第3話 レストラン

 あれからしばらく経過し、やっと店の中に入れた。

 と思ったら、店内でもかなり待たされるようだ。

 

「すごいな、都会……」


 都会の洗礼を受けまくって意気消沈している者が一名。

 わたしは並ぶのに慣れているためあまり苦痛に感じないが、来たばかりだと大変そうだ。


 ――――――

 

 それからまた時が経ち、席へ案内された。年季の入ったソファに対面して座る。

 窓際のテーブルなので、大通りを行く人々の姿が良く見える。

 端に置かれていたメニュー表を取り出し、何を頼むか考える。


「おすすめってなんかあるか……?」


 食べる物に迷ったのかシュダが聞いてくる。


「困った際は、目を閉じて指を置いた先にあったもの頼むといいですわよ。きっと神があなたを良きお料理へと導いてくださいますわ」


 自分が注文するものを選ぶのに集中していたので、適当に返す。

 

「お子様プレートだったんだが」

「それでいいのではありませんか?」

「全然よくねーよ! 仕事してこちとら腹減ってるんだよ。つかこの見た目でお子様プレートなんか食ってたら笑われんだろ!」

「なら、自分で好きなものを選ぶことですわね」

「振り出しに戻ってんじゃねぇか……」


 ため息が聞こえてきたが、放置する。

 店員が近くにやってきたので呼び止め、注文していく。

 慌てて注文内容を書いて、しばらくお待ちくださいと言い、厨房へ戻って行った。


「なんかすごい数頼んでなかったか?」

「気のせいですわ」

「俺ポガロド定食の大盛りしか頼んでないのに、ヒオラの頼むものやたら多かったよな? 店員サンも働き始めたばっかなのか若干戸惑ってたし」

「気のせいですわ」


 疑いの眼差しで見てくるが、聖女スマイルで対処する。

 混んでいるため、料理が運ばれてくるまでしばらくかかりそうだ。

 

「そういや、ヒオラって聖女サマだし魔法使えたりとかすんのか?」

「使えますわよ。特に光属性の魔法が得意ですわね。光魔法と一口に言っても色々ありますわ。光源系の魔法、治癒魔法、攻撃魔法もありましてよ」

「へぇ……」


 好奇心に満ちた視線を感じる。

 魔法は教養のある者しか使えない。基本的には学校へ行き魔法の基礎を学んで初めて使えるようになる。たまに独学で習得する者もいるようだが、そういったものは例外中の例外である。

 そのため魔法を使える者はあまり多くない。ここポガロドでは他の地域より多いとされているがそれでも二、三割程度だろう。

 シュダは定職に就かずに生きていると言ったことから、魔法は使えないと推察される。遠方から見たことくらいはあるかもしれないが、間近で目にしたことはないかもしれない。

 

「よろしければ、見せてさしあげましょうか?」

「おお、ぜひ」

 

 食い気味に反応するシュダ。

 わたしは光魔法の初歩であるライシャインを無言で発動する。

 魔法は学び始めた最初のころは詠唱を必要とするが、慣れてくれば無詠唱でも発動できる。

 魔法が完成し、人差し指の先端にほのかな光が灯る。店内が明るいため分かりづらいが、洞窟内に入った時はなかなか重宝する。あとタンスやベッドの下に転がった小物を取るのにも便利。


「おおー! すげぇ!」


 シュダは子供のように感動した顔を見せる。


「これはライシャインという魔法ですわ。初歩的なものですけれど大変便利でして、活躍度は群を抜いておりますわ」

「他にも色々見せてくれるか!?」

「ええ。ですが、ここは店内ですので機会がありましたら別の場所でお見せいたしますわ」

「楽しみにしてるわ」


 一番簡単な魔法でなかなかの反応を見せてくれたシュダが、他の魔法ではどんな反応をするのか楽しみだ。


 

 話しに夢中になっていたところへ、注文の品が運ばれてきた。

 まずはシュダのポガロド定食。

 メインは美味しそうな肉厚ハンバーグ。近隣で採れる新鮮な野菜がふんだんに盛り合わせられており、柔らかいパンとポタージュスープも付いてくる。いいチョイスをしたようだ。

