03. 小戦



 ◆ 5 ◆


 サニラたちの話し合いが終わる前に、店の入口扉が乱暴に開かれた。


 うへっ、なんかやばい奴らが入ってきたな。いかにも人を殺した帰りですって感じ。いくらなんでも、顔が兇悪過ぎでしょ。子供なら遠くから眺めただけで泣きじゃくっちゃうよ。



 サニラたちは男たちに気付かれないように目配せし、そっと頷き合う。どやどやと押し入ってきた十人ばかりの男たちは卓に座るサニラたちを取り囲んだ。


「おい、爺、世話役。お前ら揃ってなんの悪巧わるだくみだ」


 兄貴分らしき男はサニラを油断なく見回し、サニラを視野に入れたまま乱暴に卓を叩きすごんでみせた。クィルグィルとアルカルィクはさも怯えていますといった風情で声を震わせ、懸命に弁解を試みる。


「誤解ですじゃ。儂らはただ世間話をしておっただけなのです」

「そうです。わたくしは、今やっとこの都市まちに帰ってきたばかりなのです。なにか変わったことがないか教えてもらっていただけなのです」

「ほおー、変わったことな」


 兄貴分は厭らしい笑みを浮かべ、アルカルィクの頬をぴしゃぴしゃと何度も繰り返し叩く。


「ああ、変わったことならあるぜ。余所者が俺の可愛い弟分を叩きのめしてくれてよう」


 兄貴分はぎょろりとその目をサニラに向けた。


「しかも、その余所者ってのは女だって言うじゃねえか。そんで、近くの建物を探ってみれば、お前たちは見かけねえ女と卓を囲んでやがる、と」


 兄貴分はアルカルィクの頬を強く張った。


「なあ、聞かせてくれよ。悪巧みじゃねぇってんなら、なんなんだ。あ゛ぁ、言ってみろよ」

「え? 世間話だよ」


 サニラは小首をかしげながら、平然と口にした。



 えーと、サニラさん。君、ちょっとは空気読もうか。柄の悪い男たち全員が青筋を立てて、血管切れそうになってるじゃないの。


「おいこら、小娘。手前ぇ、いい度胸してんじゃねぇか」


 兄貴分の男にいたっては目までが血走っている。


「きゃー、いやー、怖ーいぃ。助けてぇー」


 サニラが怯えてみせるが、どこからどう見ても下手糞過ぎる芝居だった。柄の悪い男たちは揃って無の表情になり、アルカルィクとクィルグィルは額を押さえ項垂うなだれた。

 サニラは周囲の反応に気付きもせず、そのまま芝居を続ける。


「きゃー、止めてぇー。根城に連れて行かないでぇ」

「いや、連れて行く訳ねぇだろ」


 兄貴分の男は真顔でツッコミを入れた。サニラはきょとんとした顔で問いかける。


「え、なんで?」

「なんでじゃねぇよ! 手前ぇ、マジでいかれてんのか」


 いや、あなた。確かにあなたの言っていることに全面的に同意するけど。いや、でもね。悪逆非道の賊がまともなこと言ってどうすんの。逆におかしいでしょ。

 なに、この状況。ツッコミどころが多過ぎて渋滞してるんですけど。



「きっちり、ここで締めてやりゃ、それで仕舞いだろうが」


 兄貴分は両手を組み、指を鳴らしながら兇悪な顔を歪め獰猛に笑う。

 アルカルィクは立ち上がろうとするが、他の男たちがアルカルィクとクィルグィルに短刀や段平を突きつけ、座ってろと脅しつけた。


 サニラはにこにこと笑い、立ち上がる。


「ふっふーん。いーねー、わかり易いのは嫌いじゃないよ」

「余裕か、小娘。夢見がちな年頃はとっくに過ぎてんだろうになぁ」


 サニラと兄貴分は互いから視線を外すことなく店の中央、広く空いている場所へと移動した。


「なに言ってんの。まだ若いもん。永遠の乙女だよ」


 サニラは口を尖らせ抗議する。


「どこが乙女だ、アバズレ。頭の中は花でいっぱいか」


 兄貴分は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。




 サニラと兄貴分は見合い、一瞬の沈黙。短く強く息を吐き、拳を繰り出した。


 サニラはしなやかな軽い足捌あしさばきを用い、素早く移動し次々と打撃を放つ。

 兄貴分は速く力強い。一歩を大きく、一撃に力を籠めて。皿や卓に当たろうとも、全てを砕き、乱打。


 サニラはかわし、多くの打撃を当てている。しかし、兄貴分にこたえた様子はまるでない。

 兄貴分の拳は当たらない。だが、少しずつサニラの動きの癖を掴み始め、少しずつ拳は身をかすめ始める。


 進路を読まれ、サニラは壁際に追い込まれた。拳が迫る。すんでで躱した。


