第16話運命の夜

自宅に戻り、鞄から人形を取り出してテーブルに置いてみる。


...かなり弱々しい神気を感じる。

つついてみるが、特に出てくる気配もない。


「おかえりなさいませ~あら、それはまた...汚い人形でございますね」


紅桜が窓をすりぬけてひょいっと現れた。


「今までどこにいたの?」


「この時代がとても目新しく...見るものすべてが素晴らしいのです!」


紅桜は最近どこかへ独り歩きしていると思ったら...

確かに古い時代を生きた妖怪にとっては驚きの連続だろう。


「この人形がね、なにか取り憑いてると思うんだけど反応がないんだよ」


「ふむ~確かに...なにか潜んでいる気配を感じますね」

「おそらくではありますが...我が君の邪気のせいかも、しれません」


「え、なんかやっぱまずいのかな...?」


「弱き霊や妖怪にとって我が君の邪気は強すぎます...恐れて出てこれないのかもしれません」

「なので、ここはひとつ邪気を抑えることを始められてはいかがでしょう!」


「そんなことができるの...?」


「もちろんでございます!ふふ、手取り足取り...」


紅桜の説明では、自分の体内に核となるものを想像する。

そして自らの気をそこに集めるように集中していくのだとか。

さっそく正座してお腹の部分にエネルギーをためるように集中していく...


....とても視線を感じる。


「あの、やりにくいんだけど...」


「あはは、申し訳のうございます~!それでは離れて...」


気を取り直して、深呼吸しながらゆっくりとイメージしていく。

まるで水風船のような塊が膨れるような感じがしてきた。


「お見事でございます!もはやこんな早く習得なされるとは...さすがでございます」


「え、できてるの?おさまってる??」


「ええ、ええ!あやされた赤子のように!」

「このまま鍛錬を続ければ無に近くすることも可能となるでしょう~!」


どうやらうまくいったようだ...。

とはいっても自分自身はさほど実感などはないのだが。

私は気を取り直して赤坂の人形に対して呼びかけてみた。


「僕は悪い人じゃないよ...赤坂瀬奈のともだちなんだ」

「だから君の姿をみせてほしい...」


すると人形から白い湯気のようなものが立ち上がり、人の形を作っていく。

顔まではわからないが女の子のようだ。


「―――トモ、ダチ?アノコノ―――――」


「うん。君はもしかして...赤坂さんのお姉さん?」


「―――ソウ、ワタシハ――――オネエチャン―――」


「やっぱりそうなんだね...聞きたいことがあるんだ」

「最近、赤坂さんの夢にでて苦しめている...のは君?」


「ワタシハ―――クルシメテナンカ―――イナイ―――」


「自分ではそう思っていなくても、その想いが追い詰めてしまうこともある」

「君が妹さんを大事に思うほど――――」


「-ガウ――――」


「妹さんを解き放ってあげることも大事―――」


「チガウ―――チガウチガウチガウ!!」


言葉を遮るようにして姉の霊は激しく反応した。

認めたくないという執念が現世うつしよに縛り付けているのかもしれない。

そう思っていた矢先、姉の霊が焦ったように話し始めた。


「セナ―――アノコハ―――ドコ―――!?」

「アノコガ―――アブナイ―――セナ―――!!」


赤坂さんが危ない...?一体どういうことだろうか。

思い込みで幻想を抱いてしまっているのだろうか...。


私が考えていると紅桜が話しかけてきた。


「我が君...この霊は本当のことを言っているかもしれません」

「この人形の傷跡...よくごらんになってくださいませ」


そういわれ、人形の傷跡をよくみてみると...かすかに邪気の気配を感じた。


「これは霊障です。それも悪しき存在の干渉を受けています」

「もしやこの霊...何かから、妹を守っていたのではありませんか?」


ハッと気づく。


思い込んでいたのは...私だったんじゃないか...?

赤坂の話を聞いて姉による悪意のない攻撃だと決めつけていた....!!

そして急いでWINEで赤坂に通話をかけてみるが、出ない。

メッセージを送ってもみるが既読にならない...焦りがつのる。

せめて住所がわかれば..きいておくんだった...!

心中を察したかのように紅桜は提案をした。


「では、この霊に案内をさせてはどうでしょうか?」


私は赤坂の姉を見る。


「できる...?おうちまで案内してもらえる??」


「デキル――ワタシノ――カラダヲモッテ―――」


赤坂の姉は人形を指さした。

急いで人形を抱えて私は家を飛び出す。

すると赤坂の姉が先導するように道を飛んでいく。

紅桜が後ろから追ってきている気配がする。


間違っていた...判断を....紅桜がいなければ取り返しがつかないことになっていた。

今はとにかく安否を確認しなければ...!


日が落ちて、暗くなった街並みを駆けていくと赤坂の姉の霊が一件の家の前で止まった。

私はチャイムを押す。

頼む...誰か出てくれと願っていると、慌てるような声が聞こえ玄関のドアが開いた。

中から出てきたのは赤坂瀬奈だった。

バスタオルを巻いた状態で、え!?という顔でこちらを見ている。


「え、、ちょ、え!?天原くん?!な、なんで家が...」


「ご、ごめん...お風呂入ってたんだね」


「うわ!!こ、これ...ちょっとまっててね!!!」


そういうと、バタンと玄関のドアが閉められた。

少しすると部屋着姿の赤坂が立っていた。


「またせてほんっとゴメン!!あ、あがって?」


「あ、でも親御さんとかは...」


「うち、お母さん看護師で夜勤だからいないんだ...だから平気」


「そうなんだ...。押しかけてごめんね、おじゃまします」


私はリビングに通されソファに座った。人形は隣において。

紅桜は家の中には入ってきていないようだった、遠慮しているのだろうか。

赤坂は濡れた髪をタオルでまとめて、紅茶を淹れてくれた。


「あ~WINEで着歴....まじか、気づかなかった。でもどうしたの?」

「てか家って教えてたっけ...?」


「それは...見えてないとはおもうんだけど...」


私は隣に座っている人形、そしてその上に立っている霊をみた。


「...な、なにかいるってこと?」


「お姉さん。赤坂さんが言ってた通りだったよ」


「うそ...そこにいるの...」


赤坂がぎゅっと上着の袖を握りしめた。

何かを言おうとしてはいるのだが言葉に上手くできないようだった。


「おねえちゃん...うち...」


赤坂が何かを言いかけた時、強烈な邪気が家の中から発せられた。

それに呼応するかのように姉の霊がガタガタと人形を揺らし、階段の方を指した。


「...赤坂さん、話の途中でごめん。上ってなにがあるのかな?」


「上?うちの...うちとおねえちゃんの部屋だよ」


「そこ、みせてもらってもいいかな?」


「え!?い、いいけど...まじで汚いから、ちょっとまってて!」


そう言うと赤坂は急いで階段をのぼり、自分の部屋へと向かっていった。

私は赤坂の姉の霊になにがあったのかを聞こうとしたとき、二階から悲鳴が聞こえた。

急いで人形を抱え階段をあがった。

すると部屋の扉は空いており、床で震えている赤坂がいた。

そして...空中に浮かんでいる貴婦人のような格好のフランス人形がいたのだ。


「これはいったい...!?」


よく見るとフランス人形は禍々しい邪気を放っておりガタガタと激しく震えていた。

それに対して威嚇するように姉の人形も激しく震え、姉の霊も敵意をむき出しにしていた。


「赤坂さん!こっちにきて!!」


赤坂を後ろに避難させて、事情を聞く。


「あの人形はどうしたの?!」


「一週間前ぐらいにセレクトショップで買ったの...かわいかったから...」


「あれは多分、呪物だ...おそらくお姉さんの人形が傷ついていたのはこいつのせいだ」

「お姉さんはずっと君を守ろうとしてたんだよ...!」


「えっ...でも、夢に...」


そこまで言いかけると、フランス人形から不気味な声が聞こえ始めた。


「クルシイヨ...ツライヨ...オマエノセイダヨ...セナ...」


「ひっ!?お、おねえちゃんの声...!!」


「耳を貸さないで!こいつは君のお姉ちゃんなんかじゃない!!」


「ごめんなさい...ごめんなさいごめんなさい...」


赤坂は放心状態になり声が届かず、耳を抑えてうずくまってしまった。


くそっ...!こいつ...!!


姉の霊が妹をかばう様に前に出て手を広げた。

フランス人形は喋るのをやめず、なおも不気味な声で話し続ける。


「オマエノセイダ....オマエガシネバヨカッタ...ナゼイキテイル...?」


現世うつしよに彷徨う魂よ。隠世かくりよに潜みし陰我いんが、その姿を現せ!」


私が印を結び、言霊の術を行使するとフランス人形から邪悪な黒い影が実体化する。

女の姿で目のない空洞から血を垂れ流し、不気味に大きい口からは目玉がのぞいている。


「――お前たちが、邪魔をしなければこの娘の魂は私の物なのに―――」


怨霊は目玉をギョロギョロと私たちにむけ動かし、はっきりと聞き取れる言葉で話した。


「―――まあいい――おまえたちもイッショに喰ってやるよ―――ヒヒ」


部屋の照明が点滅し、怨霊はどんどんと大きくなっていく。

私は退魔の札をポケットから取り出し、3枚を空中に投げた。

そして体内の神気を解き放ち、怨霊を抑え込めようとしたが術は発動せず札は地面に落ちた。

それを見て怨霊はニヤアと口をゆがませた。


「どうして...?!」


「セナ...シンデクレ...ナゼノウノウトイキテイル...?クルシイヨ...」


再び怨霊は姉の声を真似て赤坂に語り掛ける。


「やめてやめてやめてーーー!!!!」


赤坂が取り乱し震える程に、この怨霊は力を増していく。

そしてその怨霊に対して姉の霊が果敢に立ち向かっていくが、邪気で押さえつけられてしまった。


「毎晩、邪魔をしてくれたな...だが、今夜こそ目の前でお前の妹を喰ってやろう...」

「魂を隅まで犯しつくしてやる...キヒヒヒヒ...」


また、なにもできないのか、私は。

何もできずに、失うのか。


そう感じていた時に、紅桜の声が心に響く。


【―――邪気を、使いなさいませ。その身にあふれるは飾りにあらず】

【抑え込んだ時と逆に今度は、その手に集中させ放つのでございます―――】

【深く考えず―――その願いのままに―――】


私は目を閉じ、集中した。

忌み嫌っていたこの邪悪な気を手に集中させていく。

もう何も失いたくない、何もできないままの自分ではいたくないという一心で。


怨霊が赤坂を包み込もうとする寸前に、目を開けた。


「ま...て...なんだ、その邪気は....人間がもつ量ではないぞ...!」


そして、邪気を集中させた手を怨霊に向ける。

自然と自分の口から言霊...いやもっと、邪悪な言の葉が発せられていく。


「我が願うは消滅。我が放つは絶望の槍」

穿うがて...【邪槍陰滅じゃそういんめつ】」


「ヒギィ...!?そ、そんな馬鹿なァアアアア"ア"!!」


邪悪な雷のような邪気が槍状になり、怨霊と繋がっていたフランス人形を貫いた。

貫いた邪気はそのまま部屋の窓を破壊し、窓ガラスが粉々に砕け散った。

怨霊は跡形もなく消え去り、外の風が部屋の中に吹きすさんでいた。


赤坂の姉の霊は、震える赤坂を慰めるように触れられない手で頭を撫でていた。

その顔は優しい姉そのものだった。


「赤坂さん、もう大丈夫。怖いお化けはいなくなったよ」


「...ほんと?」


ゆっくりと赤坂が立ち上がり周りを見渡す。

飛び散った窓ガラスを見て絶句している。


「え!?大きいな音がしたとは思ったけど何があったの...」


「えーと...あのフランス人形をね..ず、ずばばん!って投げ飛ばしたんだけど...」

「その拍子に窓ガラス割っちゃってさ...ごめんなさい」


「そんな物理的にお化け退治しちゃったの!?」


赤坂は腹を抱えて笑い出した。さっきまで泣き崩れていたというのに。


「ふっ...ふふふ、そんな、パワーで倒すの...ふ、ふへへ...あはは!」


一通り笑い終えたと思うと、今度は泣き始めてしまった。

そんな赤坂を見て、姉の霊が撫でているように頭を撫でる。

すると私に飛びつくように抱き着いてきた。

私は子供のように泣く彼女を優しく抱きしめた。


「お姉さんがずっと守ってくれてたんだ。ボロボロになっても」


「...いまも、いるの?」


「いるよ。側にいて、今は...苦笑いして腕を組んでる」


「へへ...それ、おねえちゃんの癖...いつも私が泣いていると困った顔して笑うの」

「腕組してさ...まったくあんたは...っていうんだ」


姉の霊が、私に何かを伝えようとしてきたので耳を傾ける。

その一言一句を伝えるために。


「...お姉さんがね、オーボエのことは怒ってないって」


「え...?」


「あんたが好きなのは知ってたから、ほんとは嬉しかったんだって」

「お菓子もね、あれ本当はおねえさんが自分のお小遣いで買ってたらしいんだ」

「それを分けてあげてたんだって...いちご味のチョコ好きだったでしょ...って」


姉の思いを私は少しずつ伝えていく。

それを聞いて彼女は零れ落ちる涙を止められなかった。


「...おねえちゃん...いるんだよね、そこに」


私が示した場所を見て、赤坂は話しかける。

何も見えていない壁に向かって。

だが私は見えている...そこに姉の霊が心配そうな目で彼女を見ているのを。


「だいすきだった...!ずっとずっとそばにいてほしかった...!!」

「守ってくれて...ありがとう!!おねえちゃん!!!」


彼女がそう叫ぶように言うと、姉の霊は目を閉じ...段々と姿が消えていく。


「――私も大好きだよ―――自慢の妹―――瀬奈―――」


はっきりとした言葉が姉の霊から発せられ、それは赤坂の耳にも届いたようだった。

最期の想いが形になったかのように。

微笑んだ姉の霊はゆっくりと消え、人形だけがそこに残ったのだった。



その後彼女はしきりに泣いた後、落ち着きを取り戻した。

そこにはもう後悔していた時の暗い影は彼女の顔からは消えていた。


そして一緒に飛び散ってしまった窓ガラスの破片を片付けていると、

私のスマホが光っているのに気づいた。


―――鬼のような着信履歴、それは両親からのものだった。

慌てて帰ろうとする私に彼女はこう言った。


「また、うち来てくれる...?」


私は喜んで承諾した。

彼女もガッツポーズをして、またねと手を振って送り出してくれた。

帰った時の"カミナリ"を想像すると足取りは重かったが、気分は晴れ晴れとしていた。

守りたいモノを守ることができた達成感に余韻を感じていたのであった――――――



...

......

...........

―――――――――――――――――――――――――――――――――


暗い闇の中、民家の屋根に腰をかけている紅桜は夜道を駆ける主を見ていた。

その側には今にも消えそうな怨霊が震えていた。


「――よく、出来ました。下等な存在にしては良い盛り上げ役でした」


「は、はひ...紅桜様...これで私も高位の存在に...」


「我が愛しの君を喰らう、ですか」


紅桜の美しいエメラルドのような瞳が、怨霊を蛇のように睨みつける。

その顔は妖艶な笑みを浮かべていた。


「あ、、あれは、、き、きづかず...おゆるしを....!!」


「ふふ...いいのですよ。もう、怯えなくてよいのです」

「オマエはもう、用済みなのですから」


「ヒィイイイ!!や、やめて...たべないで...」


紅桜は怨霊を片手で鷲掴みにすると、綿あめのように貪りつくした。

んふ、と舌なめずりをすると漆黒の闇に浮かぶ月を眺め呟いた。


「我が君の為ならば、我はなんでも致しますよ...」

「貴方さまに憎まれ疎まれようとも...」


紅桜が飛び去り、帰っていく。

我が君と慕う主の元へ。


この夜がまた一つの転機となるのを玲は知る由もなかった―――

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