第4話 悪夢からの脱出
魔法をしっかり使いこなせるようになるように、あいすはずっと修業を続けている。相変わらず、その修業はトリが作った魔法陣の中の結界内で行われていた。
修行の効果が出てきたのか、魔力バフがかかったこの中でなら自力でそれなりの魔法が使えるようになる。
「あいすバーン!」
彼女が気合を込めて叫ぶと、ステッキの先から冷凍ビームが発射される。呪文はあいすが考えたオリジナルなものだ。呪文って言うか、必殺技の名前みたいなものだけど。
彼女の修行の様子を眺めながら、トリはウンウンとうなずく。
「いい感じになってきたホ」
「当然だろ。努力してんだから」
トリに褒められたあいすは、ドヤ顔になってふんぞり返った。とは言え、この結界から出るとまだまだ魔法は使えない。
なので、魔法の感覚をつかめたところで修行のパターンを変えるべきだなとトリは考えていた。
そんなある日、いつものように結界内であいすが修行をしていると、突然魔法陣の空間構成が不安定になってしまう。嫌な気配が結界内に充満して、結界の外の景色が一瞬で見えなくなった。
そんな事は今までなかったのであいすの動きは止まり、トリも不安げに顔を左右に振る。
「ちょ、どう言う事だよ?」
「分からないホ。こんなの初めてホ」
「ちょ、どうにか直せや!」
「原因が分からないとどうにも出来ないホー!」
混乱がピークに達する中、2人は突然始まった結界の空間収縮に合わせてどこかの世界に引きずり込まれてしまった。
「うわああああ!」
「何でこんな事にホオオオオ!」
どうやら、時空のねじれに他の干渉条件が加わって謎の世界が再構築されたようだ。突然目の前に広がった夢の中の世界のような風景に、あいすは愕然として相棒の顔を見る。
「どこだここ」
「分からないホ」
「いやお前の魔法陣やろがい」
彼女は役に立ちそうにないトリの後頭部を軽くしばく。トリは翼で頭を抑えて痛がりながら振り返った。
「暴力反対ホ」
「そんな強く叩いてねーし」
そんなミニコントを演じていると、あいすの背後でヒュッと言う不思議な音がした。その音はとても小さく、何をした時に発生する音なのかは見当がつかない。
何も分からない世界で聞こえたこの謎の音は、ただそれだけで恐怖を感じさせるのに十分だった。
「さっき何か音が聞こえなかった?」
「ホ?」
「何だよ、役に立たねーな」
トリの返事があまりに間抜けだったので、彼女はつい悪態をつく。この反応にトリは気を悪くしてしまった。
「失礼ホ! ボクはずっとあいすを見守ってきたホ!」
「俺が育てたみたいに言うなし」
険悪な空気が伝染して、口喧嘩がヒートアップしてくる。そんな中で、また形容しがたい音がどこからか聞こえてきた。今度の音はさっきよりも大きい。なので、確信を持ってあいすは宣言する。
「また音がした! これは聞こえただろ!」
「確かに聞こえたような気がするホね」
「あの音、どっからだ……?」
不安に駆られた彼女は、音の発生源を突き止めようと素早く顔を動かす。目に見える景色は見渡す限り何もない荒野で、音が鳴りそうなものはどこにも見当たらない。正体が分からないと言う事もあって、あいすはジリジリと移動をし始める。
それを目にしたトリは、素早く彼女の前に回り込んだ。
「あいすは下手に動かない方がいいホ」
「なんでだよ?」
「まだまともに魔法が使えないからホ。何かが襲ってきたら対処出来ないホ」
そう、ここは魔力バフのかかった場所じゃない。何が起こるか分からない世界で、下手に動くのは自殺行為だ。とは言え、その警告に素直に従うのも癪だった彼女はステッキを振りかざす。
「魔法なら使えるようになったし! あいすバーン!」
彼女は自慢げに魔法を使おうとしたものの、ステッキの先からは煙すら出なかった。
「気が済んだホ? 今の君は魔法を使えないんだホ」
「ぐぬぬ……」
今までの努力がここでは何の役にも立たない事実を突きつけられて、あいすは下唇を噛む。震える彼女を前に、トリは1人気を吐いた。
「とにかく、ここはボクが守るホ!」
トリはそう意気込むと、両翼を広げて防御結界を空中に浮かび上がらせる。可視化されたそれは、いくつもの光の八角形が重なるような形をしていた。まるで人と人とを隔てる強固な壁のように。
この絶対防御の壁を目にしたあいすは、パアアアと目を輝かせる。
「やるやん! これなら何もかも防げそう!」
「どんなもんだホ!」
彼女の褒め言葉にトリが目一杯胸を膨らましたところで、突然すごい光と音が2人を襲う。さっきまでの謎の音と違って、確実に悪意を持って狙ってきたような感じの強い刺激だった。
「ひええっ!」
この攻撃に恐怖を覚えたあいすは、とっさに強くまぶたを閉じてしゃがみこむ。けれど、さっき張ったトリのバリアのおかげで彼女は無傷だった。
辺りの気配が普通に戻ってから、あいすは恐る恐るまぶたを上げる。
「た、助かった……?」
この問いかけに返事は返らない。何故なら、さっきまで近くにいたはずのトリが消えていたからだ。その事実を確認した彼女は、思わず言葉を失う。
「嘘……?」
トリが消えたのはさっきの攻撃のせいだろう。ただし、吹き飛ばされたのか、完全に消滅したのか――。いなくなった事実以上の事がさっぱり分からない。そもそも、あいすが無傷なのにトリだけがダメージを受けるだなんてあり得るだろうか?
