第13話海と家族

「あちゃーーー!またこの子かー!!」


父の叫びが海辺に響き渡る。

釣竿を引き上げると糸の先にはぷくぷくとしたフグがかかっていた。


「この海にはこのフグしかいないんじゃないのか...」


しょぼくれた顔で父が釣り糸からフグをはずし、海に帰しながら呟く。

その隣で弟が眠そうな顔をして釣り竿を垂らしている。


樹海から戻り、起き上がった私を見た父は抱きしめてくれた。

何があったのか話したくなったら話しなさいと、母と同じく深くは聞かなかったのだ。

そして気分転換にいこうと、海に連れてきてくれたのだ。

ちなみに紅桜はというと、家でお留守番だ。

親子水入らずでお過ごしくださいませ~などと言っていたが少し寂しそうだったのは覚えている。


なにかお土産にもっていってあげよう...。


「ねーお父さん、これ絶対無理だよ...だって針ついてないんだもん」


弟が釣竿を引き上げると、そこには糸のイカの切り身が巻いてあるだけだった。


「針なんか付けたらかわいそうだろ!さっきのフグみたいなのだったら逃げれても辛いまんまだ」

「エサだけ食われたらそれはそれでいいんだよ」


そういうと父はこりずにまた糸にイカの切り身を巻いていた。

私は岩場にいる小さな貝を採取していた。

磯にはたくさんの生き物が潜んでいる。貝はもちろんだが、カニやフナムシ、イソギンチャク...

私が手に取っているのはイシダタミガイという、小さな巻貝でお味噌汁にすると美味だ。

本当は母も来る予定だったのだが腰を痛めたようで来れなかった。

たくさん収穫物を自慢しよう。


「ん...?なにか大きなものが...」


浅瀬をよく見ていると、人の顔のようなものが浮かび上がってきた。

それは恐ろしい形相でこちらを見るとスゥーっ...と消えてしまった。


良くないものの気がする。関わらない方がいいだろうと心に決めた。


「うわー!根がかりしたこれ...お父さんどうしよう!?」


優紀の声が遠くの岩場から聞こえる。

どうやら釣り糸が海底の岩かなにかに挟まって知ったようだ。


「そんな深くないからなー海に入ってとってきな」


「まじ...?いやすぎる...」


優紀が愚痴りながら海にゆっくり入っていく。

すると、さきほど私が異形を見た周辺から黒い影がすごい速さで接近していった。


「うわ!?」


その瞬間、優紀が叫び声をあげてボチャンと姿が消えてしまった。

父が急いで海に飛び込むが濁った海水のせいで見つけられない。


「おい!優紀!!!」


父の焦った声が聞こえる。

私も急いでその周辺の海に飛び込み、水中から優紀の姿を探した。


見当たらない...。

まさか、引きずり込まれた...?さっきのやつに?


沖に行くにつれどんどんと深くなり、立っていることすらできなくなってきた。

自分の鼓動がどんどん早くなっていくのを感じる。

神主の前原さんの言葉が脳裏をよぎる。


【"それ"はあらゆるもんを惹きつけてやまん】

【木の蜜に群がる虫が如く、精霊や魑魅魍魎までもな】


もしかして私がいるから、あんな奴が寄ってきた?

そのせいで優紀が...。

くそっ...くそっ....!!


息が続かなくなった私は海面に出ると、優紀の声が聞こえた。


「うへぇ~海水飲んじゃったよ最悪~~!」


「お、おい!おぼれたかと思ったぞ!?」


父が駆け寄ると弟は何があったかを説明した。

釣り糸をはずそうしたところ、岩の隙間に足が挟まってしまったこと。

焦ってぬこうとしたらどんどんハマっていってしまったのだと。


「死ぬかと思ったけど、なんかでっかい棒みたいなので押し上げられた!」


「棒?なんだそりゃ」


「えーなんか、ゴマとかするようなやつ」


「すりこぎ棒か?とにかくほら、陸あがって休みなさい」

「玲!おまえも!!」


そういうと二人は陸に向かっていった。

私は振り返って海を見ると、水面に先ほどの恐ろしい形相の異形がいた。

それは何を語るでもなくスゥーっと深い海へと消えていった。


あいつが助けたのか...?

でもどうして?


私は疑問に思いながらも、陸地に向かっていった。

集めた貝をクラーボックスに入れて帰り支度をしていると老人が通りかかり話しかけてきた。


「ほう、えらいべっぴんさんだね。磯遊びかい」


「え、あ、はい。たくさんとれました!」


「ええね、わしらもここらで昔はあそんどったんだけんども事故がおうてな」


「事故?おぼれたとかですか?」


「んだ。近くに住むボウズが沖までいきよって、戻れんくなっただよ」

「そしたらなあ、この辺で強面で有名なオマワリさんが迷わず海に飛び込んだだよ」

「ボウズは助けられただけんども、オマワリさんは溺れちまった」

「泳げんかったのに必死だったのかもしれん。それ以来ここじゃ水難事故はおこらんだよ」


おじいさんはそう言うと手を振って、風邪ひかないようにと声を掛けて歩いて行った。


あの怖い顔は、そのオマワリさんだったのだろうか。

もしかしたらずっとこの海で、誰かが溺れないように見守ってくれているのかもしれない。

真実はわからないけれど、そんな気がしたんだ。


私たちは車に乗り、家族が待つ家路に向かうのだった。




...

......

...............


――――――老人が海を見て呟いた。









         「...まぁた邪魔しおってからに....」

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