、頭の中がごちゃごちゃする。疲れているからうまく考えられないのだろうか。酸素が足りないのかもしれない。息を大きく吸って、吐く。深呼吸してもする前と変化は感じられない。わたしはどうすればいいのか。本当にシュダを見つけられるのか。

 不安に襲われたまま走り続けたが、見つけることは出来なかった。


 そうして神託の通り、不穏な状況へと事は動く。

 普段は見ないような狂暴な魔物が森をうろつき始めたようだ。個人では倒すことが困難とされたため、騎士団が緊急出動する。一般市民は街の外へ出ることを制限された。人々は怯え、家のなかに閉じこもる者も少なくなかった。空を見上げればどんよりとしていて、街全体が暗い空気を纏っていた。


 わたしにも出動命令が下り、装備を整える。戦闘用の聖女の服へ袖を通し、部屋の奥に立てかけてあった杖を取り出す。

 シュダの件のせいか、はたまた神託で告げられた内容のせいか心は落ち着かない。だけれど、きっと大丈夫だと自分を奮起する。そうするしかなかった。これから戦場に立つのに弱い心のままではいられない。迷いを振り払って、立ち向かわなければならない。戦闘中の考え事など言語道断。気合を入れるために、杖を置いてから両手で頬を力強くはたく。ぱちんといい音がした。衣装に問題はないか姿見で確認すると、顔が赤くなっていることに気付く。少しやりすぎた。


 わたしたちが向かった先は遠くに鉱山のある西側。とは言いつつも、鬱蒼とした森が広がっているだけで、ここからでは山なんて見えない。辺りに群生する木は高く、曇り空から漏れ出る僅かな光すら遮ってしまい、かなり仄暗い印象だ。一応光がなくても周囲の状況を把握できるが、少し先の方へ目線を移すと、闇に包まれており魔物がいたとしても視認できそうにない。わたしはライシャインよりも上位の魔法である、アテノシャインを口で唱えて発動した。

 手のひら大の光球が現れる。ふよふよと手の上を漂い、周囲を照らし上げる。

 この光球は目の届く範囲であれば自由自在に動かせる。わたしは見えづらい遠方へと光球を移動させた。

 

 しばらく進んでいると、光によって陰に潜んでいたであろう魔物の姿が浮かび上がる。

 ウルフだ。四つ足で灰色の毛並み。その体躯は人の半分ほどだが、侮ってはいけない。口内に広がる白く尖った牙で噛まれれば激痛が走り、血が飛び散る。最悪の場合死に至ることもあると言われる危険な生物だ。しかも、一体ではなかった。隠れていたのが発覚したためか、木の背後にいたと思われる他数体がぞろぞろとその一体の元へ集う。

 騎士団は戦闘態勢に入った。彼らは腰の剣を抜き放ち、じわじわとウルフとの距離を詰めていく。

 そして、団長の合図と共に一気に畳みかけた。

 一体に対して、複数人で相手するよう取り囲む。

 恐らく普段からフォーメーションの練習を行っているのだろう。迷いない足取りでウルフと対峙していた。剣で薙ぎ払い、突き刺し、息の根を止める。

 参戦したかったが、魔法を使うには魔力が必要で、その魔力は限られているため、わたしのような魔法を主力とする者たちは力を温存しなくてはならなかった。魔力は時間経過で回復するが、数分程度では微々たる量なので、当てにしてはいけない。まだ敵の本懐が姿を現していないのに、こんなところで魔法を使っては無駄撃ちとなるのだ。

 

 その後も襲い来る様々な魔物を討伐していく。

 オークの軍団が現れたが、ハイオークと呼ばれる上位種が混じっていた。オークとは比べ物にならないほど手強く、わたし含め総出で対処に当たった。

 長い時間戦っていると傷付いた者も多く、回復魔法を幾度か唱えた。


 魔物との戦闘に夢中になっていたからだろう、辺りに霧が立ち込めていることに気付いたのは随分濃くなってからだった。濃霧に包まれ、周囲の様子が確認しづらい。少し距離が離れるだけで見えなくなる。わたしは、どこから魔物が襲ってきても対応出来るよう意識を集中する。

 騎士団全体で警戒を厳とし、誰もが慎重になっていた。その間、魔物は現れたが、そこまで強くはなかったこともあり助かった。

 そんな時間が十分ほど続いただろうか。

 なんの前触れもなく、突風が吹く。その風はまるで暴風のようであった。地面から足が浮くのではないかと思うほどの強風。歯を食い縛って耐える。風が止み、目を開けるとそこには信じられない光景が広がっていた。

 霧が晴れていた。それだけではない。周囲の人数がおかしい。半分ほどいなくなっている。団長の姿も見当たらない。濃すぎる霧のせいではぐれたのかもしれない。見回すと、折れている木が数本あった。その奥で、ゆらりと佇む巨影を目撃する。まだ距離は遠い。けれど、明らかに大きすぎた。確認してはいけないと脳が警鐘を鳴らす。しかし、ちゃんと見なくてはいけないという危機感も同時に膨らんだ。警鐘を跳ね除け、恐る恐るアテノシャインで生み出した光球を巨影の近くまで移動させた。

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