04. 踏込



 ◇ 6 ◆


「だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、大丈夫だよっ」


 サニラはなに一つ大丈夫には見えない動揺を見せながら、大丈夫だと口にした。腰の道具入れに手を入れ、再び一枚の紙切れを取り出した。


「さて、取り出したるこの霊験あらたかなる霊符。こちらをご覧あれ。かの有名な真諶母がきし霊符を手本に画いた霊符、を真似して画いたありがたーい霊符でございます」


 いや、ちょっと待て。かの有名なって知らないし。手本にして真似したって、それはもう全然別物じゃん。なんでそんな自信満々なんだよ。

 いやいや、そもそも霊符ってなに?


「おや、どちら様も霊符をご存知ない? これはいけませんねぇ」


 うわー、なにその得意そうな顔。すんげぇ腹立つわぁ。

 サニラは口調を変えた口上に飽きたのか、表情も口調も元に戻して説明を続ける。


「霊符っていうのはねー、道術で用いるいろいろな効果効用のあるお札だよ。たとえば、これは身体能力向上の符と、身体制御補助の符ね」


 サニラは襟元を大きく広げ、先ほど兄貴分との闘いの最中に貼った霊符を見せた。


 って、危ないよ。胸元見えそうじゃん。恥じらいはないのかい、気をつけなさいよ。


 貼られていた霊符は端が焼け焦げたように朽ちていた。サニラは霊符を剥がし続ける。


「これは効果覿面てきめんなんだけど、あんまり長く保たないんだよね。御用とお急ぎ用かなぁ。あ、そうだ。これは治癒促進の符ね。はい、どうぞ」


 サニラは手にしていた霊符を、殴られ口から血を流していたアルカルィクに貼った。アルカルィクは驚く。確かに痛みがすぐに薄れていく。



「で、今回使うのがこっちね」


 サニラは乱れた衣服を整え、道具入れから紙の束と筆を取り出した。さらさらさらっと新しい符を画き上げていく。


 画き終わった符を自慢げにアルカルィクとクィルグィルに見せびらかすが、二人にはなにが画かれているのかさっぱりわからない。半ば意匠化されたたくさんの漢字らしきものが画かれていると判別できる程度だ。


 サニラは二人の反応がかんばしくないことにがっかりするが、気を取り直し床に倒れている賊たちにその霊符を貼っていく。


 符を貼られた男たちはのろのろと立ち上がった。

 の、だが。どうにも様子がおかしい。表情はなく、目は虚ろ。動きもなんだかぎくしゃくしていて、なかには気味の悪いうなり声を漏らしている者もいる。


「あの、サニラ様。これは一体」

亡者を操る召鬼符を応用した操人符だよ。このまま根城に案内してもらいましょう」


 サニラは機嫌良く話すが、アルカルィクとクィルグィルは顔を引きらせる。


「サニラ様。なんだか動きがおかしくないですか」

「……おかしいね」


「変な唸り声上げてますし」

「……そうだね」


「どう見ても怪しまれると思いますが」

「ふえーん、だってだって他に方法がないんだもん」


 うわお、突然、駄々っ子になりやがった。


「道術の修行は嫌々やらされてただけなんだもん。そんなちゃんとしたのできないんだもん。しょうがないじゃん」


 開き直りやがった。こりゃ、どうにもならないね。どうすんだよ。


「はあー、わかりました。わたくしも一緒に参ります。入口部分までしか入ったことはありませんが、交渉のために何度もあの者たちの根城には足を運んだことがありますので。

 今回も交渉のためにでも訪れたことにすれば、入口部分までは入れるでしょう。後はなんとか理由をつけて潜り込みましょう」

「さすがアルにい、頼りになる」


 サニラは花咲く笑顔を見せた。ただ、クィルグィルは心配そうだ。


「アルカルィクさん、無理はせんで下されよ。貴方あなたになにかあれば」


 アルカルィクはきっぱりと拒絶する。


「クィルグィルさん。なにもおっしゃらないで下さい。これは、いつかはやらなければいけないことだったのです。

 それに充分に準備を整え向かおうとすれば、あの者たちもこちらの動きを察知し、即座に潰されてしまうでしょう。弱い立場の私たちは不意を衝くしかないのです。サニラ様が帰って来られた今こそがまさに好機。この機会を逃す訳にはいきません」

