第43話 喰命の悪意

 ラークの霊臓により動き始めた影から飛び出したのは無数の黒い百足である。一匹一匹は人差し指ほどくらいの大きさだが、黒い濁流となるほどの数がいる。


不足行軍たらずこうぐん


 ラークが指示を出す。漆黒の濁流はキチキチと音を搔き鳴らしながらスルトに迫った。予想外の襲撃により、スルトは霊力を身体に回すことも霊臓ソウルハートを発動することも間に合わない。それでもスルトが身を捩って回避することが出来たのは、蓄積した経験に裏打ちされたスルトの本能が最善手を選び取ったからだろう。


 躱された百足の濁流はスルトの背後にあった噴水を破壊した。


「まぁ当然躱すよな!」


 躱されることを想定していたのかラークは既にスルトに詰め寄っていた。スルトの心臓を狙いすまして右手を伸ばす。


 その右手は影の如く真っ黒に染まっていた。


 ラークの右手に強い殺気を感じ取ったスルトはレルヴァ・テインを発動。敢えてその制御を手放すことで暴れる業火を全身から放出し、ラークに後退を選択させた。


「巧いな。流石は一級」


 後退が一瞬遅れたラークは右手に軽くない火傷を負う。しかし不敵な笑みは変わっておらず、まるで痛みを感じていない素振りを見せている。


「よくもまぁオレの前にノコノコと出てこれたもんだな。今投降すれば命だけは助けてやる」

「ほざけ。お前はここで俺の血肉になるんだよ」


 ラークの影が再び蠢こうとするが、そうは問屋が卸さない。既に戦闘態勢に切り替えを済ませたスルトが爆炎の鳥をラークへ向けていた。


 琥珀色の炎の鳥がラークへ突撃する。しかし炎がラークにあたる直前、急激に盛り上がったラークの影に衝突したことで跡形もなく消滅。それを見たスルトはラークの霊臓の効果を理解した。


「知ってるぜ? トマホークって言うんだろ?」


 ラークが嗤う。何故か自分の霊臓を知っているラークにスルトは警戒を深めた。


「どこで知った」

「リーダーが言ってたよ。お前はこの世で最も危険な生命体だって」


 影が静かに流動し、四ツ目の黒い狼がラークの背後に出現する。


「人類救済。それこそが俺達メシアの目的だ。そのためにもお前は邪魔な人間なんだ」

「それがオレを襲った理由か?」

「その通り」


 問答の間にも黒い狼は数を増やし、気付けばスルトの背後にもいる。狼の群れはあっという間にスルトを取り囲んでいた。


「ここで死んどきな。健やかなる人類の未来のためにも」


 ラークが指揮官気取りで腕を振った瞬間、八方の狼が一斉にスルトに飛び掛かった。何を考えてかスルトは何もしようとせず、ただその場でラークを睨みつけるだけだ。


 ────瞬間、レルヴァがスルトの背後に出現する。レルヴァはスルトに代わり、襲い来る狼の群れをその拳で次々に薙ぎ倒していった。レルヴァに撃ち抜かれた狼は一撃で粉砕され、砕け散った残骸は黒い液体となってすぐ霧散していく。結局狼たちはスルトに触れることすら敵わなかった。


 その速度はあまりにも凄まじく、ラークの視点だと、スルトの背後で炎が揺らめいたと思った次の瞬間には狼たちが全て砕け散ったように映っていた。


「マジかよ……!」


 ラークは不敵な笑みを止めなかったが、その顔には焦りと驚愕を示す冷や汗が流れている。そんなラークに向けてレルヴァは大きく口を開いた。


 その挙動を見たラークは大きく動揺する。


「まっず────」

「ノイズ・フレイム」


 己に放たれる超高温の熱線をラークは知っていた。レーザーの如き速度で迫るそれをラークは影の防壁で防ごうとするが、間に合わない。


 熱線はラークの眉間を正確に貫いた。


「なに……?」


 スルトは訝しんだ。眉間を貫かれたラークの肉体が真っ黒な液体になって地面に撒き散ったからだ。黒い水たまりと化したラークの残骸を見つめながらスルトは思考を加速させていく。


「そこか」


 少しも経たぬうちに答えを掴んだスルトは背後に向けて裏拳を放った。


「そう来ると思ったぜラスボス野郎」


 一歩先を行ったのはラーク。スルトならば影の分身に気づいて反撃してくるだろうと予測し、わざとらしく背後から迫って反撃を誘導していた。


 裏拳は当然のように空振る。生じた一瞬の隙を使ってラークは黒い右手をスルトの顔へ伸ばした。


 しかし、それでもスルトには届かない。スルトは反撃を予想していたわけではないが、反射で首を曲げることで回避した。完全に躱すことは叶わず、右手が掠った左頬から軽く出血が起こるが、直撃していれば首から上を無くして死んでいたことを考えればほとんど無傷だと言っていいだろう。


「パニッシャー」


 続くスルトの反撃はラークの顔面をしっかりと捉える。拳がぶつかると同時に生じた爆発により、ラークの肉体は再び黒い液体となって飛び散った。


「また分身……態度の割に臆病な奴だな?」


 再び生まれた黒い水たまりへ向けてスルトが言う。そのとき、どこからともなくラークの声が聞こえてきた。


「まさかここまで強いとは思わなかったよ、炎魔」


 ラークの声は終始バカにするような軽薄な響きを持っていた。

 

「今の俺じゃ到底お前に勝てそうにない。だから、お前はもっと別の方法で殺すことにしよう。────あばよラスボス」


 それっきり、ラークの声は聞こえなくなった。スルトはしばらく警戒していたが、何も起こらなかったことでラークが本当に逃亡したことを理解した。


「……天使病より先にラークだな」


 スルトはそう結論付ける。元々ユーリとカナエにはシュプリを探して天使病の調査をしてくれと頼んでいた。自分が合流するのはラークをひっ捕らえてからでも遅くないと判断したのだ。


 そうと決まれば後は動くだけ。スルトは携帯を取り出してメッセージをユーリ達に送った。


 ♢

 

 一方でスルトから逃げおおせたラークは、組合支部へとんぼ返りしていた。


「随分早かったな。もう殺せたのか?」


 ラークを出迎えたファウストが意外そうな顔をしながら尋ねる。ラークは顔を顰めながら首を横に振った。


「ンな訳ないでしょ。むしろこっちが殺されるところだったよ」

「ざまぁねぇな。行く前は「しょうがない、ちょっとテコ入れしてくるよ」とかかっこつけてたくせによ」

「いやいや、俺別に炎魔を殺しにいったわけじゃないから」

「じゃあ何しに行ったんだよ。自分から姿を曝け出しただけじゃねぇか」


 ファストが苛立ち半分呆れ半分に溜息を吐く。


「そんなことはない。収穫はあったさ。どでかいのがな」

「収穫?」


 ラークは自分の右手に付着したスルトの血液を見つめる。


「あぁそうさ。奴を簡単に殺せるかもしれない大発見だ」


 言いながらラークは右手についた血液を舐め取り、そして飲み込んだ。

 

「ゲームでさ、自分よりも強くて勝てない相手を倒すときはどうしたらいいか。ファウストは知ってる?」

「そうだな……真っ当に行くならレベリングとか装備の調達とかか?」


 ラークからの質問にファウストは少し考えてから答えた。


「うーん。それも効率はいいけど、準備面倒じゃない?」

「じゃあどうするんだよ」


 ファウストの問いかけに、ラークは愉悦に歪んだ醜いみを浮かべる。不意にその顔がまた新たな人間のものへ変わり始めた。


「相手の弱点を突けばいいんだよ。それなら簡単でしょ?」


 言い切ったとき、ラークはスルトの弱点リルカ・イエスマリアに姿を変えていた。


────あとがき────


 一体ラークは何を企んでいるのか………。どうせろくでもないことなのは確かです。


 さて、ここで一つ読者の皆様に問題です。


 二章のサブタイトルを上手く組み合わせていくと、今後ラークが披露する技の名前になります。それが一体なんなのか。よろしければ予想してみてください!

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