第19話 ディスレクシア

 ディスレクシアだと診断されたのはオレが小学校三年生の時だった。


 ディスクレシアとは、日本語で言うと『読字障害どくじしょうがい』。知的には問題はなく、視覚や聴覚の機能も正常になのに読み書きが難しいという障害だった。


 オレは小学校入学当初から、字をなかなか覚えられなかったし、教科書の文章をまともに読めなかった。三年生になり少し勉強が難しくなったり、習う漢字が増えた頃から、自分でもおかしいと思うようになっていた。漢字なんて覚えるどころか、書き写すのも一苦労だったんだ。


 みんなが当たり前にできることが自分には全くできなかったので、自分はすごく頭が悪いヤツなんだと思っていた。これのせいでクラスメイトに馬鹿にされたり、イジメられたりして散々だった。


 音読の時間は特に大嫌いだった。音読のことを一番気にしていた時期は、教科書を丸暗記して授業に臨んだこともあった。


 文章がまともに読めないのにどうやって丸暗記したかっていうと、親に頼み込んで教科書の音読をしてもらい、それを録音して耳で暗記した。回りくどい方法だけど仕方がない。


 読む能力が無い分、暗唱はかなり得意だった。


 三年生の国語の授業の時ことだ。前から順番に先生に音読するよう指名されており、自分の番になった。


「次、古瀬くん読んで」

「はい」 


 教室が静まり返り、みんながオレに注目している。オレが引っかかったり、同じ所を何度も読んだり、面白い読み方をするから、笑ってやろうという期待に満ちた空気感がヒシヒシと伝わってきた。


 しかし、オレはみんなの期待を見事に裏切った。その日のオレはこれまでにないぐらいスラスラと教科書を読んだのだ。前の人が読んだ後の部分から教科書丸一ページ分ぐらいは、全く引っかかることなく読むことができた。


「おー、楓すげーなー」

「どうしたの? いつもの楓くんじゃないみたい」

 

 みんなが口々に驚きの声をあげた。オレは自分なりのミッションをやり遂げた達成感で胸が一杯だった。これでもう馬鹿にされないといいな。


「ちょっと古瀬くん、教科書逆さまよ」

先生は僕の斜め前に立ってそう指摘した。


「あ……」

 まずい。初歩的なミスだ。

 オレは教科書が逆さまの方が上手く読める、なんて言い訳しようかどうか迷っていたら、先生が先に言った。


「古瀬くん、すごいよ。よく、頑張ったわね」


 先生は泣いていた。


 先生はオレがみんなに馬鹿にされて傷付いていたことも、それが嫌だから教科書を丸暗記したことも瞬時に気付いたのだと思う。


 後日、このことは親に報告され、オレは病院に連れて行かれた。知能検査や視力検査など色々な検査を経て、ディスレクシアの診断がついたというわけだ。

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