「アルカルィクさん……」


 クィルグィルはうつむいて力なく首を振り、それ以上の言葉は諦めた。


「よーし。じゃあ、さっそく行こう!」


 サニラは元気良く宣言した。


 うわー、凄いな本当。不安の欠片もないんだ。強心臓過ぎるよ。





 繰人符で操る賊たちがサニラに縄を打ち連行、アルカルィクはそれに付き添うという形を取って賊たちの根城に向け出発した。


 途中、一行は都市まち中を通り過ぎる。あちらこちらで建物が崩れ、半ば廃墟となった都市中を。昔とはすっかり変わってしまったその場所を。


 サニラは拳を握り締め、アルカルィクはなんの表情も浮かべない。


 あちこちの建物の中からは様子を窺う視線が感じられた。イェン国が滅んだあの日から息を潜め暮らしてきた人々は、賊たちが年若い女性に縄を打って連れていてもただ見送るだけ。なんの動きも見せようともしない。


 住人たちのその態度がサニラの気持ちを冷やした。アルカルィクと同じ無表情となって進んでいく。




 そして賊たちの根城が見えてきた。奴らの根城、そこは大半が焼け落ち、ところどころが乱雑に直されただけのかつての領主館。

 その変わり果てた姿にサニラは肩を震わせる。


「サニラ様」


 アルカルィクは周囲をはばかり、ささやくようにサニラの名を呼んだ。サニラは顔を伏せ、何度も深呼吸を繰り返す。しばし続けた後、顔を上げただ一言を告げた。


「大丈夫、だよ」


 アルカルィクは硬い表情で頷いた。


「参りましょう」


 根城の入口には当然、見張り役が立っている。サニラたちを見、問いただしてきた。


「おい、なんだそりゃ」


 同行させている賊たちはまともに話せる状態にはない。代わりにアルカルィクが前に出て返答する。


「失礼いたします。皆様は今、口がけないため、代わりに私が答えさせていただきます」

「あ゛? 口が利けねぇ? は? なに?」


「全てはこの女が仕出かしたことなのでございます。都市に迷い込んだこの女は、畏れ多いことにその場にいた皆様方を襲い、皆様と揉め事を起こしたのでございます」

「揉め事? こんな小娘がか」


 見張り役はかなり疑わしそうだ。アルカルィクは必死に言い立てる。


「はい。信じられないかも知れませんが、まことなのでございます。この女はこんな素朴な見た目に反し、恐ろしいほど腕が立つのです。その上、なにやら奇妙な技を使い、皆様も取り押さえるのにかなり骨を折られておりました」


「こいつが?」

「はい」

「おい、お前ぇら。こいつの話、本当まじなのか」


 見張り役は同行させている賊たちに直接問いかけた。ただ、返ってくる答えは。


「あ゛ーああ゛ーぅ゛ぁ゛ぁー」


 誰がどう見てもなにか普通でないことが起こったのだとよくわかる。


本当まじかよ」


 見張り役は仲間たちの様子にドン引きし、完全に顔を引きらせた。


「よ、よーし、わかった。おい、世話役。お前ぇはもういいぞ」


 見張り役はサニラを受け取り、そのまま連れて行こうとする。アルカルィクは慌てて言い募る。


「上の方に話をする際、説明できる者が必要ではありませんか」


 見張り役は顎に手を当てしばらく考え込むが、面倒くさくなったのか、舌打ちし結局、わかった、付いてこいと応えた。



 サニラとアルカルィクは賊たちの根城への潜入に成功する。十三年前に焔国を滅ぼした、悪逆非道の約百人の賊がたむろするその場所に。

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