色々な考えが彼女の頭の中をぐるぐる回る中、また謎の音が聞こえてくる。
「またこの音! 来るなーっ!」
恐怖が極限に達したあいすは、全力を出してステッキに念を込める。すると、今度こそステッキが反応して魔法を飛ばした。ただし、1メートルも飛ばない内にそれはフッと力なく消えてしまう。これでは何の役にも立たないだろう。
自分の実力を目の当たりにした彼女は、この恐怖に真正面からぶつかる考えを捨て去った。
「うわああああ!」
あいすは一心不乱に逃げ出した。走って走って走って、とにかく安全な場所を求めて無我夢中で足を動かす。どれだけ走った事だろう。どれだけ走っても彼女の不安は消える事がなかった。
そんな中、突然周りから光が消える。視界が失われてしまったのだ。この異常事態にあいすはパニックになった。
「うわあああっ!」
前が見えなくなっても彼女の足は止まらない。見えていた時に障害物が何もないのを確認していたからと言うのもあった。
そうして、必死で走る彼女の背後から謎の声が聞こえてくる。
「待てええええ!」
「ひいいいいっ!」
「止まれえええ!」
「止まるかああ!」
追いかけてくる謎の存在。正体が分からないものあって、ものすごいモンスターが襲ってきているようにあいすは感じていた。もしかしたら、トリを消したビームを撃ったヤツが追ってきているのかも知れない。
捕まったら死ぬとすら思った彼女は、尚更無理矢理にでも足を動かすのだった。
「あれ?」
必死に走っていた彼女の足元の感覚が不意になくなる。つまり、落下しているのだ。走っている内に、穴に落ちたか崖に落ちたかしてしまったらしい。
地面までの距離がどのくらいか分からないものの、このまま何もしなければ最悪死んでしまうだろう。
「魔法、出てえええ!」
状況を打破するために、あいすは魔法を使う。死にものぐるいだったからか、ステッキはまた反応し、魔法の炎でジェット噴射。そこで発生した明かりで視界が開ける。
目に飛び込んできたのは、大きく開いた魔物の口だった。
「ぎゃあああ!」
魔物はぱくりとその凶悪な口を閉じる。彼女はジェット噴射の効果で、ぎりぎり食べられずに済んでいた。
無事に着地をしたところで、餌を食べ損ねた巨大魔物がゆっくりと動く。今度は自分の力であいすを食べようとしていたのだ。
「食べられてたまるかああ!」
極限状態の中で魔法を使う感覚も分かってきた彼女は、この巨大魔物に向かって精一杯の抵抗をする。ステッキを掲げて念を込めたのだ。
焦っていたので呪文的なものは唱えられなかったものの、確かに魔法は発動したらしく、直後に魔物は硬直する。
動かなくなった魔物を見てあいすは胸をなでおろしたものの、直後にものすごい虚脱感が襲ってくる。どうやら魔法を使いすぎて体力も切れてしまったようだ。これではしばらく魔法は使えない。
硬直の魔法がどれくらい持つのか分からない中、また別の声が今度は直接彼女の脳内に響いてきた。
(早くそこから逃げて!)
「いや逃げるわああ!」
声を聞いたあいすはまた走り始めた。何が何だか分からないまま走っていると、前方に光が見えてくる。彼女は何も考えずにその光に飛び込んだ。
「あれ?」
気が付くと、そこはあいすの自室。何故かベッドで横になっていた。
「気がついたホね。良かったホ」
「え? トリ?」
「あいすは悪夢のモンスターにやられてたんだホ」
トリの話によると、どうやら修行の時点から夢の中だったらしい。夢なら不思議な事が起こってもおかしくないとは思うものの、それでも彼女は首をかしげる。
「何で私が狙われるん?」
「どうやら、まずはあいすを狙うようになってきたみたいホね」
「いや助けんかい」
「だからずっと呼びかけていたホ」
つまり、精神的な攻撃だったのでトリもあんまり出来る事がなかったと言う事らしい。トリが呼びかけていたと言うのを聞いて、あいすの頭に豆電球が光る。
「じゃあ、さっきの逃げてってのもお前の仕業?」
「逃げて? いや、知らないホ」
「え?」
結局その声の正体は分からないまま。この事件の後、しばらくあいすはトラウマで不眠症に悩まされてしまったのだった。
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