 一方わたしのほうは、大盛りのきのこパスタとミネストローネスープ。香ばしく焼かれた巨大ステーキに、オリーブオイルとレモンのかかったサラダと、こんがり焼いたチキン。あとふわっふわの大きなパンとマーマレード。


「やっぱすごい頼んでるじゃんか」

「これでも控えた方ですわ」

「いつもどんだけ食ってんだよ……」


 と、そこへピザが二枚運ばれてくる。マルゲリータピザとシーフードピザだ。

 

「お腹減ったって言ったけど、定食食った後に一枚丸々食えるほど腹減ってねぇよ」

「二枚ともわたくしのピザですわ」

「どんだけ食うんだよ!」


 さらにテーブルに注文が運ばれてくる。

 バニラアイス、パンナコッタ、チーズケーキ、アップルパイ、モンブラン。


「デザートは食後じゃなくていいのか?」

「お食事中に食べるのが好きなんですわ。こう……お口の中が甘い物によってリフレッシュされる感覚がたまらないのですわ」

「はあ……」

「それでは、いただきますわ……とその前にやらなければならないことがありますわ」


 わたしは両手を顔の前で組み合わせ、目をつぶり祈りを捧げる。


「なにしてんだ?」


 暗闇で何も見えない中、声だけが聞こえてくる。

 わたしは何も喋らず、しばし同じ体勢を維持する。

 祈りを捧げ終わり、目を開いてシュダの問いに答える。


「神、シーファに祈りを捧げておりましたわ。目の前のお料理が食べられるのは、神が恵んでくださった自然のおかげですわよ」

「聖女っぽいな」

「正真正銘聖女ですわ」


 少し間を空けて、シュダが再び口を開く。


「ヒオラって時々、聖女っぽくない言動することあるよな」

「なにか言いまして?」

「いや、なんでもないっす」


 聖女スマイルで黙らせる。

 さて、こんな問答をしていてはご馳走が冷めてしまう。

 フォークやナイフを手に取り、黙々と食べ進め始める。

 どの料理も美味しくて、手が止まらない。口の中が幸せだ。


「うまそうに食うな」

「実際とても美味しいのですわ」

「聖女だから普段はこんな庶民的なものじゃなくて、たっかいもんでも食ってんのかと思ってたんだが、違うのか?」

「わたくしは意外と庶民派聖女ですわ。それに、お高いものですと量があまり食べられないではありませんか」

「質より量ってことか」

「いえ、こういったお食事の方がお味も好みですわ。ジャンキーなものをたんまり食べたいですわ」

「やっぱ聖女っぽくないな」

「なにか言いまして?」

「いやなんでも……」


 幼少期から高価なものを食べていた。そのせいかあまり食べることのない庶民的な食事に憧れた。記憶が戻ってからはより憧れは増した。たまに見かける屋台の串カツなんか美味しすぎる。タレがやばい。あのタレを想像するだけでお腹が空いてくる。

  

「あ、そうだ」


 なにか思い出したかのように言い出すシュダ。

  

「俺って実は思ったことそのままズケズケ言っちゃう性格だからさ。気に障ったことがあったらごめん」

「今までの会話で十分心得ておりますので、大丈夫ですわ」


 今更感があるなと心の内で思った。


「もし、全部食べきれなそうだったら代わりに食うから無理すんなよ」

「むしろそちらの定食を貰いたいくらいお腹が空いているのですわ」

「……一口食うか?」

「まぁ、いただきますわ」


 フォークでハンバーグを取り、パクっといただく。

 噛むと肉汁が溢れ出す。柔らかくてとても美味しかった。


 ―――――

 

 食べ終わり、二人揃って店の外へ出る。

 

「いっぱい食べましたわ」

「あの料理がこのお腹に全部入ってるのか…信じられん」

「聖女の腹部を凝視するなど、いかがわしいですわ」

「聖女ねぇ……」


 なにか言いたげなようだったが、気のせいだろう。


「お食事に夢中で忘れていましたが、なにか思い出すことは出来まして?」

「いんや……全然」


 シュダはしゅんとした顔を浮かべていた。

 そう簡単にはいかないか……とわたしは心の中で呟く。

 

「明日も付き添い頼んでいいか?」

「ええ! もちろんですわ!」


 わたしはにっこりと微笑んだ。

 そうして別れ、帰路を辿った。

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