第36話 迷える子羊・Ⅰ

 翌朝、私たちはヴェルトに捜索を頼まれたシュプリという医者について宿のロビーで話し合うことなった。シュプリ・クロイツフェルトという人間がどういう人間なのか探す前に色々知っておきたかったからだ。


 ヴェルトから聞いた話ではかなりの有名人だという。だからまずネットで検索してみたのだが……


「どっひゃ~。サジェストがなんか強そうな名前の賞でいっぱいだ」


 シュプリ・クロイツフェルトは私の予想以上に凄い人だった。医療の神様という肩書に最初は疑問を抱いていたけど、調べれば調べるほど彼が為してきた功績や偉業が山ほど見つかる。その数以上にシュプリ・クロイツフェルトという人間について語っている書籍が出てくる。


「うっわ、クロイツフェルト賞? いいなぁ~。俺も賞状の名前になるくらいチヤホヤされたいなぁ」

「比喩じゃなかったんだ。医療の神様って」

「でも賞状とか功績ばっかでどんな人なのか分からねぇや」


 ユーリの言う通りだった。結局のところ分かったのはこの人が凄いことをたくさん成し遂げたいうことだけで、それ以外は何も分からなかった。


「どうするユーリ? こうなったら聞き込みするしかないと思うけど」

「いや、それはあんま良くないな」


 ユーリはさっきフロントからもらってきた新聞を私に差し出した。が、ユーリはすぐに何か思い出したような顔をして新聞を引っ込める。


「あ、そういやお前まだ読み書き無理だったな」

「は? 読めるし。完璧だから」


 私はユーリから新聞紙をひったくった。


「あす、がる……つうしん?」

「お、正解。じゃあここは?」

「やきそばパン」

「ンな訳ねェだろ。読めねぇからってボケに走るな」


 ユーリは嘆息を吐いて私の手から新聞紙を取り返した。そのまま新聞をテーブルの上で開き、端の方にある見出しを人差し指で示す。


「[天使病感染者通報キャンペーンのお知らせ。感染者を五十人以上通報した方には抽選で旅行券や最新ゲーム機を贈呈いたします。詳しくは聖王府生活保障課までご連絡ください]────こんなクソみたいなキャンペーンを大々的にやってる国だから、医者を探したらそれだけで疑われるかもしれないんだよ」


 目にすることすら嫌な胸糞悪い文章に私もユーリも顔を顰める。今すぐにでもこの新聞をビリビリに破いて焼却炉に投げ入れたいと思った。ユーリも同じことを考えているのか少し乱暴に新聞を閉じた。


「じゃあどうするの?」

「医者じゃなくて患者を探そう。あとは……そうだな。確かこの国には医神アークを信仰する医療教会ってのがあったはずだから、そこに行くのもアリだな」

「医者がダメならその医療教会もアウトじゃない?」

「宗教だから多分セーフだろ」

「……ソウデスネ」


 ユーリのセーフ理論は普通に意味分からなかったけど、それ以外に方法も無さそうだったので私は適当に頷くことにした。そのままフロントからこの国の地図を受け取り、現在地と目的地を把握してペンで丸を付けてから宿を出た。


 そこまでは順調だった。そこまでは。


「それで? 貴方の言う通りに進んできたわけだけど、ここどこ?」

「分からねぇ……」


 結論から言うと、私達は迷った。地図を持っていながらどうして? と思うかもしれないが、実際に歩いてみるとどこもかしこも大理石で出来てるから真っ白な上に、道が入り組んでいるせいでどこで曲がればいいのか分かりづらかった。


 地図では真っすぐな道だと表記されているのに実際に通ってみたら凄い曲がりくねった道だったという初見殺しも多く、土地勘のない私達は見事に引っ掛かった。


「どっかで道間違えたか? いやでもちゃんと地図の通りに……もしかしてあそこで曲がらないとダメだったのか? あれぇ……?」

「迷子A、迷子Bの爆誕ね」

「言ってる場合じゃねぇよ! やべぇどうしよう!!」


 迷子になったせいかユーリはひどく焦っていた。事情を知らない人が見ても迷子になったことが一目で分かるほどにパニクっていて、冷静さを欠いている。


「落ち着いて。焦ったら視界が狭くなる」

「いや分かってるけど……あぁどうしよう、こういうときどうしたらいいんだよ……!」

「はぁ……貸して」


 ユーリはもはや使い物にならない。私は迅速な判断でユーリを切り捨てて地図を奪い取った。見てみると私達が探している医療教会は国の南にあるようだ。私達が出発した宿は北西にある。