 兄貴分の拳は壁を打つ。煉瓦の壁を打とうとも、兄貴分の勢いは止まらない。より踏み込み、平然と両の拳を振るいサニラを狙う。


 サニラが動ける余地はより一層狭く。もはや、充分に躱せる余地はない。足を止め、迫る拳を掌でさばき、らそうとする。


 しかし、力で負け、捌ききれない。兄貴分の拳がサニラを強打する。サニラは血の混じる唾液を吐き出した。


 アルカルィクは叫び、思わず腰を浮かした。だが、囲む男たちが殴りつけ、アルカルィクは口から血を流し卓に突っ伏した。


 その視線の先で、兄貴分はとどめとばかりに拳を大きく振りかぶる。硬く固めた拳に全体重を載せ繰り出した。


 サニラは身を傾け、拳を躱そうとする。しかし、できない。その程度では躱せない。


 サニラの狙いは違う。狙うは拳。迫る兄貴分の拳を蹴り上げ、らした。

 さらに巧みな重心移動。そのまま振り上げた脚で兄貴分の側頭を蹴った。


 兄貴分はぐらついた。サニラは床を転がり、壁際から脱出。



「小娘、やるじゃねぇか」


 兄貴分は歯を剥き出し、くくくっと笑う。


「弟分たちじゃあ、束になってもかなわねぇ訳だぜ」

「そっちも、とても塞外の賊とは思えない腕前ね」


 サニラは口内に溜まった血反吐を吐き出した。


「あなたの実力はどの程度なのかしら」

「あーん? そりゃ、どういう意味だ」


「仲間内であなたが一番の実力者なのかしら? それとも、もっと上には上がいるっていうの」

「はっ、んなもん決まってんだろ。俺よか強ぇ奴なんざ、十や二十じゃかねぇぞ。首領にかかりゃ、俺なんぞ一捻りだしなぁ」


「へーえ。なら、あなたの実力は上の下ってところかしら。ちょうど良いわねぇ」

「あ゛ぁ? 手前ぇなにを」



 サニラは腰の道具入れから二枚の紙切れを取り出した。アルカルィクやクィルグィルにはそれがなんなのかわからない。兄貴分は顔色を変えた。


「手前ぇ、それは」

「あらー、ご存知。物知りさんなんだね」


 サニラは紙切れを自らの身体に貼りつけた。兄貴分は焦り、雑にサニラに殴りかかる。


 サニラは踏み込んだ。その足下では床が割れる。はやい。今までを上回る速度。微かに風を切る音を生じさせた。


 兄貴分は避けられない。サニラの拳は兄貴分を打つ。一撃で兄貴分は苦痛のうめき声を漏らし、身を折った。速さだけでなく、威力も増している。


「がっ。クソ、このゲロ女が」

「ちょっ。誰がゲロよ。こんな美人で、清楚で、慎み深くて、えーと……、後ちょっと思いつかないけど、とにかく素敵な乙女になに言ってんの」


 いや、乙女は男をそんな殴り飛ばさないと思う。後、君らさ、闘いの最中になにお喋りしてんの。


「ゲロ女が」

「うっさい、醜男」


 低能極まりない罵り合いを続けながら、兄貴分とサニラは闘い続ける。いや、もはやこれは闘いではない。サニラが一方的に兄貴分を叩きのめしている。


 兄貴分を助けるために賊たちは刃物をかざし介入しようとする。が、まるで話にならなかった。今のサニラ相手では動きをとらえることすらできない。次々と打ち倒され、全員が無様に床に転がった。


 最後に身をかがめたサニラが伸び上がりながら兄貴分の顎を打ち抜き、兄貴分は崩れた。




「ふー、疲れた。あ、二人とも大丈夫?」


 サニラはほわわんとした笑顔で話しかけるが、アルカルィクもクィルグィルも呆然ぼうぜんとして返事もできない。


「ん、あれ? えーと、どうしたの? 大丈夫?」


 ぱたぱたとアルカルィクの目の前で手を振れば、やっとアルカルィクは反応した。


「サニラ様」

「あ、良かったぁ。気が付いたんだ」

「サニラ様」

「うん」


「暴力を振るうなど亡きご両親がどう思うかとか、途中で取り出した紙切れはなんなのかとか、あんなに暴れて身体は大丈夫なのですかとか、言いたいこと訊きたいことはいろいろございますが」

「う、うん?」


「先ほど話し合って、賊たちに根城に案内させると決めたのではなかったですか。全員を叩きのめしてどうするのですか」


 サニラはしばらく倒れている賊たちを眺め、ぽんと音を鳴らして手を打った。


「あ、忘れてた」


 うん、やっぱりこの娘は阿呆のだ。

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