第26話 またいつか、同じ星空の下で
復興が開始した三日後、対魔組合本部からありったけの物資とを積んだ数台の馬車がアトラに到着した。馬車にはデザイアの大工や職員が数名乗車していて、皆の協力のお陰で復興作業は劇的に進んだ。
ハルトマンの亡骸は本部で預かることが決定したようで、霊臓が刻まれた特殊な道具である霊装によって死体を復元した後に護送用の馬車に乗せられてアトラから出て行った。
「今回はお疲れ様でした」
復興が進む広場の中、物資と共についてきたらしいガスコインがオレに言う。相変わらず胡散臭さが尋常じゃないが、町の有様を見るや否や復興作業を自分から手伝い始めたことを考えると悪い奴ではないのだろう。
「"呪い"騒動については一旦様子見で動くことになりました。とりあえず今は古代遺跡の立ち入り禁止と注意喚起を行っています」
それにしても、カッターシャツを半分捲って首に掛けたタオルで顔の汗をぬぐう姿がやけに似合うのはなぜなのか。
「あそうだ。私、貴方のお陰でやっと代休を消化できそうなんですよ」
「……何日くらいだ?」
「合計56日ですね」
「は? 56?」
代休ってそこまでため込めるものなのか?
「この休暇で全部使い切るつもりです」
「そ、そうか。……その、なんだ。ゆっくり休め」
「言われなくても。と言いたいところですが……」
「?」
ガスコインがそばに並べられていた角材を数本肩に乗せるようにして抱えた。
「まずは町の復興が先です。休むのはいつでもできますからね」
そう言ってガスコインは角材を抱えながら去っていった。
「すみません。角材持ってきました」
「おぉ! 助かったぜ!」
大工たちに混じって汗を流すガスコインは、やはり悪い奴ではないとオレは思った。
「────ヴェルト」
後ろから声を掛けられた。カナエだ。振り返った先にはカナエがいた。いつもと違ってその背中に化合弓は見当たらない。
「誰と話してたの?」
「本部の職員だよ。今回の騒動の報告を済ませてた」
あとで報告書を作成しておかなければ。
「で、オレに何か用か?」
「アップルパイのお店、今日から営業再開したって」
「マジか。行くぞ」
「もち」
町はまだ完全に元の姿に戻ったわけではないが、少し息抜きをしてもいいだろう。そう思いながらオレはカナエの背中を追いかけた。
「せっかくだしユーリも連れて行こう」
「いや、お金持ってないでしょアイツ」
「……」
「二人で行こ」
可哀想だと思ったので、持ち帰りが出来たらユーリの分も買ってやろうと思った。
♢
その店は[ポセイドン]といい、道の両脇に飲食店が立ち並ぶリヴァーロードの中でも激戦区と言われているらしい中央部にあった。到着した頃には運よく人が少なくて、外で待つことなくリヴァーロードに面しているテラス席に座ることが出来たが、その数分後にはもう行列が出来ていた。
「お待たせしました! ポセイドン特製カスタードアップルパイです!」
やがて店員が持ってきたそれは、金色に輝く宝石のように見えた。冬の寒さに晒されても溢れんばかりの湯気が昇らせ、甘く香ばしい香りが鼻腔を通って脳のひだに浸透していく。パイから覗くリンゴの蜜と焦がしの色が日の光を受けて煌めている。
カナエは携帯で写真を撮った後、すぐに携帯を置いてパイを齧った。
「ふぉぉ……!」
今まで聞いたことないくらい幸せそうな声が聞こえてきた。相変わらず表情は薄いが、目をキラキラさせながら夢中でパイを堪能している姿に全て出ている。
オレも我慢できなくなったので、パイにかぶりついた。
「ぬぐぉ……!」
禁断の地に足を踏み入れてしまった。そう錯覚するほどに、美味い。
始めに知覚したのはサクサクとしたパイの生地。その後にリンゴの食感と酸味、カスタードクリームの慎ましやかな甘みが口の中に広がった。キューブ上にカットされたリンゴを噛めばゴロゴロとした食感の奥に閉じ込められた甘い蜜が滲みだし、ほのかに爽やかな香りが鼻の奥を抜ける。何層も薄い生地を重ねたようなパイの裏にはバターの幻影があり、カスタードクリームとリンゴに秘められたポテンシャルを最大限まで引き出している。焼きたての火傷しそうになるくらいの熱さが全ての味を一段階上のステージに導いていた。
食えば食うほど腹が減る。意識しなければ呼吸を忘れてしまいそうになる。
「隙あり」
カシャッと、前から音がした。見てみるといつの間にか完食したらしいカナエが携帯のカメラをオレに向けていた。
「……なんだよ」
「可愛いなって」
「やかましい」
何を言っているんだコイツは。そう思ってまたパイを食べ始めるが、ジッと見つめられているせいでなんだかこそばゆい。
「なぁ。食べづらいから凝視するのやめてくれないか?」
「いやだ」
結局、オレがパイを完食するまでの間にカナエは三回写真を撮った。
「♪」
……言いたいことは色々あるが、まぁ、なんだ。
カナエが楽しめているなら何でもいいか。
♢
その日の夜、宿のベッドの上に寝転んだ私は携帯の画面をずっと見ていた。
カスタードクリームのほくろを口元に付けながらアップルパイを頬張るヴェルト。待ち受けに設定したその写真を帰ってからはずっと眺めていた気がする。なんというか、見ていてほっこりする。
「…………」
この世界に来てもう二か月になる。短い間に凄く色々なことが起きたけど、間違いなく言えることがある。
[ありがとヴェルト。この数か月の間で一番楽しい一日だった]
短文でメールを送った。ホントはもっと長文にしていたけど、なんだか恥ずかしくなったから書き直した。それでも、顔が熱いのはどうしてだろう。心臓がバクバクして、胸がちょっと締め付けられるような感じがする。
そのとき、携帯が震えた。
「ッ!」
思わず肩が跳ねた。ヴェルトから返信が来た。少しだけ深呼吸を挟んでから私は送られてきたメールを開いた。
[オレもだ。今度また行こう。そのときはユーリも一緒に行けたらいいがな笑]
笑、とか使うんだ。意外。
いや、それよりも。
「バカ……」
今度も二人が良い。ユーリが嫌いなわけじゃないけど、貴方と過ごすなら二人がいい。
[今度も二人が良い。二人きり]
それだけ打ち込んで、送信ボタンを押すことは出来なかった。
「……うぅ」
勇気が出ない。襲うとしても手が止まってしまう。鼓動がどんどん速くなって、ちょっと怖い。
[実は言ってなかったけどさ、口元にカスタードクリーム付いてたよ。ずっと]
結局、勇気が出なかった私は書き直した文章を送信してしまった。
[今鏡見たけどマジじゃねぇか]
[テメェやりやがったな]
[クソ]
[覚えてろ]
小悪党の捨て台詞みたいなメールに少しだけ苦笑する。そのまま既読を付けずに私は携帯を置いた。
寝返りをうって仰向けになってみると、天井が見える。その体勢のまま目だけを窓に向けると、綺麗な星空が見えた。
「…………」
そういえば、私がこの世界に来て初めて目にした景色も、今日みたいな綺麗な星空だった。
『私はネオという者だ。君は
昔のことを思い出すとそれに関する記憶も芋づる式に蘇るもので、この世界に来たばかりの頃の私を色々と手助けしてくれた人のコトを思い出した。
首から下は普通の男の人なのに、頭だけ角が生えたシカになってる変な人。その人は自分のことをネオと名乗っていた。
「ネオさん。元気にしてるかな」
なんとなく、あの人は大丈夫な気がする。突然姿を消したけど、神出鬼没だからまたひょっこり私の前に出てくるかもしれない。
『暗い赤髪と琥珀の眼を持つ男を探せ。君が地球に帰るには、彼の力が必要だ』
それにいなくなる直前、ネオさんはそう言っていた。きっと、ヴェルトのことで間違いないはず。
もし、この星空のどこかに地球があるのなら、今頃日本でも同じような景色が空に広がっているのかな。
そうだとしたら、私の家族もこの星空を見ているかもしれない。
「────お父さん、お母さん。もう少し待っててね。私、絶対に帰るから」
星空の向こうにいるかもしれない家族に向けて約束する。
ちゃんと「ただいま」っていうから、「お帰り佳奈英」って言ってね。
一章 オールナイト・アトランティス・了
────あとがき────
一章完結です。一章のキャラ紹介を挟んだ後、第二章がスタートします。
二章は本作の三つある大きな山場の一番手ということで、ここからまた加速度的に面白くなると言っておきましょう。自分でハードル上げてどうすんねんっていう話ですが、それだけ自信があるということなので。てへ。
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