第2話 大通り

「お待たせいたしましたわ」

 

 太縁の眼鏡をかけ、服装も神聖さのある聖女の格好から、白のブラウスにゆったりした紺のロングスカートへと着替えてきた。先ほどまで靡かせていた白銀の長髪も、今は後頭部の高い位置で結ってある。

 間近で見られない限りは聖女だとわからないはずだ。

 

「だいぶ雰囲気変わるな。神聖な感じがなくなってただの一般人になったみたいな」

「…………」


 笑顔のまま固まるわたし。

 もうちょっと言い方ってものがあるだろう。

 このシュダとかいう男、ぶっきらぼうな物言いが多いように感じる。


「こほん……それでは参りますわ」

 

 教会を出ると遠くからの喧騒が聞こえてきた。

 懐から鍵束を取り出し、施錠する。

 空を見上げるとオレンジ色に染まりきっていた。雲は少なく、風もない。


「そんで、まずどこに行くんだ?」


 行きたい場所は特にないらしく、わたしに丸投げする気のようだ。

 

「そうですわね……」


 手をおとがいに当て思案する。

 幼少期にここで暮らしていたかもしれないとのことなので、家族で行くような場所に訪れれば記憶が蘇るかもしれない。

 家族連れで行きそうな場所となると、公園や舞台劇、ファミリーレストランなどがあげられる。

 今日中にすべては無理なので、日を改めて少しずつ潰していこうと思う。

 既に陽が暮れかけていることだし、夕飯を食べようと考える。


「レストランに行きますわ。値段もお手頃でファミリー層に人気のあるお店がありましてよ」

「確かに、ファミレスなら行ったことある可能性高そうだな。案内してくれ」

「ええ」


 わたしたちは街の大通りへと歩みを進めた。

 

 ――――――――

 

 石畳の地面を踏みしめて行く。周囲の建物はいかにも西洋風といったもの。

 大通りは人々でごった返していて、気を抜くとはぐれそうだ。

 彼らの見た目や言動から察するに、仕事が終わって帰路を辿ったり飲食店へ赴こうとする者たちが大半のようだ。

 

「そういえば、聖女サマって名前とかあんの?」


 道行く人の喧騒にかき消されるためか、聖女について話していても誰も気に留めない。

 

「わたくしを超越した存在かなにかだとでも思っていらっしゃる? 名前くらいありましてよ」

「てっきり生まれながらにして聖女で、崇め奉られてきた尊い存在かと思ったわ」


 シュダの中での聖女のイメージ像はどうなっているのやら。

 

「聖女は勉強してなるものですわ。宿命ではございませんわ」

「意外と普通だな」

「ええ、普通ですわ」


 裕福な家庭に生まれたが、その他は平凡そのものだ。学校に通って勉強を真面目に行い、魔法の特訓をしてきた。まあ、お嬢様言葉しか話せなくなるという珍事件は発生したが……。

 話が脱線して名乗っていなかったことを思い出す。

 

「ヒオラ」

「ん?」


 唐突に言ったので何のことかわかりかねたようだった。

 改めて言い直す。

 

「わたくしの名前はヒオラですわ」

「可愛らしい名前じゃんか」


 思わぬ返答に動揺する。

 聖女だからそういったことは言われ慣れているのに、シュダが相手だと気恥ずかしさを覚える。彼が率直な物言いをする性格だからだろうか。


「ヒオラはずっとお上品な話し方してるけど、今くらいサボってよくないか?」

「できないのですわ」

「お嬢サマ言葉縛りでもしてるんか?」

「まさにその通りですわ」

「……は?」


 シュダはポカンとしていた。

 このお嬢様言葉縛りの話は他人にあまり口外しない。

 変に思われたり揶揄われたりするのが怖いからだ。

 だから、今日が初対面のシュダに特に隠そうともせず話し始めた自分に軽く驚いた。


「ある時を境にお嬢様言葉しか話せなくなり、かれこれ数年経ちますわ。学生時代は遠くから訝し気な視線を感じたり、嘲笑されることもありましてよ」

「色々苦労してんだな……」


 シュダはこちらを向いて続ける。


「まあでも、俺は気に入ったよその口調。キャラが濃くて面白いし」

「人が真剣に困っているものを面白おかしく見ないでくださいまし」


 ふん、とそっぽを向くわたし。

 機嫌を回復させるためか、シュダは提案をしてきた。

 

「治せないんじゃどうしようもないし、もっと明るく考えてみたらどうだ? 気に入ってくれるやつがいるんだし、まあいっかーって」

「そんな簡単に割り切れるものでしたら、よかったですのに……」


 ため息が零れる。

 こんなわけのわからない現象が死ぬまで治らないかもしれないと不安になる気持ちを考えてほしい。そんな楽観的になれるわけがない。聖女の仕事だってずっと続けられるわけではないし、別の仕事に就いた際に口調を指摘されたらどうしようと憂鬱な気持ちになる。

 気分が沈みかけるが、今は同行人がいるため思い悩んでいる場合ではない。

 気を持ち直し、気になったことを尋ねてみる。


「ところで、シュダはこの街に今日来たんですの?」

「ああ。ちょっとそこいらの魔物を狩ってひとっ稼ぎしながら来たんだ。特に何かの仕事に就かず日銭でやりくりしてっから、日々生活していくのが精一杯って感じだな」

「シュダもなかなかに大変な毎日を送っていらっしゃるのですわね」

「んーでも、フラフラ生きるような生き方が俺の性にはあってんなとは思ってる。だから別にヒオラが考えるほどつらくはないぞ」

「そうでしたのね……失礼いたしましたわ」


 気を取り直し、シュダのために街の簡単な説明をしようとする。

 

「では、この街初心者のシュダに上級者のわたくしが懇切丁寧にお教えしますわ」

「お、おう頼む」

 

 聖女スマイルを浮かべる。

 生まれも育ちもこの街であるわたしに知らないことなどあまりない……はず。

 

「まず、ここはオルファシードの首都ポガロドですわ」


 オルファシードはアーデスト大陸にある国だ。大陸内では比較的小さな国で、国土の約六割が未開拓の地である。

 ポガロドはオルファシードの南東に位置しており、海も近い。沿岸部までは半日ほどで辿り着ける。 


「オルファシードは国教をルトエラ教と定めており、唯一神であるシーファを崇めておりますわ。わたくしのいるポガロドの教会はこの国随一の大きさを誇り、祈りを捧げに来られる方、相談事を持ちかけに来られる方が連日大勢いますわ」


 そんなわけで教会でのお仕事は毎日大忙しだ。

 でも、給料は結構貰っているから懐は暖かい。

 

「そして、ポガロドはここ十数年で急速に発展した街として知られておりますわ。それまでは人の往来も少なく、落ち着いた街でしたのよ」


 発展した理由としては近場で新たな鉱山が発見され、そこで採れるフォダルナイトと呼ばれる鉱石を沿岸地域に輸送するのにこの街がちょうど中継地点となるためだが、細かい事情はカットする。

 

「もしかして街の建物もガラッと変わったりした?」

「そうですわね……変わった部分も多いですけれど昔ながらの建造物も数多くありましてよ」

「なら、俺が幼少期に訪れたかもしれない場所が残ってる確率は高そうだな」

「ええ」

 

 これから訪れる予定のレストランも昔からあるお店だ。庶民に親しまれる場所は今でも残っているものが多い。


「しかし、急激に発展した影響で治安維持が追いついていない側面がありますわ。つい数年ほど前、やっと人身売買を完全撲滅したと当時話題になりましたのよ。大通りは問題ないのでしょうが、路地裏の奥まったところは今でも危険とされておりますわ」

「一見平和そうな街に見えんのに、意外と物騒なんだな」

「表面上と深い所では見えるものは全く異なってきますわ。これは街だけではなく人間にも当てはまりますわよ」

「ということは、ヒオラも腹黒い一面があったりするかもしれないってことか」

「ふふふ、ご想像にお任せしますわ」


 と、そんな会話を続けていたら見えてきた。

 ながーい行列が。


「ヒオラ、歩くスピードが落ちたが、まさかこの行列の先の店だったりしないよな?」

「しますわ」

「…………」


 絶句した表情を浮かべるシュダ。

 都市にある飲食店なんてどこも並ぶ。それが食事時で人気のある場所なら尚更。

 わたしたちは長蛇の列の最後尾へ足を向けた。

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