「医療教会は南にあって、私達がいた宿は北西にあるでしょ? だから私達はとりあえず南にずっと進んでいけばいい」

「……お前は神か!」

「あなたがバカなだけでしょ。これくらいちょっと考えたら誰でも思いつく」


 コイツってホントバカ。こんなのが私より一個年上だなんて信じられない。この前だって真夜中2時に突然[スマホ割れたわlol]とかほざきながらホーム画面のスクショを送ってきた。そのあとすぐに写真を削除して[スクショにヒビが映るわけなかったわ。忘れてくれ]って送られてきた。


 ホント豆腐の角に頭ぶつけて死ねばいいのに。何が一番ムカつくって、ホーム画面の待ち受けが故郷にいるらしいフィアンセとのツーショットだったのがホントに殺したくなった。


 自慢か? 自慢なのか? ご丁寧にアイコン一つもない綺麗なページで送ってきてさ。どうせヒビが見やすいようにって配慮しただけなんだろうけど、ド深夜にゴミみたいなこと送ってくる時点で配慮もクソもないから。人が気持ちよく寝てるときにピコピコピコピコ、この騒音クソ男が。


「……」


 まぁ、褒められて悪い気はしないから許してあげようじゃないか。私は無表情系クール天才聖母美少女だから。フフン。


「♪」

「貶してきたと思ったら急に機嫌よくなった……コワ」


 ユーリが何か言った気がしたけど、多分気のせいだろう。


 ────一方その頃。


「ここはどこだ……オレはどこにいる……」


 アスガル聖王国の北東部。先日カナエがそうとは知らずにジョセフと邂逅した記念公園の真ん中でスルトは立ち尽くしていた。アスガル国民にとって憩いの場であるこの公園にいるのは家族連れや沢山の幼い子供たちだ。


「地図によればこのあたりに対魔組合のアスガル支部があるはずなんだが……読み間違えたか?」


 ご存じ、迷子Cである。テミスの頃からスルトは方向音痴である。これは余談だが、フェンリル騎士団の[騎士団がやってはいけないことリスト]には


 ・スルトを一人で外出させること

 ・スルトにお使いを頼むこと

 ・スルトとダチョウを郊外に置き去りにしてどちらが早く帰ってこれるか賭けること

 

 の三つが追記されている。


 閑話休題それはさておき、カナエは機転を利かせて解決策を見つけたわけだが、スルトは一体どうするのか。


「……あそこにそれらしい建物があるな。行ってみるか」


 スルトは記念公園の奥にある大きな施設を見つけ、そのまま足を運んだ。


 施設にたどり着いたスルトは、ゆっくりと扉を開いた。


 するとそこには見渡す限りのちびっこたちの遊び場が!


「これが、アスガルの対魔組合か?」


 ただのキッズコーナーである。ツッコミを入れるかのようにスルトの側頭部にボールがコツンとぶつかる。


「……いや冷静に考えてそんなわけないな。とりあえず出よう」

「おじさんだれー?」


 キッズコーナーから退出しようとするスルトを、ぬいぐるみを抱えた少女が呼び止めた。ドアノブに手を掛けていたスルトは少女の方を見やる。


「おじさんじゃないお兄さんだ。行きたい場所があるんだが、間違えてここに来ただけだ」

「じゃあ迷子なんだね!」

「うっ……」


 会心の一撃! 無垢な少女の言葉に耐えきれず、スルトは目の前がまっくらになった。


「い、いいか嬢ちゃん……この世界には事実陳列罪というものがあってだな」

「じじつちんれつざい?」

「あぁそうだ。あとお兄さんは迷子じゃなくて道を間違えただけだ。分かったか?」

「んー……」


 少女は悩ましげな声の後、首をかしげて尋ねた。


「いきたいところがどこか分かるの?」

「それはその…………分からない」

「じゃあやっぱり迷子だー!」

 

 少女の口撃! スルトの心に9999のダメージ! スルトはその場に崩れ落ちた。


「アハハ! おじさん面白ーい!」


 スルトは少しの間、子供たちの無垢な言葉にいたぶられることになった。


────あとがき──── 


 最近真面目な話を書きすぎたせいで反動が来ました。それにしてもユーリとカナエの掛け合い書くのが楽しすぎる。あ、スクショの下りは実話です。


 後この世界における携帯についての補足なんですけど、こっちで明確な描写がないものに関してはスマホでもガラケーでも好きなものを思い浮かべてください。ラから始まってンで終わる緑色のアプリはないですが、メール自体がそういう感じの機能になっています。ちなみに、この世界の携帯は電気じゃなくて霊力で動くため、充電する必要がありません。故障するまで使い放題です。

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