【0】から逃げろ!

かゆ

B1 ダウンロード

《ちょっと、ゲームのデバックしてみて》

「──え゙」


 【マカロニサラダ】と名を謳う、インターネット上の顔も本名も知らない友人からそう話を持ちかけられたのが昨日。

 ゲーム、と言われれば思い当たるのはひとつしかなかった。彼が私と出会ったときからずっと作りたい、と豪語していた──所謂謎解き脱出ゲーム。詳しく話を聞くと、ノベルゲームの様に話の流れも事細かに作っていると言う。エンディングも6ルートほどあるらしい。


 よもやこの令和の時代にしてはやけに大きいパソコンのデスクトップを開いて、送られてきたリンクからゲームをダウンロードする。記載されているゲームタイトルは【0】。


《なんて読むのこれ。ゼロ? レイ?》

《どっちでも》

《ほんとにやらなきゃだめ?》

《だめ》


「……やだなぁ」


 デバック──もといゲームの不具合を見つける作業を頼まれた訳だが、どうにも気が乗らない。……どれもこれも、彼が変な事を言ったせいだ。『追いかけられたりはしないけど、雰囲気はホラゲーっぽいよ』だなんて言ったから。


 デスクトップに表示された一つのアプリ。やはり零でもゼロでもなく、【0】と記載されていた。ゲームアイコンは──茶髪でボブヘアーの女の子、か。ドット絵で描かれているところを見るに、ドット調のゲームなのだろう。


「……やるかぁ」


 気は進まないが、重い腰を上げてアプリにカーソルを合わせ、2回マウスの左部分をクリックする。カチカチッ、と軽快な音を立てた後、アプリは無事起動した。起動動作、おっけー……っと。

 攻略方法は貰っている。謎も分からなければ都度教えてくれるという。まさにいたれりつくせり。要するに、けもの道はちゃんと通れる道として整えてやるから、道端に余分だったり害がある草花が生えていないか確認してくれ、という訳だ。


 ほの暗い画面から、製作者の名前と注意書きが現れる。


«このゲームはフィクションです。実際の人物や組織・団体との関係はありません。»


 ──オルゴールの音だろうか。等間隔で流れる一音一音の不気味さとスタート画面の雰囲気が相まって、やっぱりホラゲーじゃん、と訝しむ。


「……仕方ないか」


 心細く息をついて、スタートボタンを押す。オルゴールのネジを回す音がした後、水温が溢れる。

 ぼちゃん、と水に何かを落下させた音がして──画面が明るくなった。


「始ま……っちゃった」


 ぼそり呟いて、会話テキストを見る。


[今日はお父さんの会社見学だぞ。楽しみか? レイ]


 一区切り、テキストが終わったのか枠内の右下に逆三角形が現れた。それにマウスカーソルを合わせようとして、間違えてその場でクリックをしてしまった。が、無事に進んだようで新しいテキストが現れた。


[うん]


 車のエンジン音。これは──車内か。主人公は【レイ】という名前らしい。推測するに、父親の会社の見学に向かっている道中の車内での会話だろうか。


[レイなら大丈夫だろうけど、お父さん、偉い人たちとお話してこないといけないから、良い子でいるんだぞ]

[大丈夫]

[──さ、着いた。ここがお父さんの職場だよ。さぁ、降りようか、レイ]

[……]


«降りる»

«降りない»


«降りる»


「あ」


 しまった。ここで降りないを選択して辿り着くルートもあるんだった。どうしよう……。


[よし、行こうか]


 バタン、と効果音が挟まれ、ビルらしき建物の挿絵が映る。ガラスの自動ドアが開いて、エントランスにレイと父親が仲良く二人で手を繋いで入っていく。

 ……今更だしいいか。一回クリアしてから見ることにしよう。


[あぁ……そうだ。お父さんの会社の社長さんが、ビルの中に子供が遊べるスペース──謎解きとか、アクティビティエリアを作ってくれているらしいから、よかったら行っておいで]

[わかった]


「口数が少ないというか、大人しい部類なのかな、レイは」


 貰った設定資料には十歳前後と記入されているものの、こんな大人びた幼子は現実でもあまり見かけるものではない。


[5階辺りだったかな。案内板を見て、エレベーターを使うんだよ]

[うん]


«関係者と書かれている入場許可証を貰った»

«無くさないように首に掛けた»


 レイと父親が仲睦まじい会話を繰り広げている一方で、私はテキストを眺めながら頭を悩ませていた。しかしながら、どうして私にデバック作業なんて頼んだのだろうか、と。

 SNSで他に仲の良い友人なんか星の数ほど居るだろうに。ましてや私はゲームをプレイするときにバグをよく引き起こしていた記憶は無い。


 キーボードの上下左右のキーを押す。これで移動できるらしい──が、動かない。エントランスに入って正面にある受付カウンターの右奥にエレベーターが見えているのに、一向にレイは動かない。


「え゙、早速……?」


 カチャカチャと、四方向を連続で回し叩いても、カチ、と丁寧に一方向ずつ押してみても動かない。


《ごめん壊しちゃった……》

《え》

《動かない》

《何処で?》

《お父さんから入場許可証を貰った後。自由行動できるようになったとき》

《早いな。修正かけとく》

《はーい》


「……なんだ」


 正直、拍子抜けだ。こんな所で一時休戦となるなんて。ほんと、


「変に気負って損した」


 修正がかけ終わるまで攻略情報に目を通しておこうかと思ったが、緊張が解けたらしくふと唐突な眠気に襲われる。

 ──まぁ、いいか。一睡ぐらい仮眠をとっても。どうせ直ぐ終わってまたデバック作業に移るのだから、少し寝たくらいでバチは当たらないだろう。


 くぁ、と欠伸をした後、机の上のキーボードやらマウスパッドやらを奥に押し退ける。やり取りをしている画面を閉じる気力もない。出来た空間に腕を乗せ、机に突っ伏している状態に。これなら浅い睡眠で留められるだろう。


「……おやすみ」

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【0】から逃げろ! かゆ @kayu1006

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