第69話 特別訓練
「あぁそうだ。君らには忘れる前に言っておきたいことがある」
爆買い騒動の翌日、僕ら三人は団長から注意を受けたわけだが、呼び出された理由はそれだけではなかった。
「……爆買い以外にやらかしたことなんてないっスけど」
「ハハハ。説教じゃないから安心しろ」
スルトが少しげんなりした様子で聞くと団長は苦笑した。内心でホッとしたのは内緒だ。
「話を戻そうか。言いたいことというのは、騎士団で毎年9月に行われる特別訓練についてだ」
「特別訓練?」
僕らの疑問をリルが代弁する。今は8月だから、特別訓練まであと1ヶ月しかないが、アレクさんからは一切聞いてない。
「
そういうと団長は机の上にあらかじめ置いていたらしい一冊の分厚い本を僕らに差し出した。代表して真ん中にいたリルが本を受け取った。
「それはマニュアルだ。私は口であれこれ説明するのが苦手でな。特別訓練の概要や注意事項、その他諸々全て載っているから、とりあえずマニュアルを読み込めば問題はないだろう」
説明を聞きながらリルがパラパラとページを流し見している。両脇の僕らも覗き込む形で目を通した。
「ちょっと不安かも私……暗記は苦手」
「そこは大丈夫だ。今回の訓練は私が予めて設定した3人グループで行う。君たちは君たち三人でグループを組んでいるから、両脇にいる男二人に任せる手もあるぞ?」
「そうなんですか? じゃあ、任せた!」
「丸投げかよ」
覚えることを早々に放棄したリルが満面の笑みでマニュアルをスルトに押し付ける。確かにスルトは頭が良いし物を覚えるのが早い。後で僕もしっかり覚えるつもりだが、現時点では最適な人選だと言える。
「さて、私からはこれで以上だが、今回のことは誰にも言うなよ? 他の団員が特別訓練の仔細を知るのは訓練当日なんだ。アレクやテレジアにも他言しないように」
「「「了解」」」
敬礼の後、僕らは迫る訓練への想像を膨らませながら団長室を出た。時刻は既に正午過ぎ。僕らは昼食を取りながら全体訓練について一度話し合うことにした。場所は誰にも聞かれる心配が無くて、尚且つ僕らの中じゃ一番広い僕の部屋だ。
丁度いい大きなのテーブルがないので、とりあえずカーペットの上に広げたマニュアルを囲むようにして僕らもカーペットの上に座り込む。買ってきた昼食を食べながら改めてマニュアルに目を通した。
冒頭に記載されていた概要には、「霊峰ニヴルヘイムで遭難した登山者の救助・人間に擬態した霊魔の討伐」とだけ書かれている。ニヴルヘイムとはテミス王国領北西部に位置する大きな山のことだ。
これはスルトから聞いたのだが、ホド教会では女神テミスが生まれた場所として崇められているそうだ。
「うげ、ニヴルヘイム? あのだだっ広い山を探し回るのかよ」
「過酷な訓練になりそうだね」
スルトの口から零れた愚痴にコメントした後、もう一度マニュアルに目を向ける。
♢
【特別訓練概要】
霊峰ニヴルヘイムで遭難した登山者を一刻も早く救助せよ。
①緊急時を除き、本訓練は遭難者の保護・全団員の下山が完了するまで終了しない。
②訓練中は3人1組のグループで行動すること。グループは団長・副団長の2名を除く全団員150名の中から事前に決める。また、グループの内訳は当日発表する。
③訓練では一切の通信機器を使用することを禁止する。ただし支給されたGPS内蔵の通信機のみ自由に使用可能。
④訓練開始と同時に全グループはニヴルヘイムに転送される。どこに転送されるかは完全にランダムである。
⑤要救助者を発見したグループは遭難者を連れて直ちに下山すること。
⑥要救助者がニヴルヘイムから脱出した場合はその時点で救助成功と判定し、訓練は終了する。
⑦訓練中、24時間以上他グループと合流できなかったグループは遭難者とみなされる。その場合、新たな救助対象になるので気を付けること。
⑧団員の中には擬態した霊魔が紛れている。霊魔は相手がだれであろうと殺しに来るため、襲って来た霊魔が誰に擬態していようと躊躇わないこと。
※転送後、通信機に届くメールには各自の"役"が記載されているので必ず確認すること。
⑨騎士団は霊魔よりも早く遭難者を発見して救助しなければならない。霊魔が遭難者と接触した場合(タッチ等の物理的接触)、要救助者死亡とみなす。要救助者が死亡した場合は任務失敗として扱われ、訓練は即刻終了する。(⑦の条件によって要救助者となった者が霊魔と接触した場合も死亡とみなすが、この場合は訓練は継続する)
⑩霊魔が勝利した場合、全団員には相応のペナルティが課せられる。(霊魔役の者を除く)
⑪訓練開始から72時間が経過した場合、いかなる状況であろうと訓練は終了する。この場合、要救助者死亡とみなされる。
♢
「なんか人狼ゲームっぽいね」
概要を確認したリルが呟く。これ以上ないほどこの全体訓練を的確かつ簡潔に言い表す言葉だと思う。
「なんでこんな回りくどい条件を設定したのかな。遭難者の救助訓練は毎日のようにしてるけど」
「オレも思った。何を想定した訓練なのかまるで理解出来ん」
僕の疑問に追従したのはスルトだ。訓練とはリハーサル。実際に起こるかもしれないことが起きた場合に迅速で最善の行動を取れるように鍛えるものだ。だが、この訓練で設定された状況は現実的ではない。
人に擬態する霊魔自体はそこまで珍しくないし、訓練を積んでいなければ対処は難しい。難しいが……わざわざ全体訓練を設ける必要があるものではない。やるにしても救助訓練とくっつける意味が分からない。
思考が雁字搦めになっていく感覚。それを自覚した僕は、無理やりポジティブ思考に切り替えることにした。
「────まぁ、僕らなら上手くやれるさ」
「「?」」
言葉にしてみると、二人が小首をかしげて僕を見つめる。だから僕は笑って見せた。
「だって、僕らは無敵だろ? 怖いことなんて何もないじゃないか」
そうさ、僕らは3人で一つ。最強なんだ。僕らに出来ないことなんて何もない。どんな不可能だった可能に出来るんだ。
「だね! 私達なら何でもできる!」
「違いねぇ。速攻クリアしてビビらせようぜ」
二人は一瞬目を丸くして、その後すぐに口角を上げた。
なんだか心が通じ合った気がして、嬉しい気持ちがこみあげてくるのを感じた。
「明日はみんな休暇だったよね? なら3人でニヴルヘイムに行こうよ! キャンプ……じゃなかった、予行演習しよ!!」
「おい本音漏れてるぞコラ。オーロラ眺めながら焼きマシュマロ食おうぜ」
「折角だしパエリアとかも作りたいな。やるからには全力で行こうよ」
「「異議なし!」」
結局、最後はいつも通りな僕らだった。
────あとがき────
カドカワBOOKSファンタジー長編コンテスト、中間選考突破してました!!!
皆様ありがとうございます!!
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