第5話 身近にいたもうひとりの魔法少女

 悪夢での体験を経て、あいすは少しだけ魔法が使えるようになっていた。極限状態での体験を経て、精神的に成長したからだろう。嬉しくなった彼女は、スマホで友達に報告する。


「葵、聞いて聞いて! 私、魔法が使えるようになった!」

「本当! やったじゃん」

「えへへ。今度見せに行くね」

「うん。楽しみにしてる」


 そんな感じでウッキウキで報告を続けていると、突然友人の声のトーンが下がった。


「もう私は知ったからいいけど、この事はあんま拡散しない方がいいよ」

「魔法少女は秘密の存在だもんね。うん、他には話さないよ。ってか、何で私、葵には話せたんだろ。あ、友達だからだよね。あはは」


 電話を切った後、もっと魔法を極めようと彼女は練習を続ける。友達に見せるために、ちゃんとした魔法を使えるようになろうと思ったからだ。

 そんなやる気を爆発させているあいすを見て、トリもウンウンとうなずく。


「いい調子ホ。同時に体術も極めるホ」

「任しといてよ!」


 あいすはトリの指導にふたつ返事で返すものの、体術を極めるための筋トレはすぐにバテて飽きてしまう。


「しんどー。って言うか体術とか、魔法で何とかならんのー?」

「それは次の段階ホ。魔法で筋力を増やしても、それだけじゃ体が持たないホ」

「うえええ……」


 トリの理屈には納得しつつ、それでも体を動かす事に気の進まない彼女は床に寝そべって動かなくなった。やる気の風船のしぼんだあいすを見たトリは、ハァと呆れたようにため息を吐き出す。


「ちょっとスマホを貸すホ」

「ん、どうすんの?」


 彼女はトリの言葉に疑問を覚えながらも、素直にスマホを差し出した。それを受け取ったトリは慣れた羽つきでサササと操作。そうして、あいすに画面を見せる。


「ほら、このトレーニング動画を見て練習ホ」

「お、これなら出来そう。トリ、やるじゃん」


 トリの選んだトレーニング動画は、イケメン細マッチョトレーナーが分かりやすく筋トレ指導をする内容。あいすもこの動画をひと目で気に入っていた。


「じゃあ、動画を見て頑張るんだホ」

「任してよ!」


 こうして筋トレを彼女1人に任せて、トリは次の修行の内容について検討をし始める。持参している様々な魔導書から適切なものをチョイスして、実力に合わせた教材を作っていくのだ。

 ある程度方針が固まりかけたところで、笑い声が聞こえてくる。嫌な予感を感じたトリが振り返ると、あいすはトレーニングを途中で放棄してネタ動画を見ていた。


「あははは!」

「真面目にやるホ!」

「でもさ、魔法が使えるようになったんだし、もういいよ別に」

「次はもっと怖いモンスターが出てくるかも知れないホ! 体術も必要ホ!」


 トリはこの修業の重要性を熱弁する。けれど、熱く語れば語るほど逆にあいすは冷めていくのだった。


「てかさ、そもそもどうして狙われてんだっけ?」

「そう言えば、まだちゃんと話した事はなかったホね」


 トリはそこでようやく自分の事を語り始める。初めて聞く話にあいすも興味津々で耳を傾けた。


「元々、ボクはマジカルワールドのカクヨムと言う国にいたんだホ……」


 その話によると、その国の住人は他の生き物に不思議な力を与えられる能力を持っているらしい。それに目をつけたモンスターによって、トリは誘拐されてしまったのだとか。幸い、モンスターの住む魔の国は大気に魔力がたっぷり行き渡っていて、それで何とか自力で脱出する事が出来たと。

 で、マジカルワールドに帰る途中で力がつきて倒れてしまった――。


「……そこでボクはあいすに出会ったんだホ」

「公園で死にかけてたよね。なるほど、そう言う事だったのかぁ」


 事情を聞いたあいすはポンと手を叩き、うんうんと深くうなずく。そうしてトリの顔をじいっと見つめた。


「じゃあ、そのカクヨムって国に戻りたい?」

「いや、この世界の方が楽しいから、ここにいたいホ」


 トリはニコニコと幸せそうな笑顔を浮かべる。その表情を見たあいすは、座り直してトリがそう思った理由を考え始めた。


「確かにこっちには色んな娯楽があるからなぁ。ちなみに今何が一番楽しい?」

「この動画の更新が楽しみホ」


 トリはモフモフ羽毛の中からスマホを取り出して操作、お気に入りの動画を見せる。このまさかの展開に彼女は目を丸くした。


「何でトリがスマホ持ってんだよ!」

「スマホじゃなくてマジックアイテムホ。スマホに限りなく似てるホけど」

「貸して!」


 トリの持つスマホ――じゃなかった、マジックアイテムに興味津々のあいすは、それを強引に奪い取ってチェックをし始める。見た目も操作方法もスマホそのものだったので、彼女も説明なしに色んな機能をチェックしていった。


「ねぇ、このアプリ何ー?」

「ん? それ全然知らないやつだホ。触っちゃダメホー!」

「……触っちゃった」


 あいすが怪しげなアイコンをタップした瞬間、アイテムからモンスターが出現する。どうやら罠だったらしい。現れたのは大きなハゲタカに似たモンスター。両翼を広げた長さは5メートルくらいはありそうだ。

 モンスターは、現れたと同時にトリを掴んで飛び去った。


「トリは頂いたァ!」

「ちょ、待てーっ!」


 あいすはすぐに魔法少女に変身すると、ステッキを振りかざす。


「トリを返さないと魔法をお見舞いするぞ!」

「やってみなァ!」


 彼女はその挑発に乗って覚えたての魔法を連射する。けれど、実戦経験の差か、それともモンスターの回避能力がずば抜けているのか、とにかく攻撃は全く当たらなかった。


「何で当たらないのォ!」


 魔法が届かないまま、ハゲタカモンスターの姿は小さくなっていく。このままだとトリは魔物の国に逆戻りになってしまうだろう。何とかしたいものの、何も出来ない現状にあいすはがっくりと項垂れる。


「全く、仕方ないなぁ」

「え?」


 彼女が気が付くと、そこには魔法少女の姿の葵がいた。一体何が起こっているのか理解が出来ないままあいすが傍観していると、彼女はステッキを振りかざす。


「マジカルレインボウレイ!」


 その言葉と共にステッキから放たれたビームはハゲタカモンスターを正確に貫き、その体を消滅させる。たった一発の魔法でこのトリ誘拐事件は解決。

 この鮮やかすぎる一連の流れに、あいすはまだ理解が追いつかない。


「葵……? 葵なんだよね?」


 混乱している彼女は語彙力を失い、それ以上の言葉が出てこなかった。その間に、モンスターから開放されたトリが自力で戻ってくる。


「全く、ひどい目に……何だ、お前もそこにいたのかホ」

「久しぶりニョロ」


 トリが言葉を交わしていたのは葵の側にいた丸っこい蛇。言葉を喋り、トリの知り合いで魔法少女姿の葵の側にいる。そこから結論を導き出したあいすは、改めて友達の顔を見た。


「一体どう言う事なの?」

「実はね……」


 葵はあいすにスマホを見せる。正確に言うとスマホっぽいマジックアイテム。そう、さっきトリが見せていたアレだ。その画面にはあいすの姿が映っていた。


「アプリで見守ってたの。あいす、ピンチになってたから」

「そうじゃなくて!」


 聞きたい答えが返ってこなくて、あいすは絶叫する。葵は軽くため息を吐き出すと、視線を空に向けた。


「見ての通り、私も魔法少女なの」


 友人からのこのカミングアウトにあいすはどう反応していいか分からず、ただただフリーズしていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る