誰が為に舞う
「知っているなら聞かせてほしい。あの時あったこと、全部」
真剣な眼差しで紅桜を見つめ、彼女が何かを言おうとしたとき
ぎゅるるとお腹が鳴ってしまった。
「あらあら...長らく食事をおとりになられていませんでしたものね」
「そちらに弟君が用意してくださった
紅桜は立ち上がり机に置いてあるお盆から粥の椀を持ちあげ、ベッドまで運んでくる。
スプーンで食べさせようとしてくるが、それはできると制止する。
口に粥を運ぶと味覚が呼び起されたかのようにじわじわと感覚が蘇る。
まだあたたかくて、おいしい。味はあまりないけれど...。
「ごめんね、それじゃ話してもらえるかな...」
「承知いたしました、それでは我の知る限りをお伝えします」
私がこの姿になり、退魔師を名乗るあのホストみたいな男を退けたこと。
虫の息の紅桜に名前を与え、肉体を与えたこと。
空間を操作し、
そして、退魔師の仲間が現れて退いた後、力を使い果たした私が倒れたこと。
「お力を制御しきれておらず、消耗しきったことでお倒れになられたのでしょう」
「あの後は中途半端に隠世が干渉したことにより、空間が不安定になっておりました」
「怨霊だの魔獣だのが
「人の子が周囲におりましたので、保護されるよう取り計らったのでございます」
「我も転生したばかりの状況でしたので、術を行使する力もなく...申し訳のうございました」
深々と紅桜が頭を下げた。
「助かったよ、ありがとう。君には感謝しかないよ」
「退魔師がいたときにも守ってくれてたよね。僕のせいで...ほんとうに...」
「お気になさらないでくださいませ。ですが―――」
紅桜の笑みが止まり、鋭い抜き身の刃のような目つきに変わった。
「次回、あの者と遭遇することあらば我が必ずや始末いたします」
「我が身を引き裂かれようと、骨を砕かれようとも構いません。しかし我が愛しき君を傷つけたこと。それは―――」
尋常ではない邪気が紅桜からあふれ出す。
「許せるものではありません―――到底、断じて、永劫」
天女のような朗らかな姿からは想像できないほどの怒りを感じた。
「―――でもね、僕は紅桜が誰かを傷つけるのは辛い」
あれだけの所業をされたのだ。彼女が怒り狂い、憎しみを抱くのは当然だ。
それでも、業をおかしてほしくないと思った。
「もし、その時がきたら。僕が...」
そう言いかけて言葉を
それを見て紅桜はふぅと深呼吸をして私に優しく微笑みかけた。
邪気は消え、穏やかな気が流れていた。
「優しいのですね、玲様」
「優柔不断なだけだよ...僕は、弱いし言い切れる覚悟もない。それだけだ...」
「いいのですそれで。お優しく甘い所も我は愛しております故」
面と向かって愛を告げられるとこんなにも恥ずかしいものなのだろうか。
経験がないので赤面してしまう。
そういえば、大事なことをまだ聞いていなかった。
「妖の巫女について聞かせてほしい。それはいったいなんなの?」
そうですね...と部屋の中を歩きながら紅桜は目を閉じながら語り始めた。
「我ら隠世に潜む者たちの守護者ともいうべき存在です」
「古来より我ら人外は人から忌み嫌われ、迫害され、虐げられてきました」
「そんな時、
「我がお会いした舞踊る巫女がその御方...そして我が君に眠れる神格」
「人は
「僕の身にあふれている邪気はその、巫女の影響なのかな?」
「そうですね...天女が如き御方でございますが、全ての魔を統べるものが最も不浄であるのは道理にかなっているかと存じます」
紅桜が窓を開けると、穏やかな風が室内に流れ込んでくる。
「我が君の内に
「それじゃあもし、巫女が完全に起きたらどうなるの?」
私が問いかけると紅桜はつぐんでしまった。
深く考え込むようにしたあと、重い口を開いた。
「...我が君の自我が消失し、巫女様が主人格となられる可能性が高いかと」
「きえちゃうってこと...僕が」
「そうですね...理論上はそうなります」
消えてしまう...私の全てが。
家族も、学校も、みんなとの思い出...白兎のことも。
そんなのは嫌だ...。
「紅桜としてはさ、やっぱり...巫女のほうがいいんだよね」
私は尋ねた。
紅桜は妖怪だ。なら当然その守護者の存在は絶対だし仕えるべきだからだ。
だがそれは私の消失を支持することにもなる。
彼女の真意を知りたかった。今後どう生きるにしても。
「その問いかけは、げに難しきことでございますね...我ら人外の長たる存在ですから」
「それを拒むことは、神への反逆に等しい愚行だといえるでしょう」
「ですが...」
紅桜は私に近づき、ウィンクをしてみせた。
「我は
「それに、お慕い申し上げる
そういうと胸元から、見事な桜の描かれた
「この紅桜、我が君が為一生涯を舞い続けましょう」
スズメたちが誘われるように窓の外で紅桜が舞っている姿を見ていた。
心のどこかで、何かが喜んでいるような、そんな気がした――